はてなキーワード: ドラッカーとは
んー、難しいなー。
現段階では、なんとも言いかねるけど、このままいくと現状への不満と愚痴への解決策は提示されないだろうな、とは思う。
1.まずは、どうしたいかを考える。まあ、そこまで明確でなくてもいいけど。
→まあ、とりあえず、面白そうな本でも読んだら?小説じゃないやつね。
ドラッカーでもなんでもいいけど、ただ、状況が細かくわかりかねるので、推薦すべき本も悩む…。
とりあえず、なるべく長年にわたって評価されている本で、読みやすいものが良い。
一時的なベストセラー本(『馬鹿の壁』『××の品格』とか五木寛之とか)は高確率でゴミなので読まなくてOK。
→あとは、パソコンが好きなのだったら、とりあえずパソコン系の何かしらのオタになろうとしてみる、というのはないの?
そもそも、ハードが好きなのか、ソフトが好きなのか、で話はだいぶ違うけれど。
#そこまで明確に「こうしたい!」と決めることができる人はレアキャラなので、だいたいでいいよ。だいたいで。
明確に「こうしたい」目標とか探してたらそれだけで10年かかっても見つからなかったりするので。
とりあえず、やってて面白いことなり、そこそこに必要性を痛感することなり、「これだったら自分にもできそう」なこととかあれば、なんでもいいよ。てきとうで。
てきとうすぎると後で悩んじゃったりするけどね。まあ、そこまで考えると何もできないから、とりあえずの動く方向性だけは定める。
2.で、大学に行くとかなら奨学金制度などについて調べる。あるいは、今の会社にいる状況の中から自分のスキルなり何なりを上昇させる方法を考える。流されるままだと確実にアウト。
何かしらの資格を目指すとかでもいいとは思うが、
3.親兄弟が腐れ系の人(飲んだくれアル中の虐待系とか)でないのならば、…そして、説得が必要な場合には、説得を考える
ぐらいしか言えないな。すごく一般論ですまんが。
まあ、とりあえず、さっさと対策考えて自分から積極的に動くしかねーだろ、っていう。
まあ、確かに
視野が狭いのは自覚してるけど
広くてもまあむなしさが増すだけなんじゃねて
ま-、視野を広げすぎたらね、確かにね。
ただ、基本的にどんなに偉くなろうが「上」とされるところに行ったところで「次のステージ」にすすむだけで、
前の状況とは違う問題が山積するだけ、というのはある。
大企業行ったところ、幸せな気分になれる…わけではまったくない。
ただ単に、逃げたり、うらやんだりすることが意味の無いタイプの悩みである、ということを理解するだけ。本当にそれだけ。
世界のどこかに自分よりも優秀だったり恵まれている人がいて、その人ならば解いてくれる悩み…などではない悩みと直面するだけ。
あと、ネタだけど、
あなたみたいな人は
分裂勘違いくん劇場の人気エントリーでも読んだらいいんじゃない?
http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20080111/1200020891
まあ、鵜呑みにしてはいけないけど、ネタだとおもって。
悪習慣の実践はさておいて
私は「七つの習慣」というものが実に嫌いだ。というのも、これを好むやつでろくな人間を見たことがないからだ(腹立たしいことに、無能なやつほどこれの素晴らしさを説いて回るのだ)。
についてはある意味同意。自己啓発というのはある程度は他動的なものもあるとは思うが、社会人やってりゃあいずれは自分から何がしかの活動を起こそうと思うようになってくるものだ。それにも関わらず
「自己啓発しよう! さあ! これがいいよ! 七つの習慣だよ! ドラッカーだよ!」
オーゥ。嘘つき呼ばわりですかw
そんなことどっかに書いたかな?
歴史に学ぶ、なんて言ってる奴のいうことのほとんどがこじつけだってことは研究者はよく知ってるはず
そんなことばっか言ってるからそういうのに騙されるんだよ
こじつけじゃないよ。歴史に学ぶことが自分にとって面白く、有用だったと述べる実業家は多い。パッと思いつくだけでも、投資家のジム・ロジャーズ、ホンダの創業者の本田宗一郎などがそう。また、松下幸之助の本にも、ドラッカーの本にも、歴史上の人物が困難にどう対処したのかが具体例としてよく出てくる。和民の社長も青年期に歴史関係の本をむさぼり読んでる。経営者が大好きな小説は決まって司馬遼太郎や塩野七生。
増田のような人にこそ、読解力や、自分の主張にきちんと根拠をつけて述べる、いわゆる論理的な文章作成術を学んで欲しいと思うなー。
もう一度人生をやり直せるなら・・・・
今度はもっと間違えないようにしよう。
もっと神経を研ぎ澄ませて、もっと注意深くしよう。
絶対にこんな愚かな人間ではなく、もっと、もっと完璧な人間になろう。
この世には、実際、これほど真剣に思い煩うことが殆どなのだ。
もっと真面目になろう、もっと穏やかに、もっと衛生に行きよう。
もっとたくさんのチャンスをつかみ、行ったことのない場所にももっともっとたくさん行こう。
すこしアイスクリームを食べ、すこしお酒を飲み、たくさん豆を食べるようにしよう。
もっとこれから起こりうる本当の厄介ごとを抱え込み、目の前の厄介ごとに囚われないようにしよう。
もう一度最初から人生をやり直せるなら、春はもっと早くから裸足になり、秋はもっと遅くまで裸足でいよう。
もっとたくさん冒険をし、もっとたくさんのメリーゴーランドに乗り、もっとたくさんの夕日を見て、もっとたくさんの子供たちと真剣に遊ぼう。
もう一度人生をやり直せるなら・・・・
だが、見ての通り、私は今生ではもうやり直しがきかない。
私たちは人生をあまりに寛容に考えすぎていないか?
自分に甘く、他人の目を気にしないで、起こりえる未来に思いを馳せず、準備もせず、怠惰な生活を送って・・・・
もっと実直にしよう、もっとシンプルに生きよう、いろんなリスクに備えて、人生に潤いや活気、情熱や楽しさを取り戻そう。
http://blog.apecell.com/2009/11/02/id/74 の改変です。
ドラッカーは糖尿病とアル中になった2度目の人生の終わりに、こう思うのかもしれません。
内容は正反対ではないですが、ある程度逆にしてあります。
中二病・大二病は、日本人の特性なんじゃない?だから、多くの日本人は、大二病。もちろん俺も。
下記のエントリーをみて、改めてそう思った。
http://anond.hatelabo.jp/20090924092317
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/7eaba4bbf3409d6bf7151d9501304ff2
http://anond.hatelabo.jp/20090924093733
要約すると、八ッ場ダム建設問題において、建設派と建設中止派の両陣営とも、「マスコミは自分の陣営が不利になるような情報ばかり伝える。その情報は誤り、もしくはごく少数派の意見である。このような情報を垂れ流すのは、報道ではなくプロパガンダだ。」みたいなこと言ってる。実際は、この問題に対する報道は、一つの記事・番組内では多少偏りがあるものの、すべてのTV局・新聞がどちらか一方の味方をしているという状況ではない(と思う俺もTV・新聞をすべてチェックしてるわけじゃないが)。
しかし、建設派と建設中止派の両陣営とも、プロパガンダに感じてしまう。なぜか?それは、両陣営とも大二病だから。
両陣営とも、その人の"常識的に考えて"(通称jk)圧倒的に自分の陣営の主張が正しい、もしくは圧倒的多数派だと考えてる。そのため、相手陣営に有利な報道が少しでもされると、プロパガンダに感じる。マスコミという、見えない敵(悪い組織)と戦ってしまう。両陣営とも大二病である。
原因は、「"常識的に考えて"圧倒的に自分の陣営の主張が正しい、もしくは圧倒的多数派だと考えている」ことにある。一般的に、このような両陣営が長年もめてる問題で、圧倒的に片側の陣営が正しいということはない(少ない)。大抵の場合は、いい意味でも悪い意味でもお互い様だ。しかし、"常識的に考えると"圧倒的に自分の陣営の主張が正しいと感じる。そして、自分と異なる主張をするやつは、常識がない人や情報が足りない人(情弱)、悪の組織だと考え、それらの人や組織に説教したり、戦いを挑んでしまう。大二病の発病だ。
さらに原因を掘り下げると、"常識的に考えて"*が、原因なのがわかる。もっというと、人々が異なった常識
【常識】
(1)ある社会で、人々の間に広く承認され、当然もっているはずの知識や判断力。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/93867/m0u/%E5%B8%B8%E8%AD%98/
をもっていることが原因である。当然、皆が日本社会に属していている。しかし、同時に、東京都や群馬県などの地域社会、医者・SE・科学者などの専門領域(社会)に属している。異なった社会で身につけるので、異なった常識(知識や判断力)を持つ。それを日本社会の常識と考えるから、大二病が発症する。
先日の選挙も、多くの日本人が、自民党・民主党・公務員・マスコミという見えない敵(その組織の誰が悪いとはわからなし、全員が悪いわけじゃないが、その組織の中にいる悪)と戦っていた。多くの日本人が大二病なのかもしれない。いや、大二病は、日本人の特質なのかもしれない。
大二病を治すにはどうしたらいいか?大二病発病中の俺は、以下の方法で闘病していくつもりである。自分を常識的な人間だと考えるのをやめて、なんらかの専門家だと考える(ある意味、高二病の発病)。同時に、他人もなんらかの専門家だと考える。悪と戦うのではなく、異なる分野の専門家と議論すると考える。具体的には、異なる分野の専門家(知識労働者)が社会の中心となっていく的な本、「プロフェッショナルの条件」 P・F・ドラッカーでも読み直し、洗脳されてみようと思ってる。
LingrとRejawサービス終了のお知らせ:江島健太郎 / Kenn's Clairvoyance - CNET Japan
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://japan.cnet.com/blog/kenn/2009/05/01/entry_27022150/
>実際、集まったメンバーはぼく自身が裏方に回らざるをえない、すごい人たちでした。
>4人というのはやはり大所帯だったということです。
ドラッカーは「マネジメントとは平凡な人が集まって非凡なことを成し遂げるためのもの」と言ってますが、つまりは優秀な人たちをマネージメント
できなかったわけでしょう。
優秀な人たちをまとめる能力がない(カリスマ性がないなど)なら優秀じゃない人をあつめれば良かったと思います。
会社なんてトップの器でおおよそ決まるんで、自分より優秀な人をあつめても見合う器がなければ舐められたりして烏合の衆になってしまう。
じゃあ、優秀なエンジニアを集めるにはトップはスーパーなエンジニアじゃないといけないかというとそうではなくて、突き抜けた感じ(狂気?)とかカリスマ性だと思います。
うーん、なんだろ。。江島さんにはそういう何か過剰なものがなさそうなのが根本原因なのに、それを評論家風に分析してるのが引っかかてるのかなあー。
上に書いた投資家だけど、老害になってる天才老人と層でない老人をきちんと区別して考えてほしいな。
~賞を取った偉い~~教授が新しい説を否定するからどーのこーのみたいなのが存在しているのは想像に難くないけど、彼/彼女らは、科学的な証明を徹底させるような精度を中心にすれば、ある程度排除できると思う。
もちろんゼロには出来ないと思うし、新しい説はそれなりの疑いをもたれるのが当然だと思う。
ちなみに投資は将来価値を考えるから、老害してる彼/彼女らが将来何も生まないと判断したら、いくらかこの実績が良くても投資しない。
で、一方で老害にならない天才的な老人、本で読んだだけだけど、例えば数学者のエルデシュみたいに若手研究者を刺激して/新しい視点をいくつになっても取り入れることの出来る老人は、延命技術がある場合、人としても投資先としても高い評価をしたいと思う。
ちなみに科学じゃなくて、社会の面では、数世代の社会の変遷を経験したような人(ドラッカーとか)は、その超長期・多様経験を持つという視野からも必要とされている。
天才のクローニングで多様性が減少する可能性がある話には賛成。
既存の発展には天才のクローン使って、新規分野の革新には新たなる天才を発掘する、てスタイルになるんじゃないのかな。
ま、スレ主の追記部を読む限り、こういう行き過ぎた非倫理的な考え方での、天才のクローニングは、クローニングされた天才のためにならないからやってほしくないけど。
ぼくは人間が好きだった。それは確かなことで、付き合っている量でも誰にも負けない時期があった。それは短い期間(約1年)だったけど、その時期にうちの近くの学校で知り合えた少女以外の全ての学校の生徒に声をかけていた。毎日だいたい2時間、日によっては4時間近くかかることもあった。今考えたら世間にとっては迷惑な話だったかも知れない。また今みたいにネットやケータイも多くなかったからできたことだ。しかしとにもかくにも人間とのコミュニケーションだけではその時期はおそらく誰にも負けなかった。ヒマだからできたというのもあるだろうけど。
そういうぼくが今ではほとんど人間と付き合わなくなったのだけれど、だからと言ってテレビを見ているわけでも音楽を聞いているわけでも映画を見ているわけでもゲームをしているわけでもない。何をしているかというと仕事をしているか人と話しているか2chを見ているか増田を書いているかだ。この4つにほぼ絞られる。あと時々本を読んだり考え事をしている時もあるけど、それは空いた時間とか寝る前にしていることが多い。
だからどうというわけではないのだが、人間に関してはかつてはあれほど面白いと思ったのに、付き合わなくなったのはやはり面白くなくなったからだと思っている。もちろん急に付き合うのをやめたわけではない。それは長い歳月をかけて徐々に付き合わなくなったのだ。そうして、飽きているというのともまた違う。面白い人間があれば、やっぱり今でも面白いなあと思うわけだから。それが「近藤淳也」だったり「スティーヴ・ジョブス」だったりする。
ちなみにそれはぼくが面白さに鈍感になったからだと言う人もいるけどそれも違う。ぼくはだいたいにおいて面白がり過ぎるくらいで、それはこの増田にもいやというほど書いた。今でもルイ・ヴィトンに行けば面白いと思うし、遅刻をしない女の子を見ても面白いと思う。「百年の孤独」を読めば面白いと思うし、ドラッカーを読んでも面白い。友人のMとリナカフェでだべっているのも面白いのである。
だから、ぼくが人間が面白くなくなったと感じるのは、いわゆる俗流若者論とも違うと思う。コミュニケーション・ジャンルというものには栄枯盛衰があって、そういう視点で言っている。ある時栄えていたジャンルがそれより下り坂になって全体的に面白くなくなるということは歴史的にはいくつもあって、例えばアングラ時代のぁゃιぃの技術はもう失われたし、ルネッサンスの頃のnyの技術も失われた。中国の割れ厨の技術だって、いまだに再現できなかったりする。
だからそれは、いつの世でも老人が「最近の若者は軟弱になった」と言ったりしていることとは意味が違う。文化は栄えたり滅んだりするのだ。永遠に進化し続けるなどということはない。人間がつまらなくなったというのはそういう視点に立ちながら言っているのであって、何もノスタルジーに浸っているわけではない。だいたいぼくは子供の頃に素晴らしいと思っていたものよりも、大人になってから素晴らしいと思ったものの方が印象深いものが多いのだから、そういうノスタルジーにとらわれるような俗流若者論的な考え方とは無縁である。
その上で、なおぼくの書いたことに反論があるのだとしたら、id:y_arimさんがブコメで仰ってたように、どうか面白い人間を教えてほしい。ちなみにこの前たまたまはてなの「梅田望夫」とあったらとても面白かった。なんだそんな人と会わずして最近の人間は面白くないと言っているのかと言われるかも知れないが、それは実際その通りだ。ぼくは今ではほとんど年に数人の人間しか会わなくて今の人間をつまらないと言っているわけで、それは前のエントリーでも書いたけど電車の中で話をする人間が少ないからである。だから、乗ってる電車がたまたまそうかも知れないと言われれば、それは確かにそうかも知れない。それから、電車の中で話をする人が少ないからといって人間の衰退に結びつけるのは無理があると言う人もいるだろうけど、これに関しては無理はないと思っている。説得力はないけどね。だから別にそれで人を説得しようとも思わない。ぼくはただ坂田信弘のゴルフマンガに出てきそうな外国の頑迷なキャディーのように、これまでの経験と五感を働かせて、なんとなくグリーン上空の風の流れを予測しているだけで、そう予測する根拠を述べよとゴルファーに言われても、説明しようがないのだ。ただ経験からそう予測したというだけである。それでは信じるに値しないというのなら、それはそれで仕方のないことだ。それならどうぞあなたの予測するようにボールを打って下さいと言う。それでゴルファーの予測が正しくて、ぼくが間違っていたのなら、ぼくは潔くキャディーをやめるくらいの覚悟はある。
だめだめだめだめ。
識者の方々がオススメする本は難しすぎます。
あんたらが読ませたいターゲットはそんな難しい本渡されても、すぐ投げ出されるか、ナナメ読みされて知識として根付くこともないでしょう。
ニーチェがすごい、ドラッカーがすごい、とか啓蒙しても、残念ながら普及はしないです。普及してたらあんなにブックマークがつくことはないですもん。
まず、本を読まないひとってのは文章以外の場所から知識を仕入れるわけだ。だから難しい単語や日常会話に無い言い回しがあるだけで読み取り回路がフリーズ。もしかしたら比喩表現でも受け入れてもらえない可能性もある。専門用語が出てきたらシャットアウトだね。
もしそれを我慢して読もうとしても、1行を読み解くのに時間がべらぼうにかかる。初めての英文翻訳を思い出して欲しい。単語を端から訳して、並び順から日本語に直そうと四苦八苦する。だっていつも使っている言語の話じゃあないからね。文章を読まない人ってのは、そんなレベルからスタートするって考えた方がよい。活字離れが多くなっているとかよく聞くけど、この作業をするのが苦痛で逃げ出しちゃったんだろうと思うよ。
だから、別のアプローチをしようという提案をするわけだ。そういう層にも受け入れられそうなところから興味を持たせ、本当に読ませたい本に立ち会ったときに、すんなり受け入れられるように助走をさせてあげる何かを。
チャラい感じのヤツなんかだったら、ケータイ小説かmixiだな。特にmixiなんかよいね。ケータイオンリーなユーザは日記を書いていたらレスをつけないといけない文化を守る人が多いから、そこに哲学的日記を書けば、相手を啓蒙することができるかもよ。
聖書だったら「アートバイブル」をオススメするべきだと思うな。やっぱり絵から入るのはよいね。知識や経験がないと文字から映像を作ることができません。手塚治虫も旧約聖書やブッダのように宗教系の漫画を描いているからオススメ。
アニメに抵抗がないなら話は早い。「エヴァンゲリオン」を見せれば哲学的な考えの初歩の初歩をかすることができると思う。おまけに聖書に興味を持たせられるかもしれない。
映像に興味がありそうな堅物さんなら「2001年宇宙の旅」なんか良いね。説明セリフが少ないわりに、なんだかすごいメッセージ性がつまってそうな映像だし、時々映画ランキングにも入ってくるからプライドの高そうな人にもオススメできるかもね(笑)。そこで一言「小説を読めば答えが書いてあるよ」とでも言えば、活字を読み解くことをするかもしれない。意外に平坦な文章だったよ。
いま挙げたものはいずれも「知っている人口が多い」ものだ。質問に対する回答が返ってくる確率は高い方がよい。ちょっとネットで探しても自分語りしてるひとはいるから良いことづくしだ。
もっともっと平易に伝える手順ってのはたくさんあるはず。プログラムを携わるひとならおなじみの「グッドラッパー」となるべきアプローチをとるべきだと思うんだ。スタートしたらなんだか難しそうだったので投げ出しましたってのを無くす方向に持っていきたい。はじめの一歩はかんたんに。
「全体最適はナチ」どころか、「合目的性はナチ」なんてタグも必要になってきたな。
2008年08月09日 K416 追記2部分。hokusyuさんは経営学全般を指してナチスだって言ってる(経営学全般を批判してる)のではなく、ある経営学者が理想とする組織がナチスと通底する部分があると言ってる(ある経営学者を批判してる)ような。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/HALTAN/20080808/p1
そうなるとどんな組織も目的を意識して活動する点でナチに通じることになると思うが...。それだとある経営学者ではなくどんな経営学者(含むドラッカー)が論じる組織は全部ナチに通底するだろ。
あなた、それ本気で言ってますか? そうすると、fuku33先生≒ナチス呼ばわり!? 問題というのがまた出てきてしまうんだけどねえ・・・。以下はid:K416さんが何をなさっている方なのか存じ上げたうえでわざと書きますが、たまに医療哲学とか医療史とかやっている先生には、医学史の抑圧的な暗い側面への傾倒が過ぎて、余りに単純な反医学主義に陥っていく方がおられるわけです(もちろんその辺りはK416さんが御専門でしょうから、「それは偏見だ」「そんな絵に描いたようなアホな研究者はいない」という反論もあることでしょうし、それはそうなんでしょう) ただ万が一、hokusyuさんが「ある経営学者が理想とする組織がナチスと通底する部分があると」本気で思っておられるとすれば、自分が脳内で偏見を持って作り上げている「絵に描いたようなアホな研究者」そのものだなあ、と拙のような「あたまがわるい」人間は独り善がりに笑ってしまうのでした。
いやいやHALTAN、「正気で言ってますか?」と聞いたほうがいいよこれは。
もともとこの一件は、誰かを叩く快感を満たしたい、吊るし上げたがり屋たちがスケープゴートを見つけたと思ったらその認定の穴をつつかれていると見えるな。
NakanishiB 2008/08/08 11:34 >しかしなんですかこのまるで他人事みたいな態度は
魯迅を援用すれば「フェアプレイにはまだ早い」ということではないでしょうか。22世紀ごろにはフェアプレイでやってくださると思います。だとしたら水に落ちたときも覚悟してほしかったものです。
リンチされるときは往生際よくしろ、とでも言いたいのかね。正義の味方は大したもんだね。
Wallerstein 2008/08/09 06:59 上の私のコメント中の「あたまがわるい」タグ、については、「あたまがわるい」メソッドに訂正させていただきます。
この「訂正」は意味がないだろ。最初にタグをつけてHALTANを馬鹿にした側にブーメランが帰ってきただけで、「あたまがわるい」と罵った側が自縄自縛になっただけで、それをさも相手が卑劣な「メソッド」を使ったかのように言っちゃいかん。Wallersteinは暑さでどうにかなったのか、単に言い方を訂正するのではなく、最初の自分の言い分を撤回しなさいよ。最初に「あたまがわるい」という貶め方をして議論を成立しなくした側に苦言を呈するならともかく。言葉遣いの問題ではなく、ロジックの問題だろ。
普段キャッキャウフフしてる身内で固まって庇いあっても、後から言い分の無理が無理でなくなるわけではないんだからさ、まあ、頑張ってくれたまえよ。
オンライン上で、fromdusktildawn氏のエントリを見て正面から、反論してくる組合の人はいるだろうか。
と呼ばれたので少し書いてみようと思う。もっと分裂君(fromdusktildawn氏のこと。以下こう略す)のエントリに言及するのは気が進まない。だって本人が「このブログの内容は極論でありありていにいえば嘘、極論を述べて楽しみ、極論の中の一片の真実を探るものだ」と言ってるわけだから。
だから、正直「正面からの反論」に意味があるとは思えない。その極論は、「極論」だけに様々なことを故意に無視して、あるいは故意に前提としてできあがっているから。
その中には、たとえば引用した上の増田さんが指摘した通り「想像上のサヨクでなく、現実の左翼が日々どういう活動をし社会の中にどう組み込まれているか」と言った問題が潜んでいたりする。大体御用組合とそうでない組合の差なんて、組合の中枢部で動いている人間にだって分からん。それこそ「経営評価委員会」みたいなものでもつくって、組合の功罪について裏表全て出してみて、「結果として」その組合が労働者により役立っているのか、会社にとってより役立っているのかが評価できるかどうか、というところだし。大体、労働者だけに有利で会社にとっては不利な存在でしかない組合など、現代の労働者自身が求めていないしね。
まあ、増田さんとは違って分裂君は、そのあたりの事情をあえて無視している(経営者とかにも知り合いが多いと書いてるから知らないわけはない)のだと思う。まあこれは些細なことに過ぎないけれども。
そんな彼のエントリが「真面目に」読まれているとしたら、それはやっぱり不幸なことだ。だから反論しようとは思うのだけど、そうやって真面目に分裂君のエントリに「反論」しようとすると結局それは彼の「極論」を成立させているネタのネタバラシみたいなことをするしかない。これはぶっちゃけ彼のエントリをつまらなくするので読まない方がいいくらいだ。やれと言われたからやるけど、本来これは自分の作法ではない。先に謝っておく。
:::::::::::::::::::::::ツッコミ開始:::::::::::::::::::::::
(1)経営についてもサヨクにしても、実は想像上のそれしか比較されていないこと。
彼のサヨクに対する批判が想像上のものだと上で述べたが、良く読めば分かる通り彼が述べる「経営体」としての企業の役割や社会に対する貢献、そしてその評価についても、全て理念的な話でしかない。
現実の所、企業が提供する「豊かさ」(A)が、我々の望む豊かさ(B)とイコールであるかどうかについて評価しない限り両者は比較できない。そして、明らかにAをBに一致させるよりは、AをBだと勘違いさせる方が安上がりであり、そして現実の社会というのはそういう安易で安上がりな方向へと流れていくものだ、ということさえ、分裂君はあえて触れない。
一方、ネオリベの提唱する「理想社会」のイメージだけを見て褒め称えているが、本当の所彼だって、現実のネオリベが混乱と貧困をもたらしていたとしてそれを「ネオリベの『理想を正しく実現していないからだ』」などという原理主義者のようなことは言わないだろう。だから「極論」
というわけで、理想だけを見て現実をみていない、これが第一ポイントです。
(2)話の根幹となっている「労働者に必要な『経営スキル』という概念」について
さんざんドラッカーを引用して語って、これも各個人が戦略的に社長のように振る舞い、その総和としての社会が…という話に見えて、全然違う。本当のところ分裂君のこれ、実は『資本論』を下敷きにしてるんだろう。「サヨク」を揶揄しながらこういうことをする。分裂君、結構人が悪い。マルクスが言ったことの中でもっとも重要なポイントの一つはまさに「労働者は企業の奴隷じゃねえ!『労働力』を企業に販売する経営者なんだZE!」ってことで、言ってみればそれは組合の理念の根幹部分。だから、個人的にはこれ笑うところかなと思いながら読んだ。このエントリ自体が高度な釣りというかJokeなのだとすれば、このあたりに一つクスグリをいれてみたということではないか。
(3)結局のところ彼の論に基づけば、社会的なセーフティネットは『無い』という事実
まず、一所懸命繕おうとして繕い切れない問題として、分裂君は有効に機能する社会的セーフティネットについて論じていない、という点。たとえば教育に関して「教育クーポン」が機会の平等を実現するかのように語っていますが、教育クーポン自体こそが社会的強者にとって最も有効に使えるツールであるという点には触れない、つまり結果の不平等が拡大されやすい政策だ、とかね(個人的には、アイデアとしての教育クーポン自体には意外と賛成だがそういう負の問題を解決しないとどうにもならないとも思う)。公害問題についても、色々なアイデアは紹介するけど、それが実際に公害を解決するかどうか、は言わない。
そこを彼は「経済的自由と結果の平等はトレードオフだから仕方ない」という理屈でクリアしようとしてるわけですが、ここにも詐術があって、
1.経済的自由と結果の平等がトレードオフだというためには、「稼ぐ金=やる気(インセンティブ)」という価値観が前提される必要があるが、これが正しいとは限らない。というより、それは明らかにドラッカーさんに批判される考え方。
2.結果の平等を実現することで発生するインセンティブには触れない。『歴史的な社会主義の失敗』を批判する一方で、『ある種の成功した社会主義』と言える社会(たとえば戦後「総中流社会」日本)には全く触れない。
という二点。
この二つを無視し、そして人間を統計の比喩で語って「一部の10km/hでしか走れない車のために、大多数の時速を10km/h制限にするのは正しいか?」という極端な比喩を持ち出す。
確かに、人間を統計的にしか処理しないなら「1%の人を見捨てる社会は99%にとって住みよい社会」と言えるかもしれない。でも実際問題、そんな風に考えて我々は暮らしていけるだろうか。
たとえばみなさんが子どもなら、1%の人を見捨てて幸せを謳歌する自分の両親を見て心豊かに育つだろうか?
行動力ある青年なら、1%の人が見捨てられている社会に対して信頼感がもてるだろうか?
実際に見捨てられる1%になったとき、ナイフをもってトラックに乗り込み秋葉原に行く以外の幸せをみつけられるか?
実際に見捨てている99%になったとき、何の心配もなく秋葉原に行って楽しむことができるだろうか?
友達が見捨てられる1%になったとき、それは君自身の責任だと切り捨てることができるだろうか?
自分の子が見捨てられる1%になったとき、それは君自身の責任だと切り捨てることができるだろうか?
……
こういう『人間性』に根ざしていない「社会」論は、本当は無意味。
繰り返しますが、良く読めば分かる通り《結果の不平等》の発生を分裂君は認めている。それは「起こさないように頑張って起きてしまう」ではなく「社会が計画的に(貧困を)発生させる」ということで、そんな社会が我々の「人間性」に反していることもまた明らかである。
:::::::::::::::::::::::ツッコミここまで:::::::::::::::::::::::
まあ、ドラッカーが考える『仕事における人の「位置づけ」と「役割」の両方を満たすために組織の「マネジメント」がある』という話は普通に面白いので、「ドラッカーの仕事観」を推奨する分裂君はもっとそちらを丁寧に紹介して欲しいと思う。できれば偉大な経済学者E.シューマッハーの仕事観と併せて論じたりしてくれると面白い。また、『近代国家システム自体が1000万人を越えると機能しないのではないか』という指摘も大変面白いので、そのあたりを丁寧に研究してくれると読み応えがあって面白いのだけど、そうすると釣りにはならないんだろうな。
というわけで、お返事してみました。以上。
http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20080803/p1
あと、今日になって真面目に反論している人がいた。
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』というエントリ
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20080711/1215741244
が、はてなブックマークですごい支持を受けているわけなんですが
この中のコメントでどうしても理解できないコメントがいくつかついているんです。
すいません、僕は日本語が不自由のようです。
たとえば下のようなコメントです。
○笑い話だ勘違いだと騒ぐ外野に惑わされずに目的を達成していくことが重要なんだろうな。例えお話の世界の女の子でも、こういう子がいたら素直に応援したいと思う。
○自分も同じ勘違いをしてそうで笑えない
○「manager」と「マネージャー」の意味の違いから膨らませたネタ。
------
僕は会社ではマネージャーという役割です。外資でよくあるマネジャーという響きは好きではありません。高校野球の女子マネージャーと会社での部門を管理するマネージャーは本質的に同じ役割なのではないのでしょうか?それぞれのフィールドで活躍する主役(現場スタッフであり選手達)を支える縁の下の役割をずっとマネージャーの仕事と理解していました。どうして勘違いと言われるのか、どうして笑い話といわれるのかさっぱりわかりません。何故なんでしょう。
本当だ。消えないうちにグーグルキャッシュからサルベージしておこう。
パスカル『パンセ』
ライプニッツ『単子論』
ジェイムズ『宗教経験の諸相』
レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』
ブーバー『我と汝・対話』
ライル『心の概念』
デュルケム『自殺論』
キャンベル『千の顔をもつ英雄』
ポランニー『大転換』
オルテガ『大衆の反逆』
オング『声の文化と文字の文化』
ポパー『推測と反駁』
フロム『自由からの逃走』
デリダ『グラマトロジーについて』
ペンフィールド『脳と心の正体』
ソンタグ『反解釈』
フランシス・フクヤマ『歴史の終わり』
ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』
イーグルトン『文学とは何か』
ガダマー『真理と方法』
ダマシオ『生存する脳』
クワイン『ことばと対象』
マッキンタイア『美徳なき時代』
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