2019-05-13

「えいがのおそ松さん」のヒロインについて

最初に言っておくと、映画版は滅茶苦茶面白かった。第2期(途中脱落)のグダグダさは何だったのかと思うレベルなので、1期が好きだったなら絶対に見に行った方が良い。ギャグ・愚直な面白さをメインに追求した作品は実は希少なので、ちゃんと売れて欲しいと思う。

で、本題なのだが、映画オリジナルヒロインが非常に引っかかる造型なのである作品面白いし上手く脱臭しているので観ている間は全然気にならないのだが、「これさすがにどうよ?」と言う造型である。(ちなみに「どうよ?」と言うのは別にせとか変えろとか居ない方が良いとかでは断じてない。気になったことを書いてるだけである

あ、一応ネタバレなので、観てない奴はとっとと映画館行ってから読んでくれ。

さてヒロインの造型なのだが、箇条書きにすると

・六つ子が集団でワチャワチャしているのを見るのが好き

・目立たない文系少女

特に六つ子に恋愛感情はない

と言う造型である

まあ、見ての通りこれはメインの客層(と、制作者は判断しているらしい。基本的にはノイジーなだけで、1期のヒットはもっと広い層だったと思うのだが……)である腐女子擬人化?した存在である。で、物語上六つ子はこの子を追いかけ追い求め、結局何も受け取らずにスゴスゴ家に帰るいつものオチを迎えることになる。

未来現在)の自分規定した円環構造だろうとか、そう言うどうとでも取れる話は置いておいて、基本はこう。

で、あのヒロインは、ビックリするほど利己的で自分本位で、ゲロ吐きそうなくらい嫌な奴である

何故か?

彼女は、六つ子の事が好きだと言いながら、仲違いした六つ子の話を聞くでもなく、話をするでもなく、キモイ手紙を書くだけで何一つ力になろうとしない。

散々六つ子を鑑賞して楽しませてもらっておきながら、恋人は愚か六つ子にとって喉から手が出るほど欲しいであろう「普通に話をしてくれる女友達」にすらなろうとはしない。まあ、それを正当化するための病気設定なのだろうが、高校3年間+卒後数年間しっかり生き延びてるので(OP/ED解釈は幅があるだろうが)何をかいわんやである

フェミニスト様なら女子接触には性的リスクガーとか言うのかもしれないが、そしてあの六つ子がリスクの固まりだというのはその通りだが、友達にもなれないほどリスキー相手あん手紙を送るのも相当なタマである

あなた(達)は見ていて楽しいので、そのままでいて下さい。人生悲惨だろうけれど。あと、私はあなた恋人にも友達にもなる気はないけれど、そんな私からも遠慮されるようなあなた(達)でいて下さい」と言ってるわけである。クソ過ぎる。

六つ子を終始利用してやろうとしつつもちゃんリスクを取っているトト子の方が、余程首尾一貫していて好感が持てる。

しろ、「馬鹿クズな六つ子の無様を楽しむ」作品を観ている我々視聴者への皮肉と見るべきなのかもしれないが、そう言う意図で出したのだとしたら、あのヒロインこそ笑いものにしてケチョンケチョンに貶さなければ意味が無い(馬鹿にされないギャグマンガのキャラは、役割を与えられないに等しい)。

繰り返すが、「えいがのおそ松さん」は傑作だ。もう一回くらいは劇場に行くだろうし、Blu-rayが欲しくなるかもしれない。でも、あのキャラは折角視聴者の願望コピーという属性を与えながら綺麗なままギャグマンガから退場してしまったあのキャラは、余りに異質だし片手落ちだと思う。

これは、ただそれだけを言うための記事である

六つ子に感情移入していれば多分もっと怒り狂えるはずなのだが、勿論ギャグマンガはそう言う作品ではないので、文字通りの「引っかかり」だけが残ることになった。想定メイン視聴者層は、あのキャラ感情移入して泣けたりするのだろうか?だとしたら、非常に良くできた造型と言うべきなのだろうが。

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