かかったお金の総額は50万以上。期間は2年。
私は子供時代から虫歯が多かった。理由は単純で、歯を磨いてなかったからだ。
兄が神童だなどと言われはじめたときから、家庭内の私の存在は希薄になった。
神童の兄を有名校に入れるために、両親はなにかと忙しくなり、私に構う余裕はなくなった。
結果として、私は、お風呂は毎日入るものだとか、顔は毎朝洗うものだとか、歯は磨くものだとか、
そういう生きるために必要な情報が抜け落ちたまま成長してしまったのである。
今でこそ、虫歯はネグレクトのサインと言われているが、当時はそんな価値観はなかった。
歯科検診のときはできるだけ休むようにしていたが、運悪く逃げ切れず上級生にまじって歯科検診を受けさせられることもあった。
しかし、歯科医師は淡々と歯の診断をするだけで、そこから何をどうしろだの話ははじまらなかった。
そもそも学校にあまり行ってなかったので、教師から何かを言われることもなかった。
ぐらぐらしていた前歯がポロッと取れてしまったときのショックはよく覚えている。
母は前歯の欠損に気づいていたのだろうが、何も言わなかった。
そのころには、私の腕は別件で傷だらけだったが、それについても何も言われなかった。
私に興味がなかったのか、どう接していいかわからなかったのかは、わからないが、とにかく私の歯は放置された。
前歯がなくなって1年以上たって、私はやっと母に「歯医者につれていってほしい」と言った。
それが15歳のときの話。
プロセスは割愛するが、地獄めぐりのような10年を経て、今になって、やっと手に職をつけることができた。
手元にちょっとお金が残るようになったので、私は歯の治療にとりかかった。
なけなしの貯金をもって、ネットで選んだ歯医者に「ホワイトニングがしたい」と相談しにいった。
何よりも歯の黄色さが気になったのだ。私の写真は全部下を向いて笑っていた。
歯科医曰く、歯茎が腫れているので、まずブラッシングで歯茎をひきしめましょう、同時に虫歯も治療して、終わったらホワイトニングしましょう、とのこと。
差し歯が入っていたが、根っこの部分が腐ってしまっている、とのこと。
その膿をとらないことには治療ができないんだそう。
膿を取る治療は、根管治療というらしかった。根管治療の専門医を紹介されて、治療をしてくださいと言われた。
正直なところ、「やっぱりな」という感じだった。
欠損して10年以上たつのだから、何らかの不調はあるだろうと思っていた。
むしろ、その前歯を治療で使える状態に持っていける可能性があることに安心した。
紹介された専門医は、家からだいぶ遠く、職場にも無理をいって半休をもらってなんとか通った。
保険が効く病院もあるみたいだけれど、自分で良い保険適応の病院を探せる自信がなかったので自費診療にした。
治療代とは別途、差歯代15万くらいがかかるので、完全に予算オーバー。
なんとか根管治療が成功に終わって、「ホワイトニングがしたい」と言ってから1年以上たってようやくホワイトニングをすることができた。
1万5千円×2回のコース。
オフィスホワイトニング1回目の正直な感想は「そんなに効果ないな」。
2回目でも、「うーん?」という感じ。
合計4回のホワイトニングで、多少見た目はマシになった。
しかし、人並みになったかといわれると、どうかなぁというところである。
そもそも前歯のほとんどが詰め物でできているので、ホワイトニングをしても効果のある部分が少ないのだ。
それを見越して白めの治療剤を詰めてもらっているが、そもそも色が黄色かったので、その詰めてもらった治療剤も一般的に綺麗な色とは言い難い。
結局、ここぐらいだろうという落とし所で差し歯を入れて、2年にわたる治療は終わった。
治療も終わったといっても、一時休止みたいなもので、また不調はでるだろう。そして私は人より早く入れ歯になるのだろう。
望んでいたぐらいに綺麗になったかというとそうではない。
でも、なんだか少し晴れやかな気分だ。
美しくはならなかった。美しくしようと努力しているときも、さまざまな過去の記憶がフラッシュバックして苦しかった。
それでもちまちまと歯医者に通いつづけ、自分で稼いだお金を使い、歯科医さんと衛生士さんと話し合いを重ねて少しでも綺麗にしようと努力してきたプロセスに、私は満足している。
だから私は私の歯に自信をもつことができた。人前で笑うことも臆さなくなった。写真をとるときも前をみて笑えるようになった。
受け入れられるか、受け入れられないか。
誇りを持てるか、持てないか。