2016-11-21

http://anond.hatelabo.jp/20130809115823

世界の溝について少し思ったことを書こうと思います

Twitterで回ってきたので、これと付随するいくつかのブログ記事を読みました。とても興味深くて面白かった。

自分はおそらく「高学歴の世界」側の人間なのだと思います

父親サラリーマンではないけれど、リンクした記事高学歴の世界の住人の特徴(?)には大方即していると思う。

私立小中高を出てそのままの流れで大学生になった。浪人する人はいたけれど、大学に行かないという選択肢を持つ同級生はいない。

「実は日本大卒ってそんなにいない」という文をみて本当に驚いて、大学進学率を調べた。だいたい50〜60%くらいらしい。

これが多いのか少ないのかは正直わからない。でも、大学に行かない40%強のことを自分は知らない。今数値としては知ったけれど、実感はない。どうやって生きてるのかもわからない。自分世界はいいから。

ギャンブル中毒とかホームレスとかも同じで、情報として知ってはいるけど知らない。

ギャンブル中毒の話はNHKでやっていたし、ホームレスは夜の新宿駅で見た。

極端な言い方をすれば、自分はそういう人たちを「同じ人間」だと思っていないのかもしれない。少なくとも、圧倒的少数派だとは思っていた。1億2千万日本人のうち、ホームレス新宿駅にいる十数人だけで、ギャンブル中毒なのもTVインタビューしていた数人だけだと、理解とは別に感覚的にそう思っている。

だって身の回りにそんな人はいないのだ。新宿駅日本でも有数の大きな駅で本当に色々な人がいるから、人口の0.01%にも満たないような人たちが存在するとしか考えられない。そこから電車10分離れた田舎にある最寄駅では、地面に寝ている人は酔っ払ったサラリーマンか具合の悪い人で、ダンボール生活用品を持っている人は倒れてないのだから

大学で知り合った友人が高校の時にアルバイトをしていたという話を聞いて、すごい!偉いね!と言ったら怒られたのを覚えている。世間では珍しいことではないらしい。

けれど自分高校生のころ、ローソン冷凍庫に入った高校生写真炎上した時、友人との間で「高校生なのにアルバイトしなきゃいけないなんて大変だね、かわいそうだね」という話が出た。当たり前に高校生アルバイトをする=普通ではないと思っていた。

同じ大学内、ある程度似通った生活環境の人が集まるところですら齟齬が生じる。

普通」は自分の育った環境定義されてしまうし、その枠外を理解はできても実感することはかなり難しいように感じる。

溝は確実にあるだろうけれど、基本的に人はその溝に無自覚だと思う。溝を超えること、価値観理解することは可能だとしても同じ価値観で生きることは多分できないのだろうなと思った。

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