最近はわたしくしの所にも、色々とテレビや新聞、ラジオのお仕事が舞い込んで参ります。大変にありがたいことです。しかしなかなかに難しい注文をされるところもあって、申し訳ありませんがそれはわたくしの力量を越えておりますとご遠慮させていただくこともございます。難しいというのは風刺です。とくに政治の風刺は大変に難しい。10年前20年前も難しかったが、最近はもっともっと難しくなった。これはもういわば怪物です。わたくしのような年寄りには到底かなうものではございません。そう言うと、テレビ局の方、新聞記者の方は目を丸くされるんですな。
海外、特に欧米では政治の風刺というのは盛んだと言われています。一国の大統領や王様がコケにされる。それを喝采する人々というものがいる。しかし日本ではなかなかそれがうまくいきません。誰を虚仮にしても目を血走らせて食ってかかる人が現れる。てめえの噺はつまらねえんだよ!とお客さんに叱られるのはわたくしども日常茶飯事ではございますが、そういうのとは次元の違う感情をぶつけられる。しかも一人や二人ではございません。何百人なら少ない方、へたすりゃ何万人なんてことにもなりかねません。これをわたくしは怪物と呼んでおります。これにかなう者はこの世にはおらんでしょう。
さて、ではなぜ欧米と我々日本人は違うのでしょう。これもまた生半に語れることでもございません。ここにも怪物が潜んでおります。いやはや恐ろしいことです。おそるおそる怪物の尻尾をまたいでみたいと思います。
誰しも自分が虚仮にされて嬉しいものではございません。虚仮にされてうれしがるのは噺家のような奇人変人選りすぐりのエリート集団くらいなものです。では自分じゃなければ虚仮にされても平気でいられるのか、そんなことはございませんね。我が子、親兄弟、恋人、妻、夫、友人、恩師、ペット、愛人、などなど。…愛人は余計か。これらは場合によっては自分を虚仮にされるよりも腹が立つという人もいることでしょう。いま申し上げたのは自分の身近にいる自分にとって大事な人達です。それだけではございませんな。贔屓にしているアイドル、ミュージシャン、テレビタレント、スポーツ選手、こういう遠い存在も、やっぱり虚仮にされるとむかっ腹が立ってくるのが人情というものです。政治家というものも、この中に入ってくる。これが今の日本人というものなのかなと、噺家風情が考えてみたりするところであります。
虚仮にされて腹が立つのは、名前や顔を知っている人だけとも限りません。何かに一生懸命に打ち込んでいる人を虚仮にするというのも、やはりいい気持ちがしないというのが人情というものです。甲子園に出るために一生懸命練習する高校球児達を、何が面白くて汗まみれ泥まみれになりながら球を投げたり転がしたりしてやがるんだ馬鹿馬鹿しい、などと言おうものなら、明日からわたくし朝日新聞と毎日新聞から出入り禁止でございます。今日のお客様の中に関係者の方がいない事を祈るばかりです。いやあそれにしても、うちの○○と××を出入り禁止にしないNHK様の懐の広いこと広いこと!よっ、日本一!来月から受信料ちょっと多めに払っちゃう!
(注:○○と××…この噺家の一門に属するコメディアン。最近相方をビール瓶で殴る時事ネタを披露した)
まあそれはさておき、政治の風刺が難しい理由もこの辺にあるのでしょうな。誰もが応援している議員さんが一生懸命やっている事を知っている。知っているから虚仮にされるとムカッとくる。これは別に恥じることでも何でもないと思いますな。日本人は政治に関心がない、などといったことを言うお人もいらっしゃいますが、本当に関心がないのなら、政治の風刺も他人事と思って笑って流せるんです。今は政治は笑い事じゃないんですな。それの善し悪しは今は分かりません。昔からよく言いますな。政治・宗教・野球は飲み屋で話しちゃいけないよ、と。真剣になってる人に茶々を入れることほど無粋なものではございません。どうしても茶々を入れたくなったら、是非とも寄席へお越しいただいてわたくしどもに野次の一つでもいただければと思います。本日はどうもありがとうございました。