2014-12-13

民主主義選挙について

総選挙2014】みな勝手投票すればいい http://politas.jp/articles/282

を読んだ。あずまんが、「白票投じる」とかいゲロ吐きそうな意見を取り下げたことは喜びたい。そして、小選挙区自民比例区社民だそうだ。結構なことだ。彼の本はそれなりに愛読していたので彼に失望しなくて済んだ。

それにしても、今回のタイトル(=結論)を見るに、あずまん選挙がもともと「みな勝手投票すればいい」ものだということをよく分かっていなかったらしいということに驚いた。どんだけ自意識過剰だったのか。また、ブクマ共感を表す人が多いことにも驚いた。みんな、自分投票行動世界が大きく変わるとでも思っていたのか? そして、「よりよい未来を選択するために、戦略的ベストの行動を全員がとる必要がある」とでも思っていたのか?……とんでもない勘違いで、それこそ危険まりない思想だ。大体、みんなが熟考して最適解が本当に出るなら、全員同じところに投票することになるではないか。そんな政治判断危険まりないではないか。そんな危険な状況を回避するための「民主主義」なのではないか。

民主主義」が、事実として最低の政治体制であるにも関わらず、我々に他の選択肢がないのは、「愚者でも政治に参加できる」という方法が現状このほかにないからだ。つまり民主主義とは愚者集団国家運営するための唯一最善のシステムなのだあずまんが言うことはごく当たり前のことであって、国政に対しては、国民一人一人はどれだけ熟考しようと事実上愚者同然であることは明白だ。だから、一人一人の投票行動が最適であることなど、民主主義は期待していないし前提もしていない。むしろ、一人一人の投票行動は最低であってもいい、情や直観は大歓迎だ、そんなことは、最初から織り込み済みだから……というのが、当然のものの考え方だ。馬鹿でもまればそれなりの判断ができる、そして、判断はいずれ下さなきゃいけない、だから自己判断に最低限の責任さえもつなら(あとで「俺は投票しなかった」なんて言い訳さえしなければ)、馬鹿馬鹿なりに投票してよい。当たり前の話だ。それが民主主義だ。最初から分かっていることだ。から白票棄権ダメなんだ

そんな話を、大の大人が(しかも相当程度教育水準が高いはずの人々が)分かっていなかった、ということに今回衝撃を受けた。教育問題か、哲学問題か、文化問題か。おそらくその全部だろう。とりあえず、「民主主義ってなんなの」ってことは、最低限、学校でもう少しちゃんと教えた方がよいと思う。「多数決」という最悪中の最悪な方法が許容される根拠も含め。

今回、あずまん小選挙区自民候補者を選んだ。支持政党ではないが人間を見て選んだという。なるほどそれなりに合理性があり賢明判断だ。その人を選んだことの責任だけは、今後数年間自分の中でかみしめればいいと思う。結果として、自民興隆に手を貸すことになって後悔するとしても、「選ばなかったもんね」とか「白票を投じたから知らないもんね」という人間の偉そうな物言いより、ずっとずっとマシで評価できる。そして、比例区では社民を選ぶという。これも、少数派の選択ということで、大変結構なことだ。自分の主張に一番近い政党を選んだということなのだろう。社民に入れたことで果たして彼の主張が実現される可能性はコンマパーセントでもあがったのか否か、いろいろ葛藤もあるかもしれないが、それでも選んだということだけを忘れなければそれでいい主権者としての責任を果たしたと言える。

ちなみに、かく言う自分は、たぶんあずまんはいずれも違う選択をするだろう。それでも、あずまんが一人の大人として選挙に臨んだことは本当に嬉しく思っている。この文章は、ブックマークを見つつ、あずまんと同じような葛藤を抱えている人が一人でも多く投票に足を運んでくれればいいと思って書いた。この文章を読んで、「俺は投票しねえ」と思ってる人の心に、それでも少しでも何かが残れば、満足だ。

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