はてなキーワード: To Heart2とは
エロゲに限らず一般ゲーム、アニメDVD等数千円する高額メディア媒体は同タイミングで軒並み売上が半減している。
ゲームやアニメはソシャゲや配信などの回避先で広く薄く回収する方向へシフトできたが、
エロゲ業界は舵切りが上手くいかず、異なる出自を持つ同人エロゲや、単価の低い書籍にパイを食われた形となる。
ちなみに売上ベースのピークはTo Heart2や戦国ランスの発売された2005-2006年(2007年もほぼ横ばい)である。
余談として2013年にALcot10周年ライブにおいて同代表取締役の宮蔵氏が「前は考えなくても倍は売れてて⋯⋯」などといった感想を述べている。
覚えている限りで最初に性教育を受けたのは小学校高学年の頃だ。 内容は初潮や精通のざっくりとした説明だけだった。 もしこのとき教師が床オナの危険性を教えていれば、と今では恨めしい。
僕が床オナに目覚めたのは幼稚園の年中、5歳のときだった。 昼食時、机の中央におかれた牛乳を取ろうとして身を乗り出したことがきっかけだ。 机の角に擦れた際、股間に走った衝撃は今でも忘れられない。
それから僕の人生は正に床オナ地獄と化す。 小学生になり留守番が増えたのを良いことに、録画したCCさくらとふしぎの海のナディアの彼女たちが痛めつけられる場面を狂ったように繰り返し見続けた。 親がいる日はかくれんぼだと嘘をつき、暗い押入れの中で布団に挟まり性器を擦り続けた。 中学ではPCを買った僕にTo Heart2、D.C.Ⅱ、うたわれるものが同時に襲いかかり、アトリエかぐやで青春が消滅する。
結局、高校生で床オナの危険性をネットで知るまで、僕に「君はおかしい」と言ってくれる人は現れなかった。
床オナの危険性は性機能障害だけでなく、その手軽さにある。 体勢が固定されることを除けば掃除も楽で短時間に済ませられ、それでいて大変気持ちがいい。 大した娯楽がない田舎というのもあり僕は趣味がオナニーしかない人間になってしまった。 大学に入ってからは更に悪化し、昼に起床し即床オナ、昼飯と昼寝ののち夜に床オナ2連戦で1日が終わる。
危険性は承知していても、10年以上の習慣で快感が身体に染み付いている床オナを今更我慢できるはずもない。 おまけに幼少期から2次元にしか興奮してこなかったせいで3次元に対してEDになってしまった。
床オナは早熟な男児の性の目覚めとしてはポピュラーな方だと思う(個人的なイメージ) 。 でも、今の性教育は「君の性的感情はおかしくないよ!」と優しく肯定するだけで、正しい方法を教えてくれない。
自分の衣類は自分で管理している夫なのだが、ここしばらくは手が回らないらしく、タンスと衣装ケースの中身が両方ともぐちゃぐちゃだった。
タンスの前で夫がため息をつき、「あーこのぐちゃぐちゃ状態で過ごすのやだなー」と言っていたのを聞いた一週間前の私は、夫の留守中にタンスの整理を済ませておいた。
と感謝されたのが嬉しかったので、今日も衣装ケースの整理をしておくことにした。ていうかさっきまでしてた。
そしたらなんか古いプレイボーイとDVDがばらばらと服の間から出てきて、プレイボーイは綾瀬はるかが表紙で、DVDは巨乳とか中出しとかモロ見えとか、その手の単語がでかでかと印刷されていた。
あとエロゲもあった。知っているタイトルはTo Heart2くらいしかなかった。1はないんだろうか。
あーなるほどだから今まで服の管理は自分でしてたんだ、ここに隠してたんだね、と納得したんだけれども、どうしようこれから。
エロコレクションからうかがえる夫の嗜好はわりと一般的なものだから、全然不問でいい。隠し持っていたことも問題ない。私はBカップなので夫の巨乳好みに添うてやれないのが残念だが、夫婦は乳のみにて成り立ってるものでないだろうか、まあいいんじゃないでしょうか。そのあたりのことはすべて問題ではない。
問題なのは、私が夫のプライバシー侵害をしてしまったことである。やっぱりこういうの、見られちゃった側はいやでしょう。悪いことをした。
見なかったことにしようと最初に思ったんだけど、既に衣装ケースの整理はほとんど終わっていて、この状態で何も見てないってのは無理がある。
衣装ケースを元の状態に戻す? それでは忙しい夫が服の整理できなくて苦しんでる問題が解決しない。大体元の状態がどうぐちゃぐちゃだったか思い出せないから、ちゃんと戻せない。
整理した衣類の間に、整理したアダルト物品を戻す。どうだろう、これがベストなんだろうか。なんかそれはそれで冷ややかなかんじがしないか大丈夫か。
アダルト物品を全部引っ張りだして、テーブルの上に積み「見つけちゃったごめんね」と謝る、これがベストか? でもそれって「夫婦はオープン、エロもオープン」的な価値観の押し付けぽいような気もしてきた。オープンにしたくないから夫は隠していたんだと思うし。
謝るにしても謝り方が難しい。
真剣に謝ると、それはそれで向こうは居心地が悪そうだし、かといって茶化しつつ謝るのはなんか失礼であろう。謝らないで無言でスルーが大人のような気もする。あーわからん。
わからなすぎてつい衣類整理を中断して増田に書いちゃった。何やってんだ自分。夫が帰ってくるまでに方針を固めねば。
アンサイクロペディアの「エクストリーム・エロ本隠し」の項目を再読すれば何かつかめるだろうか。
病的に好きになった挙句に、さんざん振り回されて、ストレスでモノが食えなくなった上に、二度と連絡とる気が無くなるほど追い詰められるような経験は御免だが。
おかげで、怖くて人を好きになれないし、本気で問題なのは、その相手が未だにずっと好きだということだ。
もう2年近くも経ってるが、一生をかけて誰かを愛せるのは彼女しか居ないと未だに思っている。
昨今、妙にスポットがあたっている「ヤンデレ」という奴かもしれない。
男のヤンデレに何のメリットがあるのかは、はなはだ疑問であるが。
まあ何にせよ、これを何とかしないと、先に進めないのだがどうにもこうにも行かない。
そうこうしてる間にも、私の20代は半ばまで来てしまったわけで、魔法使いも目前といったところである。
最近、友人が一組カップルになったが、羨ましい話である。
筋金入りの非モテなので、諦めてることは諦めてるのだが、何も感じないかっていうと、そんなこと無いのが人間なんだなあと思う。
冬場というのは、単純に寒い上に風邪などひきがちで、人肌恋しくなる季節だ。
おまけに、世間的に恋愛を助長するかのようなイベントが妙に散りばめられている季節でもある。
私自身、世間様と同調したがらない天邪鬼な人間であるが、世間と触れずに生きているわけでもなく、こういったことを嫌がおうにも認識させられる。
そうすると、色々と思うところが出てくる。
真の非モテたる豪胆さが足らんとも言えるが。
もう一度、誰かを好きになりたい。本気で愛せる相手が欲しい。
私は、もうすぐ魔法使いになれそうだが、それは別にいい。
私はセックスがしたいわけでも、結婚したいわけでもなく、恋愛がしたいのだ。
そういう生き方がしたい。
なのに、何で誰も好きになれないんだろうなあ・・・。
前に進めないんだろうなぁ・・・。
あー、恋愛してえなぁ・・・。
冬場は辛いね、色々と。
さて、To Heart2でもやってくるかー!(爽
例えば「To Heart2」と言う作品がある。
この作品にはみつみ美里、甘露樹、なかむらたけし、カワタヒサシと言う四人の原画家がおり、それぞれの個性をもって
各キャラクターの原画を描き、一つの作品として纏められている。
その絵柄の違いに特に難色を示すファンはそう多くはいない。それは何故か。
絵柄の違いはあれど、To Heart2と言う世界の中から極端に逸脱してはいないからだ。
対して天元突破グレンラガン第4話。もう言うまでもなく逸脱している。
『逸脱し過ぎた個性』は個性でないのである。
オタクもそうバカではない。個性を認めないほど愚かではないのはTo Heart2が証明している。
では何故、グレンラガン4話はここまで大ブーイングに包まれてしまったのか。その答えがここにある。
今回の作画を担当したのはアニメ「BECK」の監督との事だが、彼の過ちは
「BECKで通用した事が、グレンラガンでも通用すると思ってしまった事」である。
普通のアニメファンからは存在すら目に留めてもらえないような「BECK」と、この春「らき☆すた」「ハヤテのごとく!」に次ぐ
人気を獲得している「天元突破グレンラガン」を同列に置いてしまった事なのである。
かつて「魔法少女リリカルなのは」でも同様な事が起こり、件の個性的な絵柄をベルカ式と称されてファンの間では
黒歴史にされている。
いっそグレンラガン4話の作画も「BECK式」とでも称してせせら笑う事でしか、一人の「見えなかった男による失敗」によって
裏切られたファンの傷ついた心を癒す事は出来ないのかもしれない。