基本的に無視、何かのきっかけがあると暴言(ごみ、ブス、疫病神、役立たず、生きる価値がない、お前のせいで
みんなが不幸、性格の醜さが顔に表れている、なんだその目つきは、自分が特別な人間だとでも思っているのか、等)
と、体中痣だらけになるような暴力。
好き、可愛い、とは一度も言われたことが無く、抱きしめられた記憶も無い。何かを祝ってもらったことも無い。
経済的には、典型的な中流家庭で、少なくとも生活に困ることはなかった。
「この人たちは敵だ。何で機嫌を損ねて暴力が始まるか予測できない。いつ不慮の事故等を装って殺されるか分からない。」
という緊張感のもと、常に他人の顔色を伺い、状況を観察し、慎重に行動するような子供だった。
そのうち、他人の発した何気ない言葉を全て正確に覚えているようになった。
私が育ったのは子供の教育に熱心な地域で、先生は熱血タイプが多く、同級生も育ちの良い大人びた子が多かった。
まともに級友と関わることのできない私を、クラスの委員長タイプの子が常に気にかけてくれた。
感情の表現もコントロールも苦手だった私を、担任の先生が本気で叱り、時間をかけて教え諭してくれた。
友達はほぼゼロだったが、人の言葉をICレコダーのように覚えているので、テストの成績だけは良かった。
その噂が級友のお母様方に広がり、クラスの半分はお受験するような地域だったので、
「塾に行かせないの?受験は考えないの?」といぶかしがるようになった。
今思うと、皆、私の家庭の状況を薄々感付いていたのかもしれない。
同級生のお母様方と近所の方々のプレッシャーのお陰で、「お前に金をかけるなんで、どぶにすてるようなもの」と
いう親も、私の大学進学は認めざるを得なかった。奨学金は「世間体が悪いから」と申請させてもらえなかった。
幸いなことに、人生を通じて友人と先生には恵まれて、少しずつ人との関わり方を覚えることができた。
表面上は、まったく普通の、むしろ平均よりはちょっと良い人生を送っているのではないかと思う。
それでも、自分には生きる価値がない、誰にも愛されないし理解もされない、という呪いのような確信と、
誰かに本当に愛されたい、自分の存在が意義のあるものだという証拠が欲しい、という欲望に、いつも苛まれていた。
必要以上に他人に媚び、他人の評価を気にし、認めてもらうために過剰な、時に見当違いな努力をする。
優しい、親切、仕事熱心と評価されることも多い一方で、相手を警戒させたり、変な期待をさせたり、
利用されてしまうこともあった。
また、極度の人間不信で、他人を敵か味方かで考えているところがあり、相手が自分の敵である証拠を常に探している。
そして、一度でも、どんな些細なことでも、一度敵だと判定することがあったら、二度と心を開かない。
見当違いな努力については、環境や周囲の人に合わせて、努力の方向性や熱量を調整すればいいのだと分かってきた。
敵判定については、普通、人は他人にそんな興味が無く、ちょっとしたことで誤解したり軽い気持ちで非難したりするし、
よほど親密な関係でなければ、そういったことはお互いに気にしないのだ、と理解できるようになってきた。
好きな人には幸せになってほしい、この関係が未来に続くかは別として、
私の存在が、相手の人生にとってプラスになってほしい、と願っているはずなのに、
私のことが本当に好きなら、その感情に苦しんで自滅していくはずだ、そうでなければ本当の好きじゃない。
私が親の愛情を求めて、顔色を伺い、何をすれば喜ぶのか必死で考え、気を引くためには自分を傷つけることもして、
拒絶され罵られ殴られて、それでも愛情を求め続けているように。
そんなものは執着であって愛情ではないと、頭では分かっているのに、いつも気を付けていないと、