2023-05-15

性嫌悪だった自分の話

自分が性に目覚めたのは小学生の頃に遡る。親のエロ本を探し当てて読み耽っていたのを覚えている。

行為に興味津々だった。

しかし、中学生電車通学するようになってから、頻繁に痴漢に遭うようになった。始業に遅刻したくないから黙っていた。露出狂にも何度か遭遇した。

大学に入ると、いきなりモテるようになった。その頃には「男性は誰もが自分のことを性的に見ている」という感覚を持つようになった。

当時の自分が、「新入社員に元気になってもらうために『月曜のたわわ』の広告を出したそうです。こちらがその本です。あなたはどう思いますか?」と聞かれたら、多分「え、何の問題が?」と答えただろう。

男性若い女性を性的に見るのは当然のこと。電車の中にもコンビニにも、自分と年齢の変わらない女の子グラビアが溢れている(当時)。道ゆく名の知らない人も、同級生も、大学講師達も、バイト先の人も、男性は皆、自分のことを性的対象として見ているのだろう。

そう思っていた。

そんななか彼氏ができると、性的なことには変わらず興味があるのに、その機会を全力で避けてしまった。彼氏が見知らぬおじさん(他人である自分の体をいきなり触ってくる人)と同じになるのが怖かった。

それでも、誕生日旅行に誘われたりすると断る理由がなく、何度かセックスしたが、気持ち良くないし好きになれなかった。最終的に別れた。

一方、社会人になってから出会った夫は奇特な人で、私が好きになるまで待ってくれる人だった。元彼は何かと泊まりに誘ってきたが(いま振り返ると理解できる)、夫はただただ一緒に過ごす時間を重ねてくれた。その結果、自然自分から最初きっかけを作っていた。夫とのセックス気持ちいい。積極的に楽しんでいる。




思い返して考えると、性嫌悪相対的ものだったり変化する可能性があるものなのではないかと思う。


分かりやすい例で言えば頻度。

そもそも毎日行為をするのが標準なのか?週一がちょうど良い人、あるいは月一がちょうど良い人はどうだろうか。極端な話、毎日したい人から見たら、週一でしたい人は相対的性嫌悪だ。

それから性的トラウマについて。

大学生の自分は「彼のことは好きだけれど、性犯罪に晒されてきたので体を求められることが苦手」だった。それはトラウマ一種だと思うのだけれど、自覚が無かった。性犯罪ではなくても、「元彼が激しく突いてくるのが痛かった」というような経験無意識トラウマになっていることもあると思う。

その場合は、逆のアプローチをすれば癒されるので、性嫌悪でなくなることもある。

相手限定精神的なED

彼氏との性行為は辛いけれど、性的な関心は持ってる場合は?男性場合、妻(彼女)だけEDという症状があるけれど、女性にも精神的なEDのようなものはあるのではないだろうか。もちろん勃たせる必要はないのでセックスはできるが、苦痛を伴うという‥

しかしその場合に、なぜ苦痛なのかを言語化することは、日頃から抑圧されがちなので難しいと思う。もしかしたら体臭が合わないのかもしれないし、体位が辛いのかもしれないし、前戯が不十分なのかもしれない。あるいは、セックス以前に関係構築が上手くいっていなくて、それが影響しているのかもしれない。

仮にそれらを自覚したとして、相手に伝えるのもまた難しいと思う。とてもデリケートことなので。

そこで経過として、

◯◯さんと初めてしたけれど、緊張したからか何か違和感あったな

→なんだかセックスするのが辛い気がする。我慢できるかな(言語化できない)

→やっぱり無理。私は性嫌悪なのかも(原因を自覚できない・あるいは自覚したけれど伝えられないので性嫌悪ということにする)

という流れを経ることもあるだろうと思う。

そしてアセクシャルについて。

性的な触れ合い自体が苦手だと言う人も一定数いるだろう。物心ついた時からアセクシャルだと自覚があり、心に沿った行動をできた人は良いが、最初は気付かずに人との関わりを通して自覚する人もいるだろうと思う。その場合は、性嫌悪へと変化する?経過を辿ることになる。



何が言いたいかというと、付き合い当初から自分性嫌悪です」と申告するのは難しい場合もあるのではということだ。特に、抑圧された状態では言語化できないし、言語化なくして自覚することはできない。

自分の話から風呂敷を広げすぎたが、一女性視点を書いておく。

  • 理解のある彼君に救われて今の夫です

  • ちゃんとそこでコミュニケーション取る人であれば多少の多寡があったところで乗り越えられると思う。 ヤバいのは押し付け。これは双方に見られる。 どちらも別に間違ってない上に利...

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