はてなキーワード: 軌道エレベーターとは
でも、出来る出来ないとかドキドキするなぁ。
軌道エレベーターは(比較的)実現性の高いプロジェクトだと言われてるし増田が疑問に思うようなことはだいたい説明されてるんじゃね?
ググれググれ
速度はケーブルの延長次第で決定されるけど、どうかな。
何もつけないヒモを回すより、重りのついたヒモの方がよく回るだろうけど、剛性体と考えれば別に何もついていなくても問題ない気もする。その分、ケーブルは長くなるけど。
ケーブル(と言っても相当太い)自体の質量も膨大だろうし、むしろ引張力を考えれば……。
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軌道エレベーターは常に天頂方向に引っ張られているから倒壊をしないので、大地震とかで地面がグズグズになっても倒壊はせず、むしろ宇宙に飛び去ってしまう。
て、あたりで気づいたのだけど、膨大な質量を地球の一部に存在させると言うことは最悪の場合、地軸が歪んでしまうのではないだろうか。
そりゃ、ごめん説明が悪かった。
もっとちゃんというと、釣り合う点より外側に対のポイントを浮かせるんだよ。
地球は自転しているので、24時間で1周する訳だけど、地表では4万キロの円周が地表から離れれば円周がどんどん大きくなっていって、そこを飛行する物体(衛星)は地球の自転に併せて周回するかぎり、どんどん速度が大きくなる(見かけ上、地表との対速度は0だけど)。
大きな速度で円を周回すると、遠心力で外に飛んでいこうとするのだけど、地球等の引力で内外向きのベクトルが釣り合ったのが普通の衛星。
じゃあ、これを釣り合う点より更に外側に設置するとどうなるか。
当然、外に飛んでいく。
バケツに水を入れてから手で持って回転させると、バケツは遠心力で外に飛び出そうとするけど、腕で掴んでいるから、飛んでいかない。
この状態で腕の上を行き来するのが簡単な考え方だ。
ただし、バケツと腕とは規模が違う、加重も速度も違う。
http://ja.wikipedia.org/
未来年表 : 生活総研
http://seikatsusoken.jp/futuretimeline/
http://www.tanken.com/yosoku.html
みんなが望む方向に未来は変わっていくのかも、と思ったため。
ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学のどっちが正しいのかという課題。
概念としての「まっすぐ」や「直線」と、数学的・幾何学的な「まっすぐ」や「直線」の違い。
もし地表にそっている(地表から同じ高さにある)状態をまっすぐと呼ぶなら
現実世界においては、その場その場で都合の良い、扱いやすい「まっすぐ」を利用すればいいだけの話。数学的な正しさなんて求められてないから、物理的に成り立てばいいから。
端から端まで1000kmとかの広さがある部屋なら、地球の丸みに沿った平らな天井を作るほうがいいだろう。
作りやすい直線で作った部屋の、天井を無限に伸ばしたなら、それは当然宇宙空間まで届く。1000km四方の直方体な部屋を成立させるためには相当な技術が必要になるというだけの話。
曲がっているとはいわないが、地球という平面からみれば、それは歪んでいる。人によっては、球面というものが歪んでいるのだと言うだろう。何を基準に選ぶかということで、評価が変わる。
地球、球面というのは、そういう性質を持った平面で出来ている。
どうでもいいことだが、水平線までの距離は、身長2mの人で5kmである。多分、想像する以上に地球は丸い。でもその丸みを意識するような直線を建物に取り入れる必要はあるのか。
全長数十kmの、幾何学的に正しい直線で出来た岸壁とか作ったら、それはそれでいい教育資料になるんじゃないかと想像する。
大気圏を突き抜ける(両端は大気圏外で中央は圏内にある状態の)棒を作ろうとしたら,
まっすぐな棒ではなく,弧の形をした棒を作らないといけない?
それは問題がすり替わっている。棒の「太さ」を話題にしているのに、途中から角度の話題にしてしまっている。
これが「2本立てた棒」であれば、間隔は広がってゆく。で、棒そのものを太くすることに意味はある?
たとえば5m先を歩く人と100m先を走る人をカメラで追う。カメラを振る速度はおなじでも、相手の速度は大きく違う。星を観測したり、人工衛星を追跡するようなときには、まずこうした角度を第一に置く。
地面に直立する高さ数千キロメートルのビルだったら、先が広がった棒状の建物になってもいい。重力方向にまっすぐの柱を立てる必要があるから。
ふと考えると、軌道エレベーターは空から垂れ下がってる紐なので、それが2本並んでいたら上のほうと下のほうで間隔が違ってくるね。紐をたくさん使ってパイプ状の構造物にしたら、静止軌道と、地上付近では径が変わってくることになるはず。
はじめて増田ってみる。
おもしろいって言っても、独特のアレな雰囲気がどうとかじゃなくて、場の種類として興味ぶかいってこと。
はてブに限らずソーシャルブックマークって、元記事の外部に架線された仮想空間じゃん。内部=元記事とは関係のないところで言論が成立してるっていうのが不思議だよな〓、と。
記事になにかしらの意見があるなら、コメントつけるなりトラバ打つなりすればいいわけじゃん。前者は内部で後者は完全なる外部(=他の内部)だよね。
宇宙でたとえてみるとわかりやすい。
元記事を惑星Aとする。するとコメントは内部に打ち込まれる隕石みたいなもん(軌道エレベーターでもいいかも)。元記事に反応した記事は惑星Bで、トラバは両星間をむすぶ航宙船って感じ。ついでに固定読者は人工衛星かな。
ここでソーシャルブックマークはなんなのかっていうと、惑星Aを取り巻く輪っかなんじゃないかと。ほら、土星とかにあるじゃん。輪。
イメージ的にわかりやすいから輪を例に出したけど、要は衛星。月とかね。直接的には干渉してこないけど、地味に引力とか与えてたりする。あと四六時中ウォッチしてる。ストーキングですよ。
ただし現実とちがうのは、ほとんどの惑星の住人は月のことなんてまるで気にしてないんだよね。というか見えてない。存在も知らない。数少ない例外は、それこそはてダ。
はてダ使ってるひとはまあたいてい、はてブ意識するよね。それどころか積極的に活用する。起源は同一なわけで。
するてえと、はてダ星にとってはてブは人工衛星みたいなもんなんじゃないかと。あるいはコロニー、宇宙ステーション?
そんなことを思ったりしたわけ。
ついでにこのたとえは初期のニコニコとYoutubeの関係でも成立するんじゃないかとか思ったけど、それはまた別のおはなし。なんだ、これがWeb2.0ってやつか?