はてなキーワード: 芭蕉とは
この手の話は好きなのでちょいと(だけ)考えてみた。国語学/国文の卒論のネタにでも。
で、元増田に1点だけ答えるとすると「良み(がある)」は、語幹と「み」の付き方は文法上は間違っていないのであり得ると思います。でも気持ち悪みがある。
元増田の「そもそも、『さ』(『良さ』、『行きたさ』)からして俺はちょっと嫌だった」はわかる気がする。形容詞は自分の、いまここ、このときの感じ方を場に放り投げるもの。それが「さ」によって、せっかくの、いまここ、このときの俺の新鮮な感じ方が第三者化、対象化、抽象化される。それを自らいうかね云々という。きもみ。
絶滅危惧種のホッキョクグマとかアフリカの大型ネコ科動物とか北米のオオカミとか、
こないだも日本でカワウソが絶滅種扱いになったって言うし、やべーなーと思ってたけど、
両生類も実は100年以内にすべて絶滅する可能性があるらしくて地味にこっちの方がやばいんじゃないかと思うようになったの。
人間以外の哺乳類全部が100年以内に絶滅するなんてことになったら一大事だろう。
それが蛙だのイモリだのきもい動物だから皆関心を持たないのだろうか。
蛙が絶滅するってよく考えたら大変なことじゃないだろうか。
誰が田んぼの害虫を食べてくれるのだろう。私たちは農薬まみれの米を食べるのか?
蚊とかハエとかも食べるから、人間はこれらの虫々に一層悩むかもしれないな。
あの夜の蛙の大合唱も聞こえてこなくなるよ?
未来の子供たちは「かーえーるのうーたーがー」「ゲロゲロゲロゲロぐわっぐわっぐわ」とか聞かせてあげても、
その愉快さとか美しさが理解できないんだよ?
「古池やかはづ飛び込む水の音」とか芭蕉の句を国語の時間に教えてあげても、その風情が理解できないんだよ?
私は子供のころサンリオの「けろけろけろっぴ」が大好きでけろっぴグッズで体中埋め尽くした時期もあった。
それが過去の動物になって、未来の子供たちにけろっぴグッズを見せてもあの蛙のデフオルメの見事さを理解できないんだよ?
イギリス人がフランス人に「frog eater」「frog」って言ってからかうエスニックジョークもなくなるんだよ?
蛙って食べたらおいしいのかしら、本場フランスで蛙料理に挑戦してみましょー!!
うーん、味はささみみたいでなかなか美味しいですよ♪なんていうゲテモノ料理紀行番組も、ひとつネタが減るんだよ?
世の中にはこんなグロい色の蛙がいるとかこんなでかい蛙がいるとかこんな毒を持つ蛙がいるとか2ちゃんで騒ぐことも少なくなるし、
ネタになったとしても既に絶滅してたらあまり盛り上がらないよ?
「セックスしてる姿って実際蛙がはいつくばってるみたいな格好だし、そんなきれいなもんじゃないんだよ」とか、
性に目覚めて好奇心いっぱいの中学生とかに譬えて見せることも難しくなるんだよ?
哺乳類は話題になり易いけど、蛙はあまり人の関心を集めないから、哺乳類以上にやばい。
両生類はきもいと思うし触れないし自分の目の前に出てこないでほしいけど、絶滅されたらすごい世界が不便になるしつまらなくなる。
蛙助けなきゃ。