2019-02-08

吾輩は反出生主である

インドの反出生主義の人が親を訴えようとしているはなしが上がっているが、

コメント欄を見て反出生主義について「ちがうんだよーーー」と思うことがあったので、

その主義を持つ自分観点から話したい。

当然、他の反出生主義者が同様であるとは限らないことは断っておく。

##「反出生主義なら死ねばいい」ということについて。

これは違う。

反出生主義は、人は生まれるべきでない、という立場を取っているが、

その根底には「苦しみを生みたくない」という思いがある。

生を授かってしまった以上、死は恐ろしいものであり、それには苦痛が伴う。

から自身含め、今生きている人に対して死ぬべきだとは思ってないし、死にたいとも思っているとは限らない。

しろ最大限に幸福であるべきである

から自分は、生まれちまった悲しみを抱えつつも楽しい方が良いと思ってエンジョイしている。

主義ネガティブさとは裏腹に、全く不幸なんかじゃないぞ!

## 親を訴えようとしている反出生主インド人が親と仲良しな件について

矛盾してるみたいな感じがする。

だが私も、親が勝手に生みやがったと恨んでいるが親とは仲がそこそこ良い。

そして私が「生まれたくなかった」ことを親は知っているし、

それに対してとやかく言われることはない。

私は良い環境で育ったと自負しているし、

上から目線ではあるが、親は私の教育をよくやったなぁと感心している。

それなりにありがたいとも思っている。

恨んでいるのに、なぜそういう感情を抱くのか。

これも「苦しみを生みたくない」考えに基づいているが、

子供幸せになるように育てることができるのであれば

まり問題とは思わない。

もちろん長い人生でどんな不幸が先で降りかかるかは予想もできないが、

明るい未来ある子供を育てるという点では十分だ。

ではなぜ出生に反対するのか。

それは上手く育て、子供の明るい未来保証できないからだ。

赤子に出生の選択権はない、判断能力もない、

からは親は幸せ保障した上で産むべきだ。

だが幸せ保証することすらできない。

ならば、

苦痛が伴う可能性のある人生を送るリスクを取るか、

幸も不幸もなく、それらを感じることすらない無か。

私はここで後者選択する。

わざわざリスクを取らない。

あなた方が幸せだとしても、それは結果論しかない。

生活仕事の中でリスクを取るのとは、失敗時の被害がまるで違うハズだ。

また、そのリスクを取ったのも失敗したのも親だが、

その被害を受けるのは親ではなくその子なのだ

これはあまりにも理不尽だと感じる。

若干脱線したがつまり

子育ては上手くやったしその点ウチの親はとてもすごいなぁと思う。

一方でリスクまみれの人生を強いたことは許さない。

いやでもやっぱ親を告訴までする気持ちはわからない。

## 子供に出生の同意を取ることについて

取った方がいいに決まっている、

自分勝手なことをするな。

人生における最大の分岐点受験でも就活でも結婚でもなく出生と死没だ。

そこに選択権がないなんて間違っている。

でもそんなの無理に決まっている。

猿でもわかる。

から逆に、出生後に人生離脱選択権があったらなと、思っている。

自殺を認めた事で発生する問題無視しての理想論だが。

もちろん人生離脱権より以前にそもそも子を生まない方がいいのだと言うことは言っておく。

だが生物である人間に対して反出生主義を浸透させるのは現実的ではないから、

せめてもの逃げ道として、その権利が欲しい。

## 某インド人が地球スケールの話をしている

私は地球規模の話には関心はないが、

弱肉強食世界にいる動物も大変だなぁと思ってる。

常に死の恐怖の中にいるなんて考えられない辛い。

もっとも、そんな感覚を持っているのかは知らないが。

生態系に何の意味があるのかといえば宇宙規模で見れば何の意味もないので、

生物という概念存在しない世界こそ理想だ。

## 厨二病

かもね

記事への反応(ブックマークコメント)

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん