いつも人から情報を与えてもらってばかりで、自分では何かを調べたりしようとはしない
私は数年前からとあるK-POPアイドルグループAを推している。
もともとは2次元界隈のオタクで、K-POPアイドルどころか3次元界隈には何の興味もなかったのだが
たまたまTLに流れてきたMVを見て、それから気付くと毎日動画サイトでMVを再生したりするようになっていた。
もともと持っていたTwitterのアカウントでマメに動画へのURLを貼り
Aにまつわる覚えたてのエピソードを紹介し続けたりしていたら、
とある相互フォロワーBが興味を持ってくれるようになり、いつのまにか日本でのイベントやコンサートなんかに一緒に行く関係になった。
特定のメンバー単推しというより、箱推しに近いスタンスだったところ
年齢、そして何より推し活動をする上での金銭感覚が近かったのが
急速に仲良くなっていった上でのポイントだったと思う。
そのうち、せっかくなら韓国でのコンサートにも行ってみたいと思うようになり
お互い初めての韓国、二人とも韓国語はおろか英語もおぼつかない中、
ホテルを予約し、会場までの行き方を調べるなど大変なことは多かった。
しかしそれにもまして何とか韓国まで推しを見にこれた、やればできるものだという達成感はすさまじく
それでも遠征で同じホテルに泊まる、コンサート以外の時間に観光やショッピングなども一緒にする
となると、ある程度金銭感覚だったり、時間の使い方、推し活動以外の部分での
価値観も合うと分かっていないと、なかなかずっと一緒にはいられない。
そういった部分は本当にBとは合ったのだ。
ただ気になったのはBが全然自分では調べず、分からないことや難しいことは
私が調べるのを待っていることが多いということだ。
外国人には入りづらいイベントにはどうやって参加するのかになってくると
ある程度、言語の壁が立ちはだかってくる。
推しグループについてだって、韓国語ができる先輩ファンたちが日本語で情報を流してくれるとはいえ
それでも情報の鮮度だったり、ちょっとマニアックな情報を求めようとすると
日本語に訳された二次情報ではなく韓国語で書かれた一次情報を参照するということが必要になってくる。
私も韓国語が分からないなり、少しづづ勉強しならが辞書アプリや翻訳アプリを利用しつつ
そういった韓国語での情報収集というのがだんだんとできるようになっていった。
どのホテルにしようか、どんなお店でご飯食べようか、遠征計画で悩んだときに私も調べてみるね、とは言ってくれるのだが
結局調べないで私が調べてきた情報を見て、そこに泊まろう、そのお店に行こう、ということになる。
twitterでも私や先輩ファンが日本語に訳した情報をRTして感想を書くだけだ。
韓国語しか通じないホテルやお店でチェックインや食事を注文するのもいつも私だ。
Bも同じタイミングで韓国語を勉強し始めたはずで、まったく韓国語ができないというわけではなく
注文くらいだったらできるはずなのに。
それに私だって毎回聞き取れなかったり伝わらなかったらどうしようって
つっかえつっかえしながらお店の人とコミュニケーションをとっているのを目の前で見ているはずなのに。
しかしやろうとしない、いつも私にやってもらっちゃってごめんね、と言いつつ
推しグループは好きだし韓国旅行も好きだが、自分で他言語を熱心に学んでまで、時間を割いて色々調べてまで
私とBのオタクとしてのスタンスの違いと言ったらそれまでなのかもしれない。
Bと推しグループについて語り合ったり、一緒に可愛くておいしいものを食べてはしゃぐ時間は本当に楽しい。
しかしその一方で、情報を与える側と与えられる側、その役割があまりに固定化しすぎてしまい
そしてBはオタクとしての向上心にかけるのでは…とつい下に見てしまう自分もいる。
あまりに一緒に長くいすぎてしまっただけなのか。少し離れてみれば関係も変わるのだろうか。