2019-12-12

ヴィーガンにも環境活動家にもフェミニストにも弱者人生は救えない

 ヴィーガンかいう人々がいるらしい。動物人間と同じように扱うべきだと考えて動物を食べないとか。ふーん。結構なことだ。

 なんとかい環境活動家がいて、こいつを批判する人は現実から逃避したい人だとか少女が偉そうにしてるのが気にくわない差別主義だとか言われるらしいね環境保護、立派と思います

 エロ本萌え表現存在するだけで女性差別が強化されると思い、男女平等理想のために表現規制をしたいフェミニストってのがいる。男女平等、偉い偉い。

 でもこいつらは、人間人生に、人生意味生き甲斐を与えることにはすこしも興味がない。「平等であれ」という倫理世界に広げることには興味があっても、社会の片隅でひっそりと生きている独身弱者男性の生きがいが奪われることには興味がない。

 

 人生意味を語ることは非合理な宗教信者しかできない。世界はただ存在して、人間は誰かが避妊せずセックスした結果としてのみ生まれ生物学必然としてのみ死んでいく。この世界で、子孫を残す望みのない弱者独身者は、孤独人間は、何を希望に生きればいいのか?ただ自分寿命を維持するためだけにクソみたいな労働をして、雀の涙みたいなカネをもらい、家畜の餌みたいな飯を食うだけの人生を浪費する。こんな人生に何の希望があるのか?

 

 虚無にまるっきり等しい人生ごまかすためのもの何だか分かるか。1つは肉を思い切り焼いて食うこと。1つは度数の強い酒を飲むこと。1つはオナニーをすること。強い快楽を脳に浴びせ続けて、絶望を忘れ続けることだ。

 上に挙げたような人たちは倫理的に生きることだけを至上命題としている。それも、動物未来世代女性と、他者との関係の上での平等を中心にしている。でも僕たちが倫理であるのは人間関係を円滑にして自分生存を維持するためであって、全ての動物地球で仲良くするためではない。環境大事にしようと思うのは残された子供世代が生きることを考えているから生まれる考えであって、独身子供を持たない人間にはなんの利益ももたらさない。社会で生きる女性就職賃金地位の面で不利益を受けているのは正されるべきだと思っても、わざわざ見に行かなければ何の影響ももたらさないような表現規制することが女性社会進出に役立つ度合いが、弱者独身男性のオナニーの機会を奪うことまで正当化できるほど大きいとは思えない。

 

 僕たちの生きる意味、いや、生の絶望ごまかすための手段が、こんなことで制限されていいとでも思っているのか。

 倫理的に生きることは、よく生きることに優越しない。絶望生存のぎりぎりのラインを生きる人に、そんな強い倫理要求を課す権利があるなんて、何で思えるんだ。リベラル欺瞞なんてことが言われるのは、他者と対等に交感しあい友と親しい関係を築くことが人生意味だなんて大層なことを言いながら、自分達には下品な性欲も食欲もありませんみたいな振りをしつつ、それを代替人生意味を補うための家族友達金も職業弱者が欲しいものは全部持っていて、何もない孤独独身男性に偉そうな倫理マウントをとるからだ。

 現代倫理エリート活動家どもには、人生無意味直視してもらいたい。弱者孤独独身で救いようのないゴミ人間も、命を持って生きていることに対して向き合えないなら、お前たちの思想にも活動にも何の意味もない。

  • 救ってほしいなら土下座でお願いしろよ 何もせず指チュパチュパ舐めてても誰も相手にしてくれないぞ

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