俺は部屋の中を注視する。
根拠のない直感をアテにするものではないが、気のせいなら気のせいで構わない。
今の精神状態では安眠が難しい以上、確認しなければ気が収まらない。
そうして調べること数十秒、意外にも早く変化に気づけた。
これは俺にとって珍しいことだった。
連絡する際はもっぱらケータイで、それだって基本はメールとかSNSだからだ。
身内や知り合いもそれを分かっているため通話は滅多にしてこない。
というより、この家の電話番号は誰にも言ってないしな。
そう、つまり珍しい以前に、そもそも電話がかかってくること自体おかしいんだ。
それに気づいた時、更に緊張感が高まった。
103……そんな気はしたが、知らない番号だ。
知り合いの番号を全て正確に記憶しているわけではないが、これは桁が明らかに少ないので違いはすぐに分かる。
なるほど、マンションの内線か。
それなら納得がいく。
内線の番号は、そのまま部屋の番号となっている。
新しく住み始めた俺への挨拶か、或いは何らかのクレームだろうか。
こちらには覚えがないので、もしクレームだったら隣人はかなり厄介な奴ってことになる。
「……」
だが録音内容は無言であり、周りの雑音が拾われているだけ。
まあ、だからといって、自分から進んでトラブルに首を突っ込むつもりはない。
いずれにしろ、どうせあと数日の隣人関係なのだから不干渉に限る。
隣の……そういえば名前すら知らないな。
最低限、それくらいは覚えておくべきだろうか。
俺は部屋から出ると、隣の表札を見に行くことにした。
そうして扉前まで来たはいいが、度肝を抜かれた。
表札がないんだ。
なのに、隣からかかってきた内線。
つまり……。
「いやいや……いやいや、ねーわ」
しかし、ここまでくると俺の中で浮上した“可能性”は、そう簡単に沈んでくれなかった。
その可能性を後押しするかのように、それからもマンション内で奇妙な体験を何度もした。
まあ、いくつかは俺の自意識過剰もあったと思うが、どちらでもいいことだ。
俺のやることは変わらない。
最初の内は得体の知れなさから恐れを感じることもあったが、しばらくするとほぼ慣れてしまった。
本当に心霊現象だったとして、俺が気にしなければいい程度の問題。
それに一応は仕事だし、金はやっぱり欲しいしな。
「いや、兄貴。何を馴染んでんだよ」
遊びに来ていた弟が、そう言うのも無理はない。
確かに、この時の俺はかなり抜けていた。
「よしんば心霊現象だとかがあったとしてさあ。それに遭遇する確率はどれくらいなのさ。兄貴よくバスや電車に乗ってるけど、大きな事故に遭ったのは一回だけだろ。それより低い確率が、今ここで何度も起きてるっておかしくない?」
「うーん……俺もにわかには信じがたいが、そういうのが起きやすい場所なんだろう。俺の利用するバスや電車は運行が基本ちゃんとしているからであって、もし運転手とかが酔っ払いだったら事故は置きやすくなるだろうし」
「兄貴、意味不明な例えを出すなよ。このマンションが酔っ払いの運転手と同じだと思ってるわけ?」
翌日から、俺はエレベーターを使わないようにした。 10階まで行くのに階段というのは、かなり疲れる。 だが、あんな思いをするのは二度と御免だ。 もしも、またあんなことが起きた...
なぜオカルトを信じないのか。 客観的な説明をここでする必要はないだろう。 説明されきっているからだ。 そういうことは説明書に任せるべきで、俺がすることじゃない。 真面目に...
するとタケモトさんは容赦なく、露骨にきな臭いバイトを紹介してきた。 「じゃあ、これだな。近くに『スペースハウス』ってマンションあるだろ? そこに一定期間住むだけでいい、...
俺は適当なアルバイトを見つけるため、近所にある職業斡旋所に来ていた。 入り口近くには掲示板があり、そこに貼り付けられた求人チラシに目を通していく。 夏休みボケを治す一環...
残暑、文字通り暑さが残る時期だ。 この暑さにしつこさを感じたとき、その頃に妙ちきりんなバイトをしていたのを思い出す。 バイトの内容自体もそうだったが、そこで起きた出来事...
≪ 前 後日、俺はマンションで起きた怪奇現象を、大家に包み隠さず話す。 大家は疑うわけでもなく、あっさりと話を信じた。 そして、確認のために俺の部屋である104号室を見に行く...