絵を描くのが好きだった。
技術がなくても、ついったーの反応が身内だけでも、イベントでどうじんしが10冊しか売れなくても、好きなものを好きだと表現することが好きだった。
以前からゲームのSSを加工したり小説を書いたりして自分の創作を表現していたけれど、やっぱり絵も描けるようになりたい、と思い立ったようだ。
二児の親であるその人は、その日から家事育児の隙間時間を見つけては絵の練習をし、描いたものを毎日必ず一枚以上はついったーにアップし続けた。
絵を学ぼうというその前向きな姿勢と日々少しずつ上達していく様に誰もが感動し、フォロワーも日に日に増えていき、本人もたくさんの人に見てもらい褒められるのが嬉しいようで、その日から絵を一枚も上げなかった日はなかった。
もちろんプロからすればまだまだだけど、描き始めてから今までの過程を見届けてきた自分も他のフォロワーさんも、その人の画力の向上ぶりには驚かされている。
ネットや書物でたくさんの技法を学びながら実践し、自分なりに昇華して、着実に表現する力を身につけている。
そして、どんな時も後ろ向きな発言をしない。
子供を叱ったりした日があっても、それがあったということだけをつぶやき、絶対に愚痴は零さない。
「嫌なことがあったけど、フォロワーさんの絵で癒された!」とつぶやいたりはするけれど、絶対に「何がどう辛い」みたいな話はしない。
うまく描けなくて落ち込むことがあっても、「楽しく描ければそれが一番!」と、絶対に自分を否定しない。
そんな人柄も他人を惹きつけて、今やプロの絵師とすら相互で繋がっているほど。
そして、それが日を追うごとに、嫉妬と劣等感と嫌悪感に変わっていった。
自分とその人との違いは明確だった。
「今すぐ上手くなりたい」か、「1年後にはきっと今より上手くなってるはず」。
何を描いてもすぐに気に入らなくなるし、どんな技法書を読んでも身につかなかった。そもそも勉強する気がなかったのだから当然だけど。
けれど、この人は最初から自分に技術がないことを認めているから、とても強い。
今は下手だけど、ずっと学んで描き続ければきっと上手くなると信じ、決して他人との差を卑下することなく、描くことそのものを楽しんでいる。
自分はそんな風には考えられない。
すぐに他人との差を卑下して、超えられない壁ばかりを見上げてはそこに留まっている。
そんな自分も嫌だった。
けれど、もっと嫌だったのは、どこまでも前向きで愚痴も零さずひたすら好きなことを表現しようとする姿勢で他人を惹きつける、その人。
私とは何もかもが正反対すぎて、いつしかつぶやきを読むだけでイライラするようになってしまった。
そしてある日、「公共の場だから愚痴を言わない」的なつぶやきを見て、ああ、やはりこの人とは生きている世界が違うのだ、と気付いた。
自分はリアルで他人に愚痴をこぼすことができない。物理的にそういう話ができる人間がいないのではなく、言えない。
数分熟考し、脳内で言葉のパズルを組み立ててから口にしないと、思ったことを話せない。
そうして出てきた言葉でも、相手が嫌な思いをするのではないかと考えると、口に出せない。だから言わない。
だからついったーで誰に言うでもなくぶちまけているだけで、別に誰かに拾ってほしいわけではない。そうでもしなければ精神が保てないのだ。
王様の耳はロバの耳的な感覚なので気が済んだらすぐ削除するし、差別的な表現は絶対に使わない。
その人にそういうことを否定する意図が一切ないのは知っているが、否定された気分にならなかったかといえば嘘になる。
私はついったーのアカウントを削除し、ぴくしぶのアカウントに上げたイラストも非公開にした。
もうすっかり自信が持てなくなってしまった。ペンを持つことも億劫になってしまった。
これ以上公共の場で荒れる自分を見られたくないし、その人には私のことなど気にせず楽しく絵を描き続けてほしいし、何より私がその人のことや絵を見ていたくなかった。
その人との関係に溝ができることは避けたかったので、その人だけをブロックすることはしなかった。
自分が消えれば(周囲にとっては)すべて解決するのだから、それでいいじゃないか。
そして1週間ほど経った今、ここでこれを書いているわけだが。
別に誰に共感されたいわけでもない。ただネットの片隅に書き留めておきたかった。