家にテレビが無いから、社員食堂で垂れ流されているワイドショーだけが情報源なんだけど
去年の春 桜が満開の駅で、ピカピカの新卒だった俺はうずくまっていた
新生活を始めたくなくて、新しく暮らす街の駅に着いた途端動けなくなったのだ
本当はこんなはずじゃなかったのに
俺は当時 内定をもらった中で、一番有名でデカくてCMもよくやってる所に就職した
デカけりゃ潰れる事も無いだろう
一通のメールが届いた
詳細は割愛するが「数日間山奥で合宿」「携帯使用禁止」「外部には漏らさない事」
ネットでよく見るブラック企業研修 そのままの内容で一瞬頭がクラクラした
だけどもう卒業も目前に迫っているし
就職活動できる時期でもない
それに、山奥ってだけで内容は普通のビジネスマナーとか そういうものかもしれないし...そう誤魔化すうちに合宿の日はやってきた
「社会人としての心構えを作るために」新入社員は数日間山奥で叫び続け(特定出来ないよう詳細は省く)毎日毎日繰り返し訓練を続けた
夜は2人1組で宿泊部屋が与えられて、俺は真面目な眼鏡の男と同室だった
携帯禁止だろうが 外の世界の情報がないと気が狂いそうになったので俺は夜中いつも携帯を触っていた
付近にバス停は無かったが(独自のバスでここまで連れて来られた)4時間歩けば 交通機関にたどり着けるようだ
当初 眼鏡は気さくなやつだったのに、もう完全に笑顔が無くなっていたし、真面目な性格が災いしたのか 合宿の訓練での失敗を真剣に悩んで寝言で「すいません、すいません」と謝るほど病んでいて可哀想だと思ったのだ
俺の脱出計画を聞くと 眼鏡はすっくと立ち上がり部屋を出て行った
は????
俺が呆然としていたら 眼鏡はすぐに戻ってきた 後ろに指導教官を連れて
謀反者の俺をチクったのだ
俺は滅茶苦茶にしばかれた
肉体的にも精神的にもきつかったが
罵倒の言葉や行為より この状況にいる自分が惨めで ただ親に申し訳ないとそればかり考えていた
事が終わる頃にはもう日が暮れていた
一人で冷めた弁当を食った
合宿に行く前、家族は就職を祝って俺の大好物のすき焼きを作ってくれた
「よかったなぁ よかったなぁ」
「お前の良い所を見つけてくれる会社が絶対あるって 言っただろう?」
「立派な会社に入って 自慢の息子だ」
弁当に少しだけ入っていた肉を食って そんな事を思い出してしまい 俺は急に怖くなった
この合宿が終わったら俺はどんな顔で家に帰ればいいんだろう?家族はきっと笑顔で「どうだった?」って聞いてくるだろう
本当の事を話したらきっと悲しませる
ちゃんと嘘つけるだろうか
それが一番怖かった
耐えて耐えて 合宿最終日を迎えた
今までの俺たちを認める言葉を沢山投げかけて、もう20歳もすぎているのに 子供みたいに同期は皆泣いていた
久々に暖かくてうまい飯も出た
帰りのバスで「いい経験になったね」と口々に語り合う同期達の隣で 俺はぼんやりと外の景色を眺めていた
来た時には積もっていたはずの雪が すっかり溶けて無くなっていた
ようやく一人になって家に帰るまでの間
俺はずっと迷っていた
本当の事を話して就職を蹴るか
家族の顔を見た瞬間 きっと許してもらえると
そう思って 合宿の全てを話した
けれど俺の予想に反して 家族には認めてもらえなかった
そういうのは良くある話で、社会人とはそういうもので、多少の辛いことは乗り越えるべき せっかく大きな会社に入ったんだから、頑張りなさい そうやって励まされて励まされて
俺はやめる勇気もなくて、ただ鬱々とした気持ちばかりが大きくなって 入社日を迎えた
入社式では チラホラと空席を見かけた
俺のほかにも辞めたいと思った奴 やっぱりいるよなと安心した一方で、こんなにも(ほぼ全員)が辞めずに入社式に出ている事も異常だと思った
続きは後日書きます
社会怖いね ニートが増えるわけだ
山奥でもケータイは通じるんだね。