席を並べて二年六ヶ月。ついに、ついにコネ入社のバカが転任する事となった。
職場の男性は全員、就職面接時に「職場の女性とお付き合いしたら進退を考えてもらう」と言い渡される。この業界では普通の事だ。
その、清楚な職業イメージを保たねばならない職場の女に、着任後二ヶ月という速攻で手を出し。
他の先輩達のように責任を取って結婚するでもなく、二年以上だらだらと付き合い続けた結果がこれである。
それだけ長く付き合っているだけに口さがない地元の人間の噂にもなり、今回の問題へと発展した。何ともだらしのない話であり下半身だ。
女の方は既に先日、急に辞めていった。職場からの無言の圧迫に耐えかねたらしいが、どうも他にも理由があるらしい。
さて男の方をどうするか、という話になったところで、都合よく転任の話が先方からもたらされたらしい。
無資格者の女は実質クビになり、有資格者でコネのある男は転任で済む。何ともやりきれない結末だ。
女の方は入社から辞めるときまで常に愛想がよく有能だったが、男の方ははっきり言って「使え」なかった。
常に反抗的で、抗弁抗命面従腹背なんでもござれのとんでもない奴だった。
「上から何か言われれば黙ってハイと言えばいい」業界の常識を無視し(そもそも養成機関すら出ていない)、最下端の立場から滔々と自身の意見を述べる。
当然、そういう業界であればその僭越を真っ先に喜び勇んで怒鳴りつけるはずの上役がいるのだが、これに日常的におべっかを使い、注意しづらくして「叱責されない」ように立ち回る。
コネと言っても大した事はない。遠方の有力者の遠縁で、この事業所とはほぼ無縁ながら、他に行く場所がなくなって「〇年だけなら」という口利きで入れてもらったに過ぎない。
本人もそれがわかっているのか、他のコネ採用の上司先輩に特におべっかを使い、それ以外の先輩を見えないところでこき下ろして共通の攻撃対象とし、連帯を組もうとしていたようだが、しかし。
「新人に対しては黙ってハイと言わせる」。そういう教育を施してきた連中が、次期経営者ならまだしも、ただのコネ入社の奴をいつまでも甘やかすわけがない。何しろ自分も通らされてきた道なのだから。
とはいえ、一番下がやるべき仕事を堂々と放棄しても、真っ先にぎゃあぎゃあ怒鳴るべき上がなぜか何も注意しないという状況が長く続いて、当時はまだ転任の話も出ていなかった為(いずれ引き取る約束の有力者から何の音沙汰も無い状況が続いた)、そのしわ寄せが下に集まり、結局は自分自身で動かざるを得なかったのだが。
入社以来、どんな扱いをされても全く怒るという事をしなかった私が、終業後に衆人環視の中で一時間半説教した。
あくまでも怒りはしなかった。ただ淡々と、先輩達が代々引き継いできた仕事と引き比べ、その僭越な振る舞いを糾弾した。
うち四十五分程は奴の説得力のない弁解と到底信じられない決意表明に費やされた事を考えると、「上の指示には黙ってハイハイと頷かなければならない」という論旨を理解していたようには思えないし、説教の効果も半分くらいしかなかったようだが。
まるで木や石が突然口をきいたのを見て驚いたかのように、態度も修正され、下の仕事もするようになった。
(とはいえ、職場の人間が大勢見ている中で説教しなければ、彼の中ではその叱責は無かった事にされただろうが)
表面上は至って平静のまま、態度も問題なく、その変化は訪れたのだが。
何よりも前歴がある。その裏では、女に当たったことだろう。相当激しく当たった事だろう。
過去に、男の過ぎた態度を見かねて軽く一言注意しただけで、その翌日に女が「二人でいる時に当たられて、もうどうしていいかわからない」と別の後輩に相談しているのを聞いた事があった。(無論、注意した私に聞かせる為に、あえて聞こえるところでそういう話をしていたのだろうが)
まあ当然の事であるが、注意されて人に当たるのは当たる奴が悪い。当たられる奴には何の関係もない話だからだ。
その男からの裏で行われた相当派手な当たり散らしと、職場から行われた勧告とが、今回の女の急な退職へとつながったものと見ている。
さて、男の次の転任先はコネがなければなかなか入れないような歴史ある事業所だが、基本給も三万くらい下がり、また休みも少ない。
誰に聞いても「性格が温厚」という評判が帰ってくるような新卒の子が、入社して二年で上役と喧嘩して辞めた。
その後任として取った、有能で使い勝手のいい新卒が、入社して二年もせずにクビになった。
このクビというのも突然の話で、そのポストが空いてたまたま都合よく人手不足になったために、さらにその後任として採用されるらしいという話なのだが、しかしこの事業所には厳格なルールがある。
「職場の女に手を出したら即両方クビ」
職場の女に手を出して転任させられる奴が、職場の女に手を出したら即クビになる事業所へ転任する。何とも愉快な話である。
どこで何をやらかそうがコネゆえにそういう職場へ転任もできるのだろうが、成長のない奴はどうせどこで何をやっても同じ事をやらかす。
転任後は毎日、「あのブドウはすっぱいに違いない」とか自分に言い聞かせながら女達と仕事をしていくのだろうか。見物したいものである。
しかし、その転任先を辞めていった人達は奴よりも遥かに我慢強い性格をしていたので、こいつはまず二年も保たないと踏んでいる。
奴がクビになり、またうちで面倒見てくれという話がもう二度と来ないように、
今のうちに、奴がうちに転任してくる前に勤めていた事業所・私の職場・奴の新しい転任先の三箇所に所属する人たちに、奴からされたあんな事こんな事、今まで黙っていた事をことごとく喋っておいて、予防線を張っておこうと思う。
狭い業界ゆえに奴の新しい転任先にも知人の親族がいるので、きっちり根回しをしておいて、躾のやり方に役立ててもらえればと思う。
(年下の先輩をうまく足で使うような奴なので、そうされないように注意をしておきたい)
最後に、未知の転任先へと赴任していく勇者に、この一言を贈りたい。
「おめぇの席ねぇから」