2015-09-29

世界に一人のバンドガール

私は小さい頃から特に目立たない、おとなしい子だと言われ続けてきた。そんな自分特に嫌だったわけじゃないけど、中学校の頃にちょっとした出来事があった。

クラスでも目立って可愛い女の子がいた。可愛いけどちょっと変わった子で、クラスからは浮いてて、常に誰かの噂になってるような子だった。その噂の中に、彼が彼女のことが好きだ、というものが流れたのだ。

私は彼のことが好きだったけど、その噂を聞いて、とたんに彼が私の手の届かない人であることを感じた。きっと彼は私みたいな地味な女子は好きじゃないんだ、そう思った。

それは、それだけで終わってしまった失恋だった。

でも、この出来事で私は変わろうと思った。今みたいに地味じゃあダメなんだ、地味であることで何かを逃がすことはもうしたくない、って。

から高校では軽音部に入った。そこでガールズバンドを組んで、ギターボーカルをやることになった。正直、とても嬉しかった。これできっと今までの自分が変わっていく、そういう確信があった。

の子バンドボーカルなんだって、そんな噂を耳にする度、何かを手に入れたような気分になった。

でも、学校の噂に耳を立てていると、聞きたくない噂も耳にする。例えば、あの子の噂だ。中学の時、私の失恋きっかけになったあの子も同じ高校に進学した。そして高校でもやっぱり、可愛いけど変で目立つ子をやっている。あの子については中学の時と同じようにいろんな噂が駆け巡ってる。その噂を聞くたびに、私の中にもやもやした気分が浮かぶ。それはきっとあの子が、私が努力して手に入れたものを何の努力もなしに元々持っているからだと思う。

だけど、今度こそ負けない。少なくとも、中学の時と同じ気持ちはもう味わいたくない。だから、私はがんばるんだ。

入学してから時は過ぎて、11月になった。あと少しで学園祭だ。私達のバンドは、学園祭ライブをする機会をもらえることになった。だから、普段の練習以上にライブに向けて頑張って練習してきた。クラスメートも、絶対ライブを見に行くと約束してくれた。もしライブ成功したら、もっと自分に自信がつくはず。クラスメートもきっとすごいと思ってくれる。私はそうやって自分を変えていくんだ、って思ってた。

だけれども、神様残酷だった。学園祭の当日、私はインフルエンザにかかってしまったのだ。

私は悔しくて悔しくて、布団の中で泣いてた。自分の練習が無駄になったのもそうだし、自分のせいでバンド仲間の練習も無駄にしてしまった。それがとても悔しかった。

学園祭の夜は、熱と頭痛と関節痛と胸の痛みでもう頭がぐしゃぐしゃになってた。そして夜遅くケータイに連絡が入った。きっとバンド仲間からだ。恨み言なのかなんなのか、怖かったけどとりあえずメッセージを開いた。そこには、こう書いてあった。

心配かけたかもしれないけど、ライブは無事成功したよ」

一体何のことなのか、よくわからない。けれども続きを読んで、私は絶望した。

私が休んでしまってもどうしてもライブをやりたかった仲間たちは、代わりのボーカルを頼んでライブを決行したのだ。しかも、その代わりのボーカルは、あの子だった。

そのメッセージには、ライブ成功おめでとう、みんなの練習が無駄にならなくてよかった、と返した。でも、それだけを返すのに、とてもとても時間がかかった。そして、それを返したあと、私の中で渦巻く黒い感情もっと黒くなった。もう一生インフルエンザは治らなくていい、このまま治らずに死んでしまいたい、そう思った。

そうは思ったが、人間の体は丈夫にできている。インフルエンザが治ってしまった私は、学園祭が終わった学校に登校しなきゃいけない。

でも、心に決めたことが一つだけあった。それは、もうバンドは辞めるということ。

私はまたあの子に負けたのだ。もうあの子と戦う気力なんて残ってない。

登校してみて、その判断が正しかったことが身に沁みた。学内の噂はあの子ボーカルのことで持ちきりだった。それまであの子のことを変な子として快く思ってなかった人でさえも、あのボーカルはすごかった、と言っていた。

何であの子は何も努力してないのに、こんなにたくさんのものを持っているのか。神様不公平だ。

あのバンドは私の居場所だったはずなのに、それすらあっさり奪われてしまった。バンド仲間も、ボーカルが私じゃなくても良かっただなんて、ひどい。

もう忘れてしまいたい。私みたいな人間が、生まれつき注目される花を持った人にかなう訳がなかった。対抗しようとしたことすら恥ずかしい。そうした記憶を含めてみんな忘れて、また地味に誰にも注目されることなく生きていこう、そう思った。

バンド仲間には何も言わずに退部届を顧問に出した。

そして部活のみんなが帰った後に、こっそりとギターをとりに部室へ行った。半年という短い間だったけど、私の相棒でいてくれたギター。このギターをどうするかはまだ決めてなかったけど、部室に私がいた痕跡を残すのは嫌だった。

部室にはまだ電気がついていた。でももう7時にもなる。きっと誰かが消し忘れたのだろう、そう思ってドアを開けた。

そこには、クラスメート男子が一人で残ってた。部活メンバーではない彼がどうしてここに居るのか、訳が分からなかった。

「やっときた。ずっと待ってたんだ」

彼はそう言った。どうして?そう訊いた私に、彼はこう答えた。

「俺はさ、学祭の時、お前の歌を聴きに行ったんだ。でもまだ聴けてないからさ、こうして待ってた」

「私の歌を待っててくれたの?」

「そうだよ」

彼の言葉理解するのに、時間がかかった。でもゆっくりゆっくり考えて、それはとても嬉しいことを言ってくれているのだと理解できてきた。

から、私はロッカーギターを手に取った。袋から出し、アンプに繋げる。

「私一人だけだけど、いいの?」

「一人で充分だよ」

それを聞いて、泣きそうになった。でも、これから歌うのに、泣き声でなんかいられない。

私は歌った。一生懸命練習したコードと、嬉しさ、悲しさ、全ての感情が入り混じった声で。

彼は、手拍子を打ちながら静かに聴いてくれた。

すごく泣きそうだったけど、それだけはなんとかこらえて歌いきった。でも、歌いきったら涙が溢れてきた。止まらなかった。彼は、いつの間にか私の手を握ってくれてて、大丈夫だよ、大丈夫、そう声をかけてくれてた。

その後、私達は付き合うことになった。

私はやっぱりバンドを辞めたけど、ギターも歌も辞めてない。彼のためだけに歌ってる。

彼は私の歌を聞いて、好きだって言ってくれる。

それだけでよかった。

そう、本当にそれだけでよかったのだ。もう学内の噂なんかは気にならない。私が本当に欲しかったのは、いつも注目される立場なんかじゃなくって、たった一人でいい、ちゃんと私を見てくれる人だったんだ。

彼にとって私はひとりきりで、私にとっても彼はひとりきり。

ライブはいつも二人だけだけど、足りないものはなにもない。

私は今、幸せだ。

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