この暑さにしつこさを感じたとき、その頃に妙ちきりんなバイトをしていたのを思い出す。
バイトの内容自体もそうだったが、そこで起きた出来事が特に印象的だった。
今日はそのことについて話そう。
少しだけ怪談っぽい話なので、季節的にも丁度いいだろう。
ただ、本当に“少し”だけなので余計な期待はしないでくれ。
忠告はしたぞ。
有り体に言えば暇だった。
「あー、暇だ」
誰が聞いているわけでもないのに、わざわざ口に出して言うほどだ。
「やることがねえ」
夏休みってのは、俺から言わせれば“やるべきことを減らし、やりたいことに割く期間”のことだと思っている。
学生の俺でいうなら、学校で励む勉学とかが“やるべきこと”になるだろう。
つまり、存分に“やりたいこと”に時間を割ける状態だといえる。
だが、マンネリってやつだろうか。
俺はアンニュイな気分になっており、自分にとって“やりたいこと”が何なのかが漠然としていた。
今までの“やりたいこと”も自分にそう言い聞かせているだけじゃないのか、なんていう実態のない自問自答が頭の中をグルグルと巡る。
「ゲームやったり、どっか遊びにでも行けばいいじゃん」
俺があまりにも暇だ暇だと呟いていたからなのか、同じ部屋にいた弟が鬱陶しそうな顔をしながら提案してきた。
未だ課題を完成できていないことからくる焦燥感からなのか、語気も少し荒々しい。
「暑い中、ノープランで、気持ちが追いつかないまま行っても時間の無駄だ」
この時の俺は堕落しきっていた。
“やりたいこと”の中に多少含まれている“やりたくないこと”が、やたらと悪目立ちしているように感じ、俺から更に気力を奪っていく。
「しょっぱい上に、月並みなことを言うなよ。個人的な暇つぶしに巻き込むなんてマネはしたくない」
それにつけても、この時の俺の態度は酷いもんだ。
個人的かつ迂遠な不平不満を垂れ流し、その解消法を提案されても暖簾に腕押し。
SNSでクダをまいているような輩と同じことを現実でしているわけだ。
弟がイラつくのも無理はない。
だが、そういった身内の機微が理解できないほど、俺は心身ともにダラけきっていた。
「……ったくよ~、兄貴はどうしたいのさ」
「それが分からないから、こうなっている。でも、このままじゃ良くないとは思っているんだ」
夏休みが終わってもこの精神状態が続くようなら、かなりツラい新学期を迎えることになるだろう。
その危機感が、俺を取り留めのない抗いに駆り立てているのだと思う。
「じゃあ、無理やりにでも何かやれば? 俺は課題っていう、“やるべきこと”が残っているんだからさ」
不毛なやり取りが続きかけたその時、俺は弟の言葉からヒントを見つける。
そして打開法を導き出した。
今のこの状態も“やりたいこと”ばかり享受しすぎた弊害、とも解釈できる。
“やるべきこと”を無理やり作り、それで予定を埋めればメリハリもできるかもしれない。
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