2020-01-26

2人

彼女は2人いたと思う

1人は気位が高いというか、いい意味で冷めているというか、渇いているというか、ドライというか、とにかく気高に振る舞っていた

もう1人は酒に酔っている時と風邪をひいたときに現れて、好きな人に好かれないことを嘆いて涙で枕を濡らすような人だった

愛して止まない男がいるのに俺に抱かれる気持ちはわからなかったが、彼女の心と身体はばらばらなのだと思っていた

そう思いながら抱いていた

俺は恋人がいたけれど、だからといって何一つ悪いと思うことはなかった

俺もまた、心と身体がばらばらだったようだった

彼女はある日、メビウスオプションからベイプに変えた

好きな人禁煙しろと言われたそうだ

どうやらそれは真面目な話ではなく、会話の中で生まれたノリのようで、海の中で息を吐いたときに出てくる泡のように自然ものだったのだろうけれど、それでも彼女は飴を食べたりガムを噛んだりしてニコチンとタールから離れる努力をしていた

喫煙者の俺だから、それが容易くないことは容易に解った

つーか好きな人喫煙者だろ

なのに禁煙しろだなんて、ムシのいい話だと、少なからず情が湧いてしまっていた俺は、そう思ったのを覚えている

ある金曜日、事の後に彼女はベイプの水蒸気を吐きながら俺にこう語った

「いつも会う前に思うんですよね、会ったら諦めきれるんだって

温泉台所か、あるいはシーシャカフェしかお目にかかれないような量の水蒸気が彼女と俺を包んだ

「でも諦められないんですよ、不思議なことに。そしてまた会う前に会ったら諦めきれるからって思っちゃって。人間って学習したくないことはできないようにできてるんです」

泣いているのかどうかはよくわからなかった

彼女を呪って止まない例の男の顔を、俺は知らなかった

ヒトが学習できない生き物だというのは俺もよく知っていた

この時の恋人も、その前も、その前も、なんていうか生まれからこれまでずっと、俺は同じような顔、髪型、背格好、性格の女と付き合っていた

エキゾチックな顔立ちで

髪の毛は肩くらいのロングボブにしていて

少しおしゃれさんで

160センチを少し越えるくらいの、少しムチッとしている

それでいて、連絡が途絶えると何度も電話をかけてくるような女と

彼女とは真逆タイプ女の子たちだった

湿っていたと思っていた彼女はそのあとこう呟いた

「ま、学習できている証拠があるとすれば、セックスのたびに精度が上がっているところくらいですかね」

いつもの渇いた彼女だった

背中である髪の毛の流れを、純粋に美しいと思った

垂れた目を伏せてスマホホーム画面を見る横顔も

あばらの浮いている華奢な体も

それらすべて美しいと感じる彼女だけれど、俺との間に色恋はなかった

お互い割り切って楽しんでいた

彼女と俺の恋人はそこそこ仲のいい友達だった

ただの先輩後輩だった俺たちを繋いだのは喫煙所

それでしかなかった

ある寒い日の「ウチは喫煙物件ですよ」の一言きっかけだった

2人でいると変な気を起こさずにいられない彼女に対して、(彼女の中ではきっと)俺も例外ではなく変な気を起こした

不思議と後悔しなかった

自慰相手がいる、それくらいの感覚だった

彼女好きな人は、大阪営業マンだと、初めての時に聞かされた

から割り切れた

東京にいながら大阪の男を想えるような器があるくせに、違う男とひっきりなしに寝ることができる彼女からこそ、割り切れた

彼女の器だったからできたことかもしれなかった

彼女と会った回数がわからなくなったくらいに、俺は恋人に振られた

俺としては浮気のつもりはなかったけれど、あの子と寝たんでしょと言われた

まあその通りだったので、黙ってうんと言うしかなかった

しわがままなところがかわいくて、シンプルに顔が好きで、いい子で、まあまあ好きだったけれど、ダメージは少なかった

それどころか、恋人(元)と彼女の間柄を心配する余裕すらあった

珍しいタイプの子からあんまり不仲にならない方が、恋人(元)のためにもいいのではないかと思ったのだが、わかりやすく不仲になっていた

恋人(元)が騒いでいるだけのようにも思えたけれど、それでも彼女は渇いた空気を絶やさず普通に振る舞っていた

その恋人(元)と別れて最初に会った彼女は、背中くらいまでの髪の毛をショートボブにしていた

別れてから1ヶ月ほど経っていた

これがまた違和感しかなかったけれど、不思議とめちゃくちゃに似合っていた

恋人(元)が、ショートが似合う女でロングが似合う女はなかなかいないんだ、だから私はこれ以上伸ばせない、そう話していたことがあったので、割と呆気にとられた

「やったね、いよいよ」

ライターで毛先焦がしちゃって。めんどくさくなっちゃったから切ったんですよ」

と、オプションに火をつけた

スリム煙草がまた、異様に似合っていた

ベイプは持っていないようだった

「そろそろ学習できる人間にならなきゃと思って。違う方向から攻めてみようかなって」

学習できる人間は、遠く離れたよくわからない人間への思いを捨てることなんて容易いと思うよ、と、言うことはしなかった

できなかった

彼女ちゃん、いい女ですね。私の悪口言いふらさずに噛みしめてる」

「……そう? 俺から見たらおまえたち明らかに不仲だけど」

確信がなかったんじゃないですか? 根も葉もない、でも自分の中では間違いない。そういうときは黙って恨むのが吉だって知ってる賢い子だ」

それをいい女だと言える度胸は、俺にはなかった

そうか、いい女なのか

彼女が言うならそうかもしれない、と、漠然と思ったとき、少しずつ罪悪感が出てきた

今日もいい感じにドライだね」

「私はいつでも潤ってますよ」

軽口を叩く彼女の顔は、2人目の湿った彼女に近いものがあった

「先輩は、今日からびしょびしょになっていくと思います

下ネタ?」

「バカ」

彼女が一本吸い終わったところで、注文したコーヒークリームソーダがきた

「振られるのなんか慣れてるんだけどね」

と言う俺に、彼女はにやりと笑った

学習しませんからね、ヒトは」

また次も、ロングボブで中肉中背の、少しおしゃれさんで、少しわがままで、少し心配しすぎる女の子と付き合う気がした

彼女といつまで会い続けるかは、わからなかった

彼女がいつまで大阪の男を好きでい続けるかも、わからなかったけれど

その日のベッドで彼女はまた泣いていた

ストロングゼロ彼女を確実に湿らせる

彼女が泣かなくなるまでは、会い続ける気がした

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