2018-02-04

感想」ではなく「手応えのある反応」が欲しい

私はかれこれ15年ほど同人とか二次創作という界隈に身を置いている、しがない字書きだ。

ここ数日、ツイッタータイムラインでやたらと「同人誌の作者に感想を送るべき」だの「感想を送ったところで引き止める理由にはならない」だのと議論されているのを眺めていた。

これは、特に目新しい議題ではないだろう。

学級会と称されて、既に何度となく同人活動に関わっている人たちのツイッターでは話題になっている。

作者視点でも読者視点でも各々数パターン意見傾向があり、いつも泥沼化しており、結論が出ないまま風化し、またふとしたきっかけで議論が行き交っているのだ。

私も二次創作をしている立場であるから、色々と思うところはある。

まず、私が何よりも強く感じているのは、議題テーマを「感想」にするからややこしくなっているのではないか、という点だ。

作者の目線に立てば、感想が欲しい!という意見が大多数だ。当然である

読者の目線に立てば、感想を送るのは難しい!と躊躇する人も多い。理解出来る。

だが、ここで意見が噛み合わない原因は、各々が抱いている「感想」がどのようなものであるのかが食い違っているからのように思えてならない。

読者が想定している「感想」は随分とハードルが高いような気がするのだ。

どの場面のどのキャラクターがどうであったのがどう良かったのか…と読書感想文さながらの「感想」を送らなければ、と身構えている読み手が多いのではないだろうか。

もちろん、そういった感想をいただけるのは嬉しいことであるだろうし、幸せなことだろう。(私は長文の感想はいただいた経験が無いか想像に過ぎないけれども。)

だが、同人作者の大半はそこまでの感想を求めてはいないはず。

ツイッターで「あー!最高の同人誌読んだー!マジ尊すぎてしんどいしんどい以外言えねぇ…」などと呟いたりしているが、その本の感想を作者本人に伝えたことが無いという読み手は割と多いだろう。

要は、その「最高」「しんどい」を一言でもいいし匿名でも全然構わないから作者本人にぶつけてくれると嬉しいな、という話なのだ

文章になっている必要など無いし、「あなたの○○大好きです!今回も最高でした!」で十分であり、その一言が生きる糧となる作者は多い、という話だ。

同人活動をしている描き手(書き手)が作品を公開しているのは、人によって程度に差はあれどレスポンスを期待してのものだ。

何の反応もいらないのであれば、自分ノートなりスケッチブックなりPCなりで創作欲を発散出来ればいい。

そうではなく、見てほしい!読んでほしい!そして私のこの萌え共感してほしい!という気持ちがあるからこそ、作品を公開している。

ポイントは、見て!読んで!だけではなく、何か反応して!という期待を抱いている創作者が大半だという点だ。

これは、同人誌即売会でもピクシブでもツイッターでも個人サイトでも共通している、創作者の欲であり目的なのだ

気持ちを込めて創作した作品を見てもらって、それに対してのポジティブレスポンスが貰えると喜びに繋がり、もっと頑張りたい上手くなりたい更に共感を得たいというやる気に発展するわけである

そのレスポンスとは、長々とした感想だけではない。

コメント欄リプライなどで一言声を掛けるだけでもいい。

ピクシブであればいいねブクマツイッターであればRTいいね個人サイトであればWeb拍手など、必ずしも言葉必要としない手段だってある。

感想」ではなく、この作品を創り出してよかった、描いてよかった、書いてよかった、と作者が感じられるような「手応えのある反応」が欲しいのだ。

イベントであれネット上であれ、素通りは悲しい。

イベント会場で自分のスペース前で立ち止まってくれる人がいない寂しさと、ネットで公開している作品の閲覧数だけがただただ増えていく切なさは、とてもよく似ていると思う。

このジャンルにいてもいいんだ、このCP界隈で自分必要としてくれる人がいるんだ、という安心感が欲しい。

その安心感が、居心地の良さが、創作欲へと繋がっていき、ジャンルCPへの愛着にもなる。逆もまた然り。

あくまで、個人的意見だけれども。

個人的な話ついでに。

はいくつものジャンル渡り歩いてきており、前回までのジャンルはいつも寂しさと孤独を抱えていた。

作品はそれなりに閲覧されているのに反応が全く無かったり、普段は何も反応が無いのに何かちょっとした不備があれば鬼の首を取ったかのように文句だけは長々と叩きつけられたり、SNSイベントで仲良くしてもらっていると思っていた人たちから突然無視をされるという苛めに近いことがあったり。

最終的には心が折れて早々にジャンルから立ち去っても、気にしてくれる人など誰もいなかった。

今いるジャンルは、これまで活動してきた中では一番長い。

ジャンルにはまる時の気持ちの大きさや熱量は同程度で、現在いるのは今までの中で一番マイナーである界隈なのに、なぜ現ジャンルが一番長いのか。

それはきっと、あたたかレスポンスがあるからだと思う。

ジャンルSNSに疲れ切った私は、ピクシブツイッターも退会して個人サイトにひきこもった。

(※創作者としてはアカウントを持っていないが、ROM専用の別名アカウントは持っている)

サイトサーチの運営者様には感謝しているが、正直なところあまり機能はしておらず、ピクシブを利用していた頃と比べれば閲覧数は格段に下がった。

しかし、サイトを訪れてくれる数少ない人たちは、皆さん懸命に「頑張れ!」「頑張れ!」と背中を押してくれる。

長文での感想は、一度もいただいたことが無い。

しかし、定期的にWeb拍手を押してくれたり、何か更新すれば一言掲示板に「新作読みました、面白かったです」と本当に一言だけだけれど書き込んでくれたり、イベントに出れば本を手に取ってくださる時に「いつも読んでます、これからも頑張って」と一言声を掛けてもらえたり。

そのひとつひとつに心から「ありがとう」と思っているし、その感謝が新たな作品を創りたい欲へとなっているし、口下手ではあるがなるべく御礼を伝えている。

頻度は多くなくとも、あたたかく手応えのある反応があるからこそ、私の同人活動は続いているのだ。

からどうか、読み手の方は好きな作者の方へ「手応えのある反応」を贈ってほしい。

それは次の作品を催促しているとかジャンルへ留めておくための手段などではなく、作者の創作魂を殺さないための支えのひとつだ。

同人活動趣味であるから、作者も読者もジャンルから離れることはあるだろうし、それを止めることなど出来ない。

だが、同じものを好きだという気持ちを共有している間は、「作品」と「手応えのある反応」を贈り合うレスポンスループ幸せなのではないかと、私はそう思う。

  • めんどくさいやっちゃな。 要は「スゴイっす!」って言われたいだけなんだから素直になりいや。

  • 客がいるおかげで好き勝手製作できてるくせに贅沢言うなよ

  • 増田はなんで創作してるのかしらんけど見てる方は別によくて趣味、悪くて暇つぶしとして消費してるのになんでわざわざ増田の言う「手応えのある反応」を返さないといけないの?感...

  • 「手応えのある反応」って抽象的だよね…。 具体的にどう言われたいのか、こういうので奮い立ったとか。ぶちまけて欲しかった。

  • 送るのはいいんだけどその後ちゃんと返信してる? する必要ない?求める方が傲慢?何様? 共感しましたって送ってもそれに反応がないとああ間違ってたのかとしか思わないよ?

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