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2008-03-13

宇宙一詳しいデビルマンのあらすじ 4/4

http://anond.hatelabo.jp/20080313111147←この続きです。

1.29.20 おじさんおばさん、ただいま!お帰りあきら君っていう情景を想像していたのに、玄関からちらりと見える景色はいつもと違う。

1.29.50 ヒゲヒゲ妻の死体を見る。どこで拾ったのか分からないけどパーカーのフードを被る。「おじさん」と言ったあと、右下を見て「おばさん」と言う。期待を裏切らぬ棒読み

1.29.55 上から(上ってどこ?)ヒロイン携帯がだらーんとぶら下がって落ちてくる。

1.30.50 画面が赤くなる。(恐らく、携帯をきっかけに、黒髪がデーモンとしての直感を用いてヒロインの最後を知ったことの象徴なのだと思う)

糞台詞:ヒロインの最後

ヒロイン包丁を持って「あたしは魔女よ!なめるな!」と言う。暴漢はヒロインの背中にピストルを一発。うつぶせに倒れたヒロインが一言。「あたしは魔女じゃない・・・」

糞台詞終了。最後は「アキラクーン」となって死亡。

1.31.00 黒髪「みきちゃん・・・ぅふうわぁ・・・はああああ」

1.31.05 ヒロインの生首が串刺しになって目の前に。

1.31.20 へあー。へあーへあーと三回叫ぶ黒髪。おまえ絶対にタバコ吸ってるだろ。肺活量と腹筋が無いに等しいので、何の迫力も無いシーン。

1.33.30 二分以上も延々とマネキンの首を持ってそこらへんをうろつく黒髪。荒廃してしまったかつての町を歩いている。まあ、ここまではっきりとCGって分かるとすがすがしいね。NHKの大人向け医学番組CGで今から赤血球の働きを見ましょう、って感じの景色の中を歩く黒髪。

1.34.20 教会に到着。町には建物が一つも無かったはずなのにガラス一枚割れていない教会。謎の教会。祭壇に生首を供えて一言、「みきちゃん・・・着いたよ。」

1.34.35 生首を撫でる黒髪。泣いてるって設定なんだけど、思いっきり目薬。ミーコを見習え。

1.35.15 ゆっくり祭壇から離れてくれ、と演技指導された黒髪は、混乱したらしく、ロボットダンスみたいな動きで祭壇から離れ、教会内の椅子にどすっと座ります。

1.36.10 ヒロインの「子宝に恵まれますように」のお祈りを思い出して、黒髪が薄笑いを浮かべる、どうした?と思ったが、どうやら泣く演技をしたいらしい。でも泣けない。ナス!泣けないんだから顔のアップはやめろ。

1.36.30 後ろから人の気配。振り向くと銀髪。そこで銀髪が一言「神はいたかぁ?」はいよくできました。

1.36.35 銀髪がコートを脱ぐと、下はスーツ。なぜぬぐ?人間は守る価値があったか、アキラ

1.37.05 黒髪が振り向きながら立ち上がる。そこで一言糞台詞。「おまえは最初からサタンだったんだな。おまえは俺をだましていたんだな。」・・・よく整理して考えてみよう。だますって、何について?銀髪が自分はサタンじゃないってだましていたってこと?いや、だましてないよ。最初から正体をばらしてたし。つうか、一時間二分五十秒のときにいってたよね。「サタンだから」って。ばか?いや、糞なんですよ。ナス夫妻が糞。

1.37.40 痴話喧嘩開始。新しい世界を俺と生きてくれってさ。

1.37.45 銀髪頑張る。「再び」両手を広げる。「デーモン世界を俺は目指した。」右手だけ胸に、左手は体側に。「しかし」右手だけ広げる。「人間の数は異常に多かった。」右手を元に戻す。「いくらデーモンをよみがえらせても」右手を広げる。「人間を滅ぼすことは不可能だった。」右手を体側に戻して、はい、がんばりましたねー。学芸会以下の演技指導でしたねー

1.38.35 銀髪「でも人間同士で殺し合いを始めた。笑えたね。」と言ってヒロインの生首のアップ。彼女の死の事も笑えたのでしょう。黒髪がキレる!そして一言「おれをころせぇ」、ってキレ無いの?

1.38.45 黒髪「おれあけ生かして、なんにあうー」カツゼツが・・・

1.40.15 例によって会話が成り立たないので要約。銀:俺と一緒に来い⇒黒:嫌だ、おまえを殺す(何故こうなる?)⇒銀:ならば俺がおまえを殺す。 こいつら幼稚園児です。何の理由も無く殺し合いをしているようにしか見えません。カツゼツが相変わらず悪いし。俺はデビルマンだぁらな!ってなんだよ。

1.40.40 見詰め合う二人。デビルマン、変身。サタン、変身。

1.40.50 二人の闘気がぶつかり合い、空襲を絶えぬいた教会が爆発し、教会の床が抜けて、実は床下には巨大な空間がありましたとさ。

1.41.00 いつものデビルポーズ。滅びよ、サタン。滅ぶのはおまえだ、デビルマン

1.41.10 バトル開始。どうでもいいです。いろいろな人がプレステのオープニングだとか、色んなことを言ってますが、一言で言うと、価値の無い映像。二言で言うと、ありきたりで安っぽい映像サタンビーム系の技。デビルマンは直接当てる技です。よく引用されてる「地球を割る」って技は1.42.00にでます。地面がぴしぴしなるだけです。

1.42.10 デビルポーズ。ここで、地割れが起きます。さっきの技とは無関係だと思います。

1.42.45 どちらの攻撃も有効打は無く、地球の一割くらいが炎でできたキノコ雲に覆われます。

1.43.00 荒廃したニューヨーク自由の女神夕焼け

1.43.30 人間が塔のように重なり合いながらうねっています。(人間竜巻?)私が読んだことがあるのは文庫本デビルマンだけなので、原作でのこの塔の位置付けは良く分かりません。というか、ただ、出したかっただけなんだろう、ナスの場合。

1.44.00 その更に上空でサタンデビルマンが対峙してます。サタンデーモン軍団をつれています。デビルマンは隕石みたいなのに乗っています。

1.44.20 ほわーと言いながらデビルマン、青い炎に包まれて巨大化。それを見るサタンの目に涙。

1.44.35 ここでも「滅びろ、サタン」と言って、青いまま特攻。ザコデーモンは全員死亡。サタンは耐えます。

1.44.50 炎を使い果たしたのか、デビルマンサタンが右のミドルキックデビルマンは右ストレートデビルマンの胴体が削れます。

1.45.05 ぐおぐおいってたデビルマンが、空から落ちます。落ちながら黒髪に戻ります。黒髪になってもぐおぐお言ってます。

1.45.15 回想シーン。黒髪の餓鬼と金髪メッシュの餓鬼が、海辺で砂の城を作り終えたところです。

1.45.45 雨が降ってきたので、二人が自分達の体でその城を守ろうとしているところで回想終わり。

以下は、あの有名なラストシーン

1.46.10 黒髪、生きてます。目を開けます。きょろきょろします。岩の上で仰向けになっているようです。

1.46.20 岩の下から銀髪が這い上がってきます。

1.46.40 アキラ、リョウ、とか言い合ってます。わざとらしくぶほっと血のりを吐く黒髪。

1.46.55 銀髪「死ぬなよ、生き残れよ。デビルマンだろ。」

1.47.15 黒髪「おまえが生き残ればそれでいい。」・・・この人の発言の意味がわかりません。何故こんな台詞を言わないといけないのがが分かりません。で、そのまま黒髪は目を瞑ります。

1.47.20 銀髪が名前を呼んでも黒髪は返事をせず、黒髪の下半身に目を向けると・・・

1.47.50 下半身がやばいことになってる、と。二人無言。

1.46.00 銀髪が吐血。え?サタンなのに吐血?ナスにとってのサタンってのはいったいなんなのでしょう。かつての神と同じことをしようとして、しかし、愛を持っていたゆえに失敗してしまった堕天使、ってのがサタンなんじゃないの?まあ、どうでもいいや。

1.48.15 「まってろよ、アキラ、すぐ行くぞ。」と銀髪。

1.48.30 それを聞いた黒髪が、死んだはずなのににやっとわらって、それをみて銀髪もひひひひと笑う。

1.48.40 真っ赤な月の下、銀髪の笑い声が響く。「明が笑った。ふひふひふひ」

以上、原作の有名なラストシーンリメイク

1.48.50 崩れたコンクリートの壁にもたれかかって座るミーコ。

1.49.04 「おねえちゃん!」とススムの声が聞こえると虚ろだったミーコの表情に生気が戻る。ススムがミーコに駆け寄る。

1.49.20 「何を見ていたの?」とススム。「心の中を見ていたの」とミーコ。アホか、ナス妻。心の中ってなんですか。ミーコは、地球平和だった頃の海、空、森を思い出していたらしい。と、語りながら涙をこらえるミーコ。

1.49.30 泣きそうになるミーコの顔をみて、ススムがボソッと言う。「そんなとこ、もう無いよ。」

1.49.50 表情を引き締めるミーコ。頬には涙が一筋。ススムと見詰め合い、「生き延びるのよ。私達だけでも」

1.50.10 手のひらを握り締める。その中にはヒロインが渡した口紅。「牧村さんと約束したんだから。」「うん」とススムも表情を硬くしながら言う。どっかのアイドルの歌がBGMに流れる。

1.50.25 ミーコが立ち上がり、続いてススムも立ち上がる。口紅を握り締めたミーコの掌をススムがその上から握る。

1.50.30 二人が手を繋いで、このペースで歩いてねーってのはナス陰謀だな。だって、危機管理としてなってないじゃん。こんなヨチヨチ歩くなんて、普通想像力ではありえない歩き方。かわいそうな二人。せっかくの感動シーンを台無しにするナス

1.51.00 二人は今までいたコンクリートの残骸の出口に立つ。画面がセピア色になる。カメラがぐーっと引いて、周りの荒廃しきった景色を写す。周りに人間の塔(人間竜巻?)が山ほどある。

 THE END

映画デビルマンの悪評を聞いて、どれだけバカな映画かを見に行きたくなってしまった人は、上のあらすじを読んでうんざりしてください。

追記。(2005年6月10日)

東映さん、怒ってます?

これから一生東映映画を私は見に行かないので、(東映映画に関しては「観る」という漢字を使わずに「見る」という漢字を用いますよ。ポリシーの問題です。)べつに怒ってくれても全くかまいません。怒った後にきちんと反省してください。(どれほど反省したとしても私はこれから先一生東映映画を”見に”いきませんが)

一番嫌な状況は、東映から圧力がかかってこのblogそのものが消えることです。

圧力のかけ方として、一番考えられるのは著作権違反を理由とするものだと思うので(何せ宇宙一詳しいあらすじなので、翻案権に関してはかなりやばい。抗議を受けたら必ず消される。)、東映と対立することは全然平気なのですが、blogが消えるのは凄く嫌だ。

以下、考えました。頑張れ、自分。

この文章は著作権違反になるのだろうか?

翻案権は完全に侵害しているけれど、その上で引用をしているので、少しだけ状況が複雑なのだろうと思う。

血液型と性格」事件の判示(東京地裁判決平成10年10月30日、学者の間でも評判は悪くない)によると

新たな言語著作物創作する上で、他人の言語著作物の全体あるいは相当広い範囲の趣旨を引用する必要のある場合があるが、その場合、それを原文のまま引用するのでは、引用の名の下に他人の著作物の全部または広範な部分の複製を認めることになり、その著作者の権利を侵害する程度が大きくなる結果となり、公正な慣行に合致するものとも、正当な範囲内のものともいえなくなるおそれがある

とあり、

簡単に言うと、

映画のワンシーン・ワンシーンに突っ込みたいとき、

<1>映画そのものを皆さんに配布する

<2>映画そのものは配布せず、自分で翻案・要約した文章をオマケとしてくっつける

の2つの方法が考えられ、

それなら<2>の「要約引用」で行った方が良いんじゃない?みんなやってるし、普通でしょう?

ということです。

ちなみにススム君ピンチのシーンは一切ネタバレしてないよ。

あのシーンは「映画」だったからね。

つまり、必要な部分だけしか引用していないのです。

以上から、私の文章は、著作権法32条1項引用の場合の著作権行使の制限)の適用を受けるので、著作権を侵害していないと言える。

のだと思います。そう思いたいです。

blog人のサーバーが落ちるたびに、

うお、もしかして私のブログが消された?東映から苦情が来たのか?と自意識過剰な不安に駆られるのです。

今日、つれづれなるままに考えてみて良かった。

多分、(多分、としか言えない。何せ要約引用判例なんて、ましてや映画の翻案に関する判例なんて、かなり少ないし多分存在しない。)、私は不正なことをしていない。

だれかエロイ人、詳しいこと教えてください。(txmailjp☆yahoo.co.jp(☆を@に変えてください))

2008-02-29

リメイクヤッターマン

ヤッターマンタイムボカン(ここまでテレビ東京)→マッハGoGoGoガッチャマンマッハGoGoGo(97年)→オタスケマンガッチャマンII→きらめきマン→ガッチャマンFの順で新旧タツノコの落差を見たつもりになっている、ゆとりCS中毒世代のオレには好印象

オープニングは見たが 聞かなかったことにする

2008-01-25

ドラクエFFリメイク連発に反対してる人いるけど

企業としてはリメイクすりゃ売れる物を取り逃す法は無いんじゃないの?

ゲームの開発能力が低下してるからリメイク乱発してるんだ、とか言う人いるけどそれは別問題じゃないの?

開発能力があってもなくても安全牌としてリメイク作品は出るもんだと思うぞ。

2008-01-03

Wiiリモコンの正しい使い方

新しい遊び方を追求するのも場合によりけりで、そんな無理してポインター操作にしなくていいのにと思う。

かつてファミコンの時代に、アスキーが片手で操作できるコントローラーを発売した。ウィザードリィプレイするとき、右手にペンを持ってマッピング左手に片手コントローラーを持って操作。そんな感じの使い方が推奨されていた。忠実な忍者だった俺は当然即購入してル’ケブレス特攻したり壁の中にいたりした。

あのコントローラーは便利だった。遅れてドラクエ歴史を辿った時も、暗闇の雲に全滅させられた時も、人生劇場桃鉄で遊ぶ時も、いつも一緒だった。マイクがないので「ちょっと待った」は出来なかったし、アクションの時は異常な難易度になるので休んでもらったけれども。

RPGやアドベンチャーは、座って両手でコントローラーをしっかり握るよりも、寝転がりながら片手で操作できるほうが遙かにラクだ。空いた手で頭を支えてもいいし、ポテチを食ってもいい。経験値を稼ぎながら携帯で友達にメールするのも余裕だし、障害があって片手が使えない人でも遊びやすい。

世の中には、そういうことがわかってない制作者が多すぎる。DSでRPGを作るなら、ペンタッチなんかどうでもいいからLボタンを決定ボタンにしろと。PS型ならL1を決定、メニュー兼キャンセルをL2にすべきだろ。それともあれか、お前らは「RPGは固いイスに背筋を伸ばして腰掛けて、両腕を90度の角度に曲げて保持し、コントローラーを両手で正しく握ること」という信仰を守る教会十字軍か何かですか。そんなに俺にポテチを食わせたくないというのか。確かに最近すこし体重が増えたかもしれない。でもほんと、俺の健康とか考えてくれなくてマジ大丈夫だから。

DSの世界樹の迷宮の何が頭に来たかって、最大レベルが99じゃないとか、使えないスキルがあるとかより、Lボタンが決定じゃないこと。左手でザコ戦しながら右手でマップ書きたいじゃん。何で誰もそういうことできるようにしようとか考えなかったわけ? 今度2が出るわけだけど、俺Lボタンが決定じゃなかったら買わないからその辺マジ頼むわ。

リモコンの話だっけ。

リモコンにヌンチャクとか、アクションならいいよ。マリオゼルダクリアしたし、他のゲームもいろいろ遊んだ。楽しい。好きだ。だけどアクション要素のないゲームなら、リモコンで片手で操作できるほうがラクな場面がたくさんある。新しい遊び方を追求して、今までにないワクワクドキドキを提供してくれるなら、いいよ、オッケー。でも今までと大差ないゲームを作るなら、無闇にヌンチャクグリグリを使わなくていいよ。

たとえばRPGなら、リモコンの十字キーとAボタンとトリガーがあれば充分。俺なら十字キーで移動、トリガーで話す・調べる・決定。何もないところでトリガー押しながら移動するとダッシュ。メニュー画面呼び出し兼キャンセルはAボタンだな。もちろん気に入らない奴のために逆に配置する設定もつける。これで最強だろ。Wiiってプレステ2よりは性能上なんじゃなかったっけ? 俺さ、片手で手軽に遊べるRPG欲しいんだけど、誰か俺のためにWiiロマサガリメイクしてくれ。ウィザードリィの新作でもいいけど、呪文の名前がティルトウェイトじゃなかったら放課後居残りしてやり直しさせるから、その辺マジ頼むわ。

2007-12-23

"'53年公開映画シェーン」の著作権消滅が決定" の報で思い出した事

 記事で問題になっているのは著作権だが、それには触れない。

 歴史法則性について。

 但し、プロレタリア革命ブルジョワ革命が完遂した後に起こる、或いは現在自由主義歴史の終焉であると言った話題は、手に余る。

 同じ20世紀で、しかも大衆芸能について、一定レベル以上の成熟と大衆性を獲得した(だから、純文学前衛藝術を除く)ジャンルでは似たような進化を辿るのではないか、という話。

>>最後に取り上げる例は、ジョージスティーブンスの古典西部劇シェーン』である。周知のごとく、西部劇というジャンルは四〇年代の終わりに最初の深刻な危機を迎えた。純粋で単純な西部劇は、いかにも作り物で単純な繰り返しだ、という印象を与えるようになった。西部劇の公式は使い尽くされたようにみえた。作家たちは、他のジャンルの要素を西部劇に盛り込むことによって、この危機に対処した。かくして出来上がったのが、フィルム・ノワール西部劇ラオール・ウォルシュ『追跡』。この映画は、フィルム・ノワールの暗い世界西部劇移植するというほとんど不可能な仕事をなしとげた)、ミュージカルコメディ西部劇(『略奪された七人の花嫁』)、心理的西部劇グレゴリー・ペックの『ガン・ファイター』)、歴史叙事的西部劇(『シマロン』のリメイク)などである。一九五〇年代に、アンドレ・バザンはこの新しい「反省的」ジャンルメタ西部劇と命名した。

 この「メタ西部劇」は『西部劇』自身のパラドックスであり、その「メタ」の部分は/西部劇そのもの/である。いいかえると、この映画は、西部劇世界にたいする一種のノスタルジーにみちた距離を含んだ西部劇である。『シェーン』が生み出す効果を説明するには、ふたたび視界の機能に言及しなければならない。つまり、常識的なレベルに留まっているかぎり、すなわち視線という次元を導入しないかぎり、単純で理解できる問いが生じる──もしこの西部劇の「メタ」の次元西部劇だとしたら、二つのレベルの間の距離はどう説明されるのか。どうしてメタ西部劇西部劇そのものとぴったり重ならないのか。どうして純粋で単純な西部劇はできないのか。答えはこうだ──構造的必然性によって、『シェーン』はメタ西部劇コンテクストに属している。<<

スラヴォイ・ジジェク著 鈴木晶訳 斜めから見る。青土社 P121

 猫も杓子もジジュクを使いまわしている昨近、またか!と思われる方も多いだろう。またか、である。

 アンドレ・バザンの≪超西部劇≫(sur-western)は、時間=歴史的な対象、一九四〇年前後古典主義に対する一九四四年以後の「進化した」西部劇を指し示す。対して、ジジュク≪メタ西部劇≫は、空間=図式的な観念である。それは「メタ」の次元とそれ以外の次元からなる「二段の棚」であり、話を進める上で好都合だったので、持ってきた。

 日本の場合、過去の例で思い当たるのは、時代劇だが、最近では、何といっても、ロボットアニメかな、と。(時代劇については、ここでは触れない)

 名前はいちいち挙げないが、歴史叙事的ロボットアニメ西部劇では実際の過去の出来事だが、ロボットがポピュラーな時代は未だ来ないので、未来、或いは仮想世界舞台になる戦記物)、コメディロボットアニメ、(破綻も含む)教養小説ロボットアニメファンタジーロボットアニメ、ラブストリー的ロボットアニメ、その他、いろいろ。

 では、”その「ロボットアニメ」は『ロボットアニメ』自身のパラドックスであり、その「メタ」の部分は/ロボットアニメそのもの/であるような作品、ロボットアニメ世界にたいする一種のノスタルジーにみちた距離を含んだロボットアニメ”、西部劇で言えば「シェーン」に該当するロボットアニメ存在するだろうか?

2007-12-15

新作の定義ってなに?

リメイク作品は新作では無いの?そこの所の認識の違いがあるんじゃないの?

エヴァンゲリオン最近映画は新作では無いわけ?

http://anond.hatelabo.jp/20071215122612

リメイクだと知ってて、なおかつプレイした事ある層がメインの購買層だと思うんだけど。

うちはそのクチ。

ゲームは一度クリアしたら二度とやる価値ない」と思い込んでいる人、結構いそうだなぁ。

http://anond.hatelabo.jp/20071215122612

50万人が「ゲームソフトを買うほどゲームに興味があるけどドラクエ7や8の存在を知らない」とは思えん

その二つじゃなくて4や5もリメイクされてPSなんかで出てるわけだし

嫁が、ドラクエ4を完全な新作だと思ってた

ドラクエ4のリメイクがバカ売れしてる。

なんとうちの嫁は「新作出たんだー」

とかいってる。

それもそうだ、DSドラクエが出るという話は結構知られている

んで、あのCMを流されれば新作だと思う。

もしかして100万本のうちの半数以上はそうなんじゃないか?

2007-12-03

http://anond.hatelabo.jp/20071203135201

一応筋は通したほうがいいよ。

一日考えたけど辞めますいってから辞めるんだ。

今週の日経ビジネスの表紙が攻殻機動隊だった。

麻生がほえてたよ。好き勝手なこといいやがってな・・・。

その前にこの現状をなんとかしろってんだよな。

一応アニメーターの時給に触れてたがそれウソだろwと。

ラジオで投稿しながら吼えてるアニメーターは250円とかいってたぞ。

こないだny制作漏れてたけど、あれぐらいの額で制作委託できるならさ、

ちょっと資金投下して博打打つには丁度いい額じゃない?

3話限定で3000万ぐらいで作品つくって。

回収率80%-120%をアベレージに5%ぐらいの確率で200%のヒットがでるだけでかなりうはうはだよ。

ヒットを中心にリメイク重ねて利を伸ばせば(゜∀゜)ウマー!だとおもうんだけどね。

ゴンゾアニメ素人でもあそこまで成功したのも不思議ではないな。

もっともあそこは辞め電通だから最初から販路があったというのはあると思うが。

考えてたらちょっとやってみたくなっちゃったよ。

金と原作は集められそうだけど頼りになる製作会社に心当たりがない。

2007-11-30

http://anond.hatelabo.jp/20071130134955

むしろセルフリメイクとかそんな感じじゃないか?全く同じものじゃないんだし

2007-11-13

http://anond.hatelabo.jp/20071113125113

あげられてる雑誌イメージを書いてみよう

特集によって読者層が違うのではないかと推定される。セックス特集と、半年に一度の占い特集はよく売れる。

木村拓哉が抱かれたい男ランキング12連覇をしたところから考えて、メイン読者は10年前から変わってないのではないかとも感じる。

  • MORE(たまに読む)

20代OLとかが読む雑誌。たまに就活におけるマナーとかファッションとかも載ってるので、大学3、4回生くらいも取り込んでいるのかも。

結婚セックスPMSの記事は毎号ある。割とそこらへんの読者の声が生々しい。

  • JJCanCam(ちらっと眺めたことしかない)

ギャル寄りお姉系。巻き髪がっつり。ゆるふわとか、ブランドとかの単語多し。エビちゃんとか押切もえとかが目標

知り合いの男性(22)は、グラビア誌代わりに毎月買ってるって言ってた。確かに露出度も高いしモデル美人だしな。

正式な表記は「nonno」。ハイティーンが対象。女子大学生や、高校生が読む。割と男性受の良さを意識したファッション特集とか組むんじゃないかな。

「絶対役立つ!チープコスメ」みたいな特集も多く、コスト意識の高い人も取り込めるようになってる。主流の流行はぜったいおさえる。

個性派ファッション安野モヨコや、矢沢あいのような漫画家オサレ漫画を連載するスペースが確保されている。

個性派ファッション大塚あいとかaikoとか好き。

  • mina(読んでた)

ノンノより少し年齢が低い人向けの類似雑誌

このあたりの年齢層以下から雑誌平仮名カタカナが増えてくる。得意な言葉は「安カワ服/やすカワ小物(やすくてカワイイ服・小物の略)」

  • ニコラ

正式表記「nicola」。ローティーン対象。女子小中学生向け。誌面の配色が目に痛い。広告に、カラーペンとかキティ文房具とかが載ってる。

可愛い制服高校特集とかが組まれてる。あと手紙の可愛い折り方とか可愛いメールの打ち方とか。巻末の方には生理用品の使い方。

こちらもニコラと同年齢層対象。女子中学生向けとうたっている雑誌は、よく中学生に憧れる女子小学生が好む気がする。

これも誌面の配色が目に痛い。これら女子小中学生向け雑誌は、読者モデルがその他の雑誌よりも多く登場する印象。

  • ケラ

正式表記「KERA!」。ゴシックロリータパンクファッションメインビジュアル系バンドインタビューとか載ってる。

ゴスロリメイクとか、浴衣ゴシック風に手作りリメイクとか、涙を誘うようなちんまりした工夫をするための特集が多い。

聞いたことない。Layは見たことあるかも。外人とか表紙になってるやつだったか。

どんだけ読んでるんすか。疲れたわ。ていうかニコラとKERA!とJJって貴女、相容れないじゃないですか。

そりゃ知識でしかなくなるわ。きっと女性誌以外にもたくさん雑誌を読む人だ。

でもこれだけ読んでたら楽しそうだなー。たとえば着る服の参考にするのはどれ?めっちゃ聞いてみたい。

2007-11-08

http://anond.hatelabo.jp/20071108154449

そうだよ、お馴染みの声優の声でお馴染みの展開の旧ドラえもんが好きだった。

原作などどうでもいい。

いや、原作原作で好きであり、旧ドラ旧ドラで好きだ。

指輪物語が好きだが、ロードオブザリングも良かった。もっと原作に忠実にリメイクされても、ロードオブザリングより好きになるかはわからない。

「声が嫌い」、ただそれだけでも、アニメを嫌うのに十分な理由だと思う。

2007-10-29

http://anond.hatelabo.jp/20071029114937

北斗の拳見たことある?」

「ああ、パチンコのやつね」

「いや、まあ、パチスロのやつなんだけどさ・・・」

仮面ライダー見たことある?」

「ああ、チンジャラ賭博のやつね」

「いや、まあ、パチスロのやつなんだけどさ・・・」

「エバンゲリオン見たことある?」

「ああ、北朝鮮の資金源のやつね」

「いや、まあ、パチスロのやつなんだけどさ・・・」

原作者ってどのくらい作品に愛着持ってるんだろうね。石森は死んだから子供が親の財産切り売りしているだけで、少し事情が違うんだけどさ。ハリウッド実写化とかリメイク契約の時には原作とまったく無関係後日談、サイドストーリー、さかのぼること数年の少年時代、グッズ化etcなんでも許可しろと迫るらしいぞ。ラーメンなんかかわいいもんだ。

少しはなしは違うがマックイーンは偉かったな。

2007-09-21

ひぐらしのなく頃に解」 放送中止

高校生が父親を斧で斬りつけ殺害した事件。これを受けて「School Days」に続いて「ひぐらしのなく頃に解」も放送自粛らしい。

とりあえずどっちも見てないので関係ないといえば関係ないが。だが、やはりファンには深刻な問題だろう。アニオタは必死に騒いでる

確かにマスコミ報道ツッコミどころ満載だ。

http://image.blog.livedoor.jp/dqnplus/imgs/5/3/532b8ee5.jpg

「なにこの歪曲されたストーリーは」とのコメントもあるが、放送関係者の認識力なんかそんなものである。アニオタは一般向けのオサレドラマなんか見ないので分からないのかも知れないが、一般向けドラマバラエティなんぞこの「歪曲されたストーリー」程度の幼稚な代物であることが多い。リメイクではたまさか例外もあったりもするが。

難しいことを言っても視聴者が着いてくるのは放送大学、名画、アニメぐらいのものである。一般人はそこまで必死にテレビを見ない。だから単純化された分かりやすい筋書きでないと理解できない。フィクション/ノンフィクションを限らず物語には分かりやすいことが求められている。短絡的な発想を嫌って批判するのはオタクのすることである。

分かりやすい物語という枠組みに浸って生きている一般人に理解を求めても仕方がないということがなぜ分からないのか。アニメばかり見て難しいことを考えていないで、少しは世間の馬鹿さ加減を知る努力をすべきだろう。

2007-09-17

酒のみながらぐだぐだ書くよ

匿名で書くことでもないが、他に書く場所がないのでこちらに書きます。

ゲームバランスが良いと思われているが実は大したことはないゲーム(1)

http://guuji.net/blog/index.php?e=18

ゲームバランスが良いと思われているが実は大したことはないゲーム(2)

http://guuji.net/blog/index.php?e=19

上記記事では、ゲームバランスが良いと一般的に言われているドラゴンクエストシリーズを例に「ゲームバランスが良いと思われているが実は大したことない」ことを書いているのだが、筆者が根本的に勘違いしていることがある。

それは、筆者が「プレイヤーに選択を迫る場合は、どの選択肢にも選ぶ意味がないといけない」と思い込んでいること。

それを感じさせるような書き方は随所になされているが、それは一見正しそうで実は正しくない。

なぜならば、ゲームの攻略とは「もっとも効率のよい進め方をするためにプレイヤーは何をすればよいかを探すこと」だからである。

つまり「無意味選択肢を除外する」ことはすでに攻略であり、それに対して「無意味選択肢存在するのでバランスがよくない」と言うのはお門違いなのである。

ドラクエVの例で言えば、数多くいるモンスターの中からスライムナイトが強いことを発見することがもはや攻略なのであって、スライムナイトが強いからダメだとはその時点では言えない。

「どのモンスターもそれなりに使えるべきではないか」というのは、開発者がどう遊ばせたいかというゲームデザインに対する話であって、ゲームバランスの話ではないのだ。

つまり、堀井雄二が「多くのモンスターの中から使えるヤツを見つけるのが面白いんです!」と言ってしまえば、そういうゲームなのである。

(「自分のお気に入りのモンスターを仲間にできます!というなら、どのモンスターもそこそこ使えるようにしておいてよ」と言いたくなるが「お気に入りなら弱くても我慢して使え、というデザインなのだ」と返されるとやはりそこで終わってしまう)

つまり「ゲームバランスが良いと思われているが実は大したことない」例をあげたいのであればこの例では不適なのだ。

ゲームバランスの話をするなら「FCドラクエIIで薬草が15Gするのは高すぎる!」というような話をするべきである。(実際リメイクでは10Gになった)

2007-09-12

10年ぶりのエヴァンゲリオン

10年ぶりにエヴァンゲリオンを見た。なんてことだ。ミサトに感情移入することが多かった。特に、シンジ君との食卓の場面なんて、痛々しくておもわず左手で顔を覆ってしまった。

これが10年という時間か。もう28歳だもんな。10年前はシンジ君に感情移入して、一緒に世界に対して混乱していたけど、今はそんなことない。ゲンドウひどい!鬼!シンジ君は悪くないよ!大人がしっかりフォローしろよ!と思ってみていた。途中、なぜか何度も涙が滲んできた。シンジ君を抱きしめてあげたい。俺は男だけどそう思った。

ヤシマ作戦の戦いは、以前のTV版よりもシンジ君がヒーローとして成長しそうな熱いものに仕上がっていて、希望を与えてくれる。ほとんどの登場人物精神を病んでいるとしか思えないディスコミュニケーション物語の10年越しのリメイクで、今後、俺はどのような感動をしていくのだろうか。ミサトさんシンジくん、アスカレイ、その他のみんなは、物語が終わる頃には少しでも幸せになれているのだろうか。そんな結末は10年前にたぶんみんなが望みながら、そんなのはエヴァらしくないとも分かっていて、そのようなアンビバレントな感情は今、俺の中ではそれでも幸せな結末を望む方向に大きく振れている。

ともあれ次回も超楽しみ!、なエヴァ直撃世代の一人。

2007-09-10

オタクじゃない俺がエヴァを語る

高校二年の夏休み、たった4日間でエヴァの全編が放映された。

エヴァはそれ以前から何かで放映されていたんだろうけれど、

今でもそこら辺はよく知らない。

そんな俺がエヴァにはまる4日間。

当時、進学校に通う俺は、

今まで好きだったサッカーをやめ、

徐々に受験勉強を始めつつも

のんびりとした高校生活を送っていた。

もちろん、彼女なんていないぞ。

当然、夏休みは特に予定がない。

せいぜい塾に行くか、プレステをやるくらいだろう。

それでも暇が苦痛じゃなかったのは、高校生だからだろうか?

そんな生活を送る中、あの4日間は衝撃的だった。

あれを見た後、夏休みノスタルジックなものに変わった。

いったいなぜ?

今でもそれはよくわからない。

エヴァ純粋に面白いアニメだった。

不気味な使徒がどこからともなくやってくる。

そして、頼りないポンコツロボにハラハラさせられる。

使徒ってなんだろう?どこから来るんだろう?」

「まだ秘密秘密兵器はあるのかな?」

謎めいた設定がいっぱいあって、好奇心をくすぐるSFワールド。

そんな舞台で、弱々しいシンジ

不思議綾波レイと、魅力的なアスカ

かっこいい大人のリツコさんが活躍する。

そして、彼らはオンリーワンであり、それぞれが悲劇の主人公

活躍の場が与えられた彼らをうらやましく思ったし、

それと同時にせつなさを感じた。

俺はレイ派かアスカ派かと言われればアスカ派だ。

まあ、正直なところアスカに軽くほれた。軽くだぞ!!

そんな俺にとって、エヴァ残酷だったのは、

アスカ使徒にやられて、そのままストーリーが完結してしまうことだ。

もう一回アスカが見たい、そんな期待を裏切られた。

そもそも、あのアニメ全体が、希望を裏切るストーリーになっている。

主人公シンクロ率がどんどんあがっていく才能を持った人材だ。

だけど、あのロボットはとても弱い。絶望的に弱い。

正義ヒーローロボットに乗った瞬間、カスのように弱くなる。

ストーリー全体がどうやって終ったかはよく覚えてないし、

劇場版も見てない。

人類補完計画が実行されたのかよく知らないけど、

人類補完計画残酷だよね。

結局、地球は守れたのか?

みんな幸せになれたのか?

謎めいた設定も結局のところ謎で終ってしまった。

それについて友人といろいろ語り合ったものだし、

その情報を求めて、わざわざゲルゲットショッキングセンターラジオで聞いてみたりもした。

エヴァが他のアニメと一線を画するのは、

そういった表に出て来ない設定に深みがあるところだとは思う。

それ以上に、ハッピーエンドで終らせてくれないところに、

多くの人がノスタルジックなっちゃったのかな・・・

俺はもう27歳のいい大人だ。

あの静かでのんびりとした生活を送っていた17歳の平和さを

もう一度感じたいと切に思う。

いい意味で若い時は平和を感じられる。

エヴァの中の主人公たちは平和の中で、刺激的な非日常を送っていた。

アニメなんだから、非日常なんて当たり前だとは思う。

だけど、僕が憧れているのは、エヴァの中の日常なのかもしれない。

その日常は現実の世界にも転がっている気がする・・・

現実は期待を裏切るものかもしれないけれど。

おそらくリメイクされた劇場版を見ることはないと思う。

機会があったら見るかもしれないけれど、そこまで見たいとは思わない。

でも、アスカハッピーエンドがあるなら、見に行くかもなー(てへ

2007-09-09

ヱヴァンゲリヲン新劇場版

ヱヴァンゲリヲン新劇場版」を観に行った。2007/9/7金曜日歌舞伎町ミラノ1。仕事帰りだった。18:00に劇場に到着してチケットを購入し、そのままホワイエに通された。カウンターパンフレットを購入してその後、モスモスバーガーセットを購入。オレンジジュースを飲みながら時間を潰した。17:00の公演を逃して、次は19:15。公開時間まではあと1時間近くある。買ったパンフレットを眺めながら、まだ残暑の厳しい外に比べてエアコンディショニングされた劇場のホワイエで、ふと周りを見渡してみる。

 そこに居たのは全く自分と同じ人々。年齢は20代後半から30代にかけて。それ程多くない。男女比率は同率程度。

 10年前、僕は同じ劇場エヴァ劇場版Airを観た。それは高校時代後半の全てだったエヴァの最後を見届ける為、同時代のグルーヴ感を感じる為だったと思う。深夜、TV局が行列に並んでいる人に取材している姿を横目に見て僕は「お前らには絶対にわからねぇよ」なんて悪態をついていた。

 あれから10年が経ち、僕はまた「ヱヴァ」を観に来ている。庵野秀明が全身全霊をかけて、僕達に叫んだ「お前ら、こんなもの観てるんじゃねぇ!」という叫びも虚しく僕は今、ここにいる。それは自分が選んだ道だけど、それでもスーツを着てここに並んでいる自分の姿は、傍から見て、とても滑稽だろう。

僕は携帯を取り出してさっき彼女から貰ったメールの返信を打つ。「大好きなのに・・・」と始まる彼女メールを見て、お昼過ぎの痴話喧嘩を思い出す。二人はとても仲が良くてお互いがお互いの事を最も大切に思っているから、ちょっとした事で喧嘩をする。それは自分の気持ちが相手に上手く伝わらないジレンマのようなものだ。メールには友人と飲みに行くと書いてある。僕は「さっきはごめん。今日はゆっくり楽しんできてね」と携帯の単語予測から選択して手早くメールを作成し、彼女に送信した。

携帯の電源を落として改めてさっき並び始めた列の後ろを眺める。長蛇の列は劇場脇にある入口からホワイエまで続いている。優に40m近くはある。それが劇場両脇にあると思えば大した人数である事が予想される。

「何故僕は今、ヱヴァを観るのか。」

この問いはここに来る前からずっと僕の頭の中でループしている。その答えはきっと庵野秀明によってフィルムで示される筈である。でもそれ程多くは期待していない。何より僕は当時に比べて歳を取ったし人生経験も積んだ。離婚も経験した。それは僕の心に大きく影響して、僕の中から少しづつ童心純粋さは失われていった。それを肌で感じていた。僕は十分に大人だ。それも随分腐った大人になっていた。当時とは違う。そんな事を考えながら立ち続ける。

凡そ40分後、劇場のドアは開けられた。中は比較的広く清潔だ。多分リニューアルしたのだろう。10年前とは違っていた。僕は中央付近の良い席を取る事ができた。席に荷物を置いてビールとポップコーンを買いに行く。ビールを飲む辺りに親父臭さを感じる。

席に戻ってポップコーンを摘みながらビールを飲む。果してどんな作品を観る事ができるのか。僕はとても楽しみに、少しの絶望を抱えながら、それでも楽しみにしていた。GAINAXの「トップをねらえ!2」に絶望し、「グレンラガン」に次世代性を読取った僕が、庵野秀明の最先端に触れられる瞬間である。時代を築いた映像作家の最新作。否が応にも期待が膨らむ。僕の前に「ヱヴァ」はどんな姿で現れるのか。ネット等で事前知識を何も仕込まずに観に来たのは、それが一番純粋に作品に触れられる方法と考えたからだ。僕はやっぱり何かが変わる事を期待していた。庵野秀明が何かを変えてくれることを期待していた。

映画は静かに始まって、劇的に幕を閉じた。

興奮する観客の中で一人僕はうっすらと涙を浮かべていた。それは感動の涙である。「ヱヴァ」は「エヴァ」ではなかった。それは全く同じキャラクター世界観で描かれた純粋二次創作物だった。「エヴァ」で面白かったと思われるエピソードを凝縮し、解像度を上げ、劇場作品として耐えられるクオリティにまでベースアップして新しく作られた「エヴァ」だった。「ヱヴァ」は「エヴァ」ではない。それは様々なガジェットで示されている。「エヴァ」が「ヱヴァ」としてリメイクされた理由、それは庵野秀明が「閉塞した時代」に風穴を空けようとした、という一点に収束する。「エヴァ」が批評的であり、文学的であり、映像芸術的であったことに比べて「ヱヴァ」は極めてアニメ的だった。それは「時をかける少女」が極めてアニメ的手法によってそれまでのアニメーション作品には無い全く新しい映像表現を目指した事とシンクロしつつも少しずれた感性である。

アニメ外の人間だった庵野秀明アニメ内に入りエヴァで再びアニメ外に出て行ってしまった、しかし10年の時を経て再びアニメ内に戻ってきた。この波は彼が「ナディア」から「エヴァ」に到る際に経た道程と同じではないか?「ナディア」を撮って、もうアニメは撮れないと言っていた庵野が再びフィルムを撮ろうとした、あの「エヴァ」に到る道程と酷似してはいないか。

表現者・庵野秀明の本気は恐ろしい。彼の本気は時代を動かす。「ヱヴァ」は庵野秀明憂さ晴らしでは終わらない。彼は再びアニメーションという表現を信じる事ができた。彼は再び物語が持つ強度を信じた。その事が僕にはとても嬉しかった。彼が10年前に三行半を突きつけたアニメーションを、どんなに蔑まれてもずっと追い駆けてきた僕は、そこに一筋の光明を見る事ができた。庵野秀明が再び信じたアニメーションという表現手法。それは日本が世界と鎖国し独自の文化として大切に育ててきた集団芸術総合芸術である。宗教に並びうる文化的発明と言い切ってしまっても構わない。

アニメーションには未来がある。SF子供たちに夢を届ける。ぼくらはそのファンクションを十分に生かして自らの人生を豊かにしなければならない。次世代へ繋ぐ夢を語り続けなければならない。素晴らしい芸術作品を創作し続けなければならない。素晴らしい芸術作品の下僕として作品に仕えなければならない。

ピラミッドが何故素晴らしいのか?万里の長城が何故人々に感動を与えるのか、東大寺大仏金剛力士像が何故現代でも価値を持ち続けているのか。その事について僕達は自覚的にならなければならない。ゴシックの大聖堂が持つ光と影が作り出すドレープの豊かさ、そういった表現が何故我々の心に届くのか。全てはたった一つの事に気づく事で理解できる。芸術とはそういうものだ。

ヱヴァ」はその意味で十分に芸術作品足りうる。つまり「エヴァ」とは違った芸術的価値を持つ作品である。

ヱヴァ」を観て涙を流した僕が思った事。それは「庵野秀明の帰還」と、「エヴァ」ではない全く素晴らしい作品の誕生の瞬間に立ち会えた事である。世界はまだまだ素晴らしい出来事で溢れている。

戦争の無い恒久の平和を胸に。決して叶う事の無い夢とは解っていても…。

2007-09-08

http://anond.hatelabo.jp/20070908133559

ムーンサイドですね。しかし、あのゲームのセンスは最高でしたね!

13年前だけどなぜか今思い出してもあたらしさを感じる。野暮ったさを感じない。

あの感じのまま、多少CGで画面をきれいにしてリメイクされないかなあ。

2007-07-23

なんつーか、ゲーム業界って、誤解が多いな。

ここで言うゲームってのはPCゲームではなくて家庭用ゲーム機の事を指すわけで、

王者ってことで調子乗ってたPS3が惨敗しているとか、負け組みだった任天堂WIIでがんばってるってことで語るのもちょっと違う。

いや、違いはないんだけど、じゃ、ゲームってどうなの?って話。

そもそもの始まりはファミコンからまあ、他にもいろいろあったが、まあ、とりあえず家庭用ゲーム機という語り部としてふさわしいのはこいつだ。

当時ファミコン店頭に並んでいた時代、ゲーム製作は金山堀りとおんなじだった、

ちっともうだつのあがらなかったどうしようもない大学生専門学校生がはじき出されるように社会に出て、「どうする?俺就職できね、ゲームでも作る?」って具合にはじめることが出来たのが当時のファミコンゲームソフト会社の製作環境

ちょうど雰囲気的には今のエロゲ製作サークル活動に似ている。

マンション借りて、ちょっとした機材そろえて、全く初期投資がほとんどかかんなかった、で見返りはでかい、

制作費300万円くらいの今だったら誰も手をつけないような糞ゲーでも売れた、売れた、もう馬鹿みたいに売れた。

ファミコンソフトってだけでこんな馬鹿な話があるかってぐらい売れたんだから、そりゃ同業他社もどんどん参入してくることになるんだが。

んで、ファミコンソフトがいくらで売られていたか、大体7000千円??多くて10000円越えがふつーだった、もちろんこれは暴君任天堂ロイヤリティーが絡んでいたわけだけど、それでもユーザーはなけなしのお年玉で、いや、そのころは景気がよかったからか、まあ、とにかく売れたんだ、あの糞ゲーも、この糞ゲーも誰もそのソフトの価値がわからなかったし、そもそもゲーム自体ほとんどやったことかったから批評のやり様もない、また、買い比べをするにはいささか高すぎる。

だがそんな地上の楽園のような状態も長くは続かなかった、

そもそも、ゲーム会社とはゲームを作って売る商売である、幾数ヶ月かけてゲームを作り、それを売ってその利益でどうする?

そりゃ、ゲームを作るしかない。じゃまた作った、で、また次だ。

こんな感じで回っているのだから一本売れなかったらどうなる?

アウト・その会社は一気に資金難に陥ることになる。

でその会社の末路はどうなるのか、現在製作中の完成率70%のソフトを売りに出すのである、なぜか?

それしか売るものがないからだ、で完成率70%のソフトが売れるのか?

売れるわけがない、じゃあ次だ、次は45%だが仕方がない、スタッフには申し訳ないが死ぬ気で働いてもらうしかない。

このソフトが売れなければ、我が社は。。。。

会社ってものはそうそう現金を溜め込んでおけるわけもなく、他に事業でもしていない限り資金は次にまわされる、ゲーム会社は作ってはぼろ儲け、また作ってはぼろ儲けの連続だった黎明期と時代がうって変わったことに気づかなかった、そしていきなり訪れる、不作。

ネットゲームなんてなかったころの話だ。

こればっかりは天に雨乞いをしようともどうしようもない、多すぎるソフト会社の山は大量の売れ残りを生み、負債を抱え込んだ企業は次々にその命を絶っていった。

あれだけの作品があったのに、といわれたゲーム会社が1本や2本そこらの不作で潰れる、そんなことがざらにあった。

だが、まだゲーム業界の生命は絶たれていなかった、そのころは新規参入企業は死兵よりもはるかに多かったのである、

それもスーパーファミコンの中期になってくるとちょっと事情が変わってくる、どうやらユーザーは3日間徹夜で作ったようなゲームには見向きもしなくなった、それこそ指一本触れなくなったのだ、ユーザーゲームの価値がわかってきた、面白いものとそうでないものがあって、面白いものだけ買えばいいと気がついたのだ。

じゃあ、そのころ何が売れていたのか?

開発に数ヶ月、しかも多くのスタッフを抱え、同人サークルではありえないようなクオリティを生み出す集団、すなわち大手ゲーム会社ソフトだった。

その傾向は高まるにつれて大手ゲーム製作会社はその規模をどんどんと拡大していく、そして戦争、その後、PSの時代が来る。

ま、大手ソフト開発会社が何をやっているかといえば結局規模の大きい綱渡りであることには変わりはない。

PSが何をしたのか?成長したソフト会社を味方につけたことが大きい、任天堂封建国家ロイヤリティま、年貢、を廃したのだ、これは多くのソフト会社が飛び乗った、だれもがそれが正しいと考えた、そしてその恩恵ユーザーにも訪れた、だれもが目を疑ったスーパーファミコンより明らかに高性能のソフトが5000円台で買える、そんなあほな、今までのはなんだったんだ?

この値下げは功を奏し、ゲーム業界PS時代に突入することになる。

だが、ゲーム業界は新たな難題を同時に抱え込むことになった。

制作費がかさむのだ、それこそCGMOVEが氾濫し、複雑なプログラミングを組み、職人一人がやっていたことを複数のさらに腕のたつ専門家が頭をひねらないと出来ない、とてもおいそれとゲームを作れるような環境ではなくなっていた。

じゃあ、販売価格を、NOだ、単価は上げることが出来ない、一度下がった単価はもはや二度と浮き上がることは無い、そんなことをすれば即あの世行きだ。

会議会議を重ね、制作期間は長期間にわたり、制作費はかさみ、捨てられたゴミアイデアは山のように積みあがる、ゲーム会社はいつの間にか一流企業になっていて、とても失敗は出来ないからだになっていた、だ、だが、ゲームは、ゲームソフトは。

その寿命をさらに短くしていたのだった、これはゲームの値段が下がったからだ、ユーザーは余ったお金で何本もゲームを買うが新作ゲームではなく中古ソフトだった。一本のゲーム市場存在する時間は無常にも半年を切っていた。

製作費はかさみ、制作期間は延びる、で、虎の子で出したソフトは3ヶ月の寿命しかない、ファミコン戦国時代を生き残った大手ソフト会社悲鳴を上げる未曾有の事態が訪れることになった、現場は火を噴き、経営陣は再販業者を鬼の子のように憎み、誰もが天を仰いだ。

ようやく均衡状態になったのは何かが改善されたからではない、何のことはない、ゲーム会社がさらに減っただけのことだった。

そして、PS3SONYは過ちを犯したのかもしれない、確かにこれ以上の制作費の高騰はソフト製作会社にとって負い目でしかない。

そしてユーザーは前には戻らない、いまさらファミコンなんかやらない、いまさら8ビットゲームなんかやるわけが無い、ましてや金を払うとは到底思えない、じゃあ、前作より高クオリティなものを?無理だ、不可能だ、そのソフトが不発だったらどうするんだ?いったい我が社はどうすればいいんだ。

今はまだネットゲームパチンコスロットで持っているけど、この先そんな綱渡りがいつまでも続くわけが無いじゃないか。

任天堂が突いてきたのはこの点だった、だったら、ユーザーがやったことのないことをやらせればいい、見たことないものを見せる必要は無い。ユーザーコントローラー以外のものをもたせろ、CGなんぞどうでもいい、そんなものは犬に食わせるんだ。今までゲームに目を向けなかったものにゲームをやらせろ、それは必ずしもゲームである必要は無い、目の肥えたコアユーザーなど今では害でしかないでは無いか。

ゲームというのは他の業種と違う、安定収入が全く無い(ネトゲは別)、同じものを二度以上作ってはいけない、単発で数打てばというように大量のソフトを出し続けることも出来ない、ブランドほど頼りないものは無い。

一球入魂、これだけだ、今も昔も変わらない、売れ残ったゲームソフトゴミにしかならない、そのソフトにいくら製作費がかかっていようと、いくら背作者が情熱を注ごうと、コアユーザーがいくら声を張り上げようとも。

もうひとつ、技術革新と共にゲームはあった、1から2に2から3に次世代作を出すごとにユーザーには感動があった、驚きがあった、新鮮さがあった。ユーザーの期待を裏切らなかったのは技術革新が共に寄り添っていたからだ。

だって、最初が0だったんだから当たり前の話だよ。

PS2の中盤になってそれがとまった、ぱったりとやんだ。

技術革新ユーザーに驚きをもたらさなくなった、ある一定以上の複雑さはユーザー限界を超えた、ある一定以上の高画質はモニターと動体視力の限界を超えた。

この頃のユーザーは0から共に育ったユーザーとは打って変わってもう大分進んだ先からゲームに触れた世代だというのもある、もともと高画質の世界を見てきた世代だ、いまさらMOVEの華麗さに声を上げることは無い。

根っからのコアユーザーは童心に帰りたがった、子供の頃の感動を求めた、だが、その感動は「大人になった今でも、山でカブトムシを見つけて狂喜したい」というような理不尽なものでしかなかった。

その要求にこたえようとした一部のメーカーは幾つかのリメイクを画策し、苦心して過去のヒット作のリメイク版を出した、あほだ。

童心に帰りたいやつに新しく作り変えた物を見せてどうする?

じゃあ、もう移植でいいよとばかりにデータコピーを投げやりに出したものが当たったのだから、何をかをいわんやである。

ま、これくらいにしておくか、愚痴愚痴言っても始まらんしなあ。

2007-06-28

ATLUS株主総会に行ってきた

10時開始の質疑込みで1時間で終了。参加者は30人弱。

議案

決算期の変更

取締役選任

・会計監査人選任

・退任取締役への退職慰労金

の4つ。全部可決。

質疑の内容(リアルタイムメモ取ってなかったので細部は適当

一人目

Q.パロットの横にメダル⇔コインを交換する機械を置けばいいいんじゃない?

A.警察審査を通すのに時間がかかるよ。時間がかかるとその分コストもかかる。

Q.DS世界樹の迷宮がヒットしたけど、DSメガテンの開発状況はどうなの?

 あと、手書きマップシステム採用して欲しいな。

 世界樹の続編とメガテンどっちが先に出る?

A.メガテンビッグタイトルなんで開発はまだまだかかる。

 システム面は開発中。発売時期も未定。

Q.過去メガテンDSリメイクして欲しいなー。

A.携帯向けに移植していってる。

一人目終わって社長補足:DSソフトがヒットしたが、今後のソフトWiiで出すかPS3で出すかは市場を見ながら決める。

二人目

Q.勇者シリーズにもっと予算を与えてください。

A.一問目は華麗にスルー

Q.勇者シリーズは各主人公ごとの作品を作って欲しい(注:正直勇者シリーズが何かすら知らなかったので、質問が理解不能だった)

A.流行がやってきたら検討します。

三人目

Q.パロットの今後の具体的な事業計画について。

A.市場の流れが見えないので、しばらくは様子を見るつもり。

Q.今きらりんレボリューションが注目度高いけど、業績はどうだったの?

A.売り上げは5億くらい(注:数字はうろ覚え)

Q.退任取締役への報酬額は?

A.約9500万

Q.タカラ子会社になったときは人生ゲームゲームを出したりといったシナジー効果があったけど、インデックスホールディングス子会社になったことでシナジー効果は期待できる?

A.インデックスもいいもの持ってるので期待できるんじゃないか

四人目

Q.DSソフトのヒットで女性ライトユーザーの取り込みに成功した、って言ってたけど経営陣おっさんばっかりじゃん。取り込んだ女性ユーザーをちゃんとフォローできるの?

A.当たり障りのない返答でした。

お土産

ジャックフロストタオルDSソフト人生ゲームDS

2007-06-14

戦前の娯楽作をラノベリメイク

面白い事考えるなぁ

十八時の音楽

毎日18時、国中に流れるたのしい音楽を浴びると少年少女は嬉々として仕事に打ちこみます。音響装置の開発者・コハク博士はヘンな発明セクハラ大統領ミルキを悩ませていましたが……。海野十三の傑作を翻案した時間物語

http://gagaga-lululu.jp/gagaga/release/index.html

“跳訳”とは?

「跳訳」シリーズは、伝説の名作をライトノベルとしてよみがえらせる試みです。

第一弾は海野十三の「十八時の音楽浴」をゆずはらとしゆきが大胆に翻案した『十八時の音楽浴 漆黒のアネット』! 第二弾として夢野久作人間レコード」を佐藤大監修のもとリメイクした『脳Rギュル』を 7月に刊行! そのほか小栗虫太郎国枝史郎蘭郁二郎などを続々とお届けする予定です。

http://gagaga-lululu.jp/gagaga/lineup.html

ここで「少女地獄」とか「あやかしの鼓」ではなくSFテイストの「人間レコード」をもってくるあたりがなんとも

これで海野十三夢野久作の知名度があがって、ちくま文庫全集が出たり、復刊になってくれると嬉しいのだが

2007-03-10

映画ドラえもんリメイク

おいおい、誰だよ、この映画メチャクチャすげーじゃねーか

普通に涙出たわ

新・魔界見たくてたまらんけど、確実に泣いてしまうだろうな…

2007-02-02

インファナルアフェア

ディパーテッドがとても面白かった。でも原作のほうが面白いと言う声が多かったので、インファナルアフェアをみた。

クドい!と思ったね、インファナルアフェア。トレンディな頃のTVドラマみたいな感じでさ。一方のスコセッシは、重要なシーンもさらりと流すところがイマっぽく、やっぱハリウッドだなと思った。

とかいいつつ、この「オリジナル原作どっちがいいか問題」の答えは、「先に見たほうのが良く感じる」なんだろうね。ヒッチコックワイルダーはオリジナル以外受け付けないけど、順番を変えれば、リメイク高原作最高になるはず。

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