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2011-08-16

必要悪としてのブラック企業という考え方

http://anond.hatelabo.jp/20110816003454

この記事にかかれていることにほぼ完全に同意だ。

というのも僕はブラック(おそらくうちの待遇を世間から見ればそうだろう)企業経営している。

もちろん、好んでブラックにしているつもりはない。

できる限りみなには定時で帰ってほしいし、僕の愛読書は「残業ゼロ仕事術」だ。

仕事が終わらなければ、それは仕事量のほうが問題であって、それを残業で解決するのは

おかしな話から、すぐに上司もしくは自分相談してほしいと言ってある。

しかし、実情は残業の嵐だ。

もっとみんなにな仕事以外の幸せをみつけて、それを感じてほしいと切に願っている。

だがここでふと考えた。

みんなが残業しなかったら、その分の仕事はどうなるのかと。

当然あぶれる。

その分の売上はもちろん後ろ倒し。

期で考えれば、それらは売上にならない。

現状の待遇で赤黒トントンのところで経営している当社としては、おそらく

赤字に転落するだろう。

数年もすれば、それで会社倒産するかもしれない。

困るのはだれだろう。もちろん僕も困るが、それは僕がまいた種なので構わない。

だがおそらく、社員の方々も困ってしまうんじゃないだろうか。

ブラック企業なんて根絶されればいいのに、そうならないのは明白な理由がある。

そこに勤める人がいて、そして自らをブラック化していくひとがいるから。

そうしないと生きていけない人がいるから。

ブラック企業の中には一部の経営幹部が私腹を肥やしているがために、ブラック

なっているところもあると思うけど、実情は、会社を存続させていくために

ブラックにならざるを得ないところが多いと思う。そんなの経営とは呼べないし、

社員サービス残業分でわずかな利益をあげている企業など、理想論でいえば

存在意義もないので、潰れてしまえ」と言いたいところだが、そうもいかないのでは

いか

ブラック企業を更生させる

倒産

社員失業

その全員を幸せ企業雇用することは不可能

失業率悪化

もしブラックを更生させるとしたら、この問題が解決されなければならないと思う。

2010-12-20

ノルウェイの森を再読している。

http://anond.hatelabo.jp/20101219174222

 

クリスマスカラー単行本が世にあふれたころ、たしかわたしは理系女子大生で、

世はバブルで前髪がとびでた眉毛の太い、肩パット入りスーツきたお姉さんをよそ目に

毎日実験室と500mはなれたアパート

実験が毎日深夜に及ぶため家族をまたせたくなくて3万円弱のをようやく借りた)を

往復するしかなくて、

かなりネームバリューのある大学生からできるわりのいい家庭教師アルバイトさえ

土日のあい時間しかできなくて、ある意味なんだかサラリーマン生活の前借だった。

その私がノルウェイの森を読んで思ったことは、そうちょくちょく人に親切を施しては

セックスなりふれあいで回収できるほどヒマで金余りな大学生が世にいるんだなという呆れみたいなことでした

私にも統合失調やっちゃった親友がいたけれど、見舞いにさえいけず、

手紙電話で連絡しようとしたらその子の親にもう出してくれるなといわれた(病状のためにも、だったかも)。

たぶんそれを押して学業ほっぽりだしてたら?

電車代にも困っていたのに無理だとおもうけれど、もし借金する知恵でもあったら、

今度は自分の親にその子が悪役にされ、それはたしかにそのとおりだったろう。

それにわたしには上野ちづこさんふうにいうと1本あれば便利なチンコはついてなかったからそれを利用した慰め方も(壊し方も)できなかった。

 

で、私はその後めでたく結婚して生まれた娘も2歳のころから活字中毒で3-4歳からひらがなは完全黙読

(お友達いわく「**ちゃんさいしょは本いっぱい読んでくれたけど最近声ださなくてつまらない」)、

小学校に入る前に薬局の「薬」をみて「たのし!」と読んでいた。

その子が五年生の担任と日記愛読書告白しあうにいたる。子供文庫本の「しゃばけシリーズを挙げた。

こともあろうに担任はノルウェイの森をあげた。(この人アメリカ文学かぶれのイケメン50歳なんである

実家ももちろん文庫版のそれがころがっていて、子供青い鳥文庫といっしょに夏休みにもらってきた。

母こと私が気づいてすぐとりあげて139ページあたり読むともうこりゃダメだと。

短くはあるけれど直子と何したかそこまで正確?に描かなくてよろしい絶望

娘11歳の手に取るやいなやの読書は110ページあたりまでだったらしくてぎりぎりセーフ。

 

とりあげたついで最後までよんだけれど、ことさらセックスけが悪いんじゃない。

とにかくそのあともずっと周囲の人/間が自/殺しまくる話だと理解。

 

指折り数えていたがキヅキもナオコも遊び/人の先輩もその美/人の彼女も「自/殺した」。まるでよほど喪失をかかえたイケ/メン遊び/人主人公かまたはキヅキがそれほどうらやましいたいじゃないか、そんな主人公も今頃は、無駄な団/塊ジ/ュニア給料もらいすぎ、キャ/ンプいってダッ/チオー/ブンでも焦がしておけ、俺たちは車も買えないんだっていわれてるころじゃないか。なにがうらやましかろう。

なんというか、主人公は本質的によい人間なんだろうし、価値観は理解できるけど

今も昔も別にすすんで理解してあげたくない。

自分が完全に無駄な食い扶持であるという立場にきずつかない同世代の男は私をいらいらさせる。

まあ当時他にそういう小説がなかったというならそれはそのまま存在すればいいけれど。

 

私の旧友は紆余曲折あって結婚してネット書店をはじめていてくれた

文芸部ワープロうちもできなくて私にまかせていた子だし、今もネット勉強中だといっていたが)。

生きていてくれてありがとう。

追記 クソhatenaキーワードのせいで白字ネタバレ回避が利かなかった。

読んじゃった人ごめん

追記2 教職だった私の母は、「二十四の瞳」の大石先生お嬢さん教師ぶりが腹が立つといっていた。

そんなもんなんだろう。距離があれば美しくみえるものを近くから見た感想などは増田くらいでちょうどいい。

2009-09-08

もう会えないDの話

小学校の頃の話だ。

僕は、三回転校し三つの小学校を渡った。

僕が出会った中でもDは少し変わった雰囲気のあるヤツだった。

三年生の頃の事だ。

その時の担任は授業中にしょっちゅう脱線する、まあ割りと生徒に人気のある先生だった。

どこから、そんな話題になったかは覚えていないが「クレタ人のパラドクス」の話になった。

例の「『クレタ人は嘘つきだ』とクレタ人が言った」と言うヤツだ。

その頃の僕は「故事ことわざ辞典」が愛読書だったので、「こいつはムジュンというやつだな」くらいのことを思っていたはずだ。

Dは手を上げて

先生、その話は誰から聞いたの?」と質問にした。

「誰から聞いたとかそういう話じゃないんだよ」と先生は答えたはずだ。

Dは少し間をおいて

「じゃあ、嘘つきは先生だ」と言った。

これはそういう話じゃないんだという顔を先生はしたと思う。今現在の僕もそう思う。

ただ、「嘘つきは先生だ」というシンプル言葉は今でも覚えている。

そして、ムジュンを感じるような厄介な出来事に遭遇した時に、「嘘つき」はどこに潜んでるかわかったもんじゃないなと考える。

2009-07-07

彼女

裏返ってワサワサしてるコガネムシみたいな虫を

ちょいっとつまんで助けてあげてる男気?と優しさに惚れ直した

まさか俺の愛読書が「お茶にごす。」と知ってのことか!?

部長と違うところは、平気で虫をつかめるところだけど。

2009-06-29

finalventさんの日本語は、バカの私にゃ難しい

finalventさんの文章を興味深く読ませていただくことがたまにあるな、と考えていて、しかし、ほとんど書いてある事が日本語としてよく分からない、残念ながら(半分以上か)。

大変、失礼のような気もする、しかし、シンプルエントリーということもあり、読ませていただいてるのにどうかとも思うのだが、いつもは雰囲気で読んだような気になって流していた文章ではあるのだが、今日はちゃんと自分なりに翻訳を試みてみたいと思う。

そういえばと考えてみると人生観を決定づけた一冊の本としての「ソロモンの指環」

http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20090628/1246181415

翻訳始め)

私の人生観を決定づけた一冊の本ソロモンの指環」

つらつらと下らない事(※直前の数エントリーの事)を書いていて、なぜ私はそう考えて(※直前の数エントリーの事)生きてきたのだろうと考えてみると、「ソロモンの指環」という一冊の本に思い至った。

私は人間の性行動(恋愛なども含めて)というものを、動物のそれとして見ている。このヒトという種の特性はなんだろう?というふうに。

もしかするとそんな特性なんて無いのかもしれない。

ただ、種としての行動、特に性行動にはやはり基底となる特性があって、人間存在というのはそういうもの(性行動においてしばしば種として共通の特性を持つもの)なのだと思っている。

私は他者の性行動をおおまかに見る時は、動物の一種として見ている。もちろん、私も含めて人それぞれに違いはあるが、その違いは大したものではない。

私は自然科学少年だったので、津島佑子みたいに、芋虫を飼ったり、植物を育てたり、交配させたりという事を小学校低学年の頃からやっていた。

そして10歳までにはほとんどの生物について生殖に関する知識を得ていた。ただ人間も似たようなものだということは知らなかったので、知った時は驚いた。「うわ、人間やってらんないな、ぐへ」などと思った。

しかし、事実事実なので、それはそういうものなのだという事にしておき、ローレンツ博士の「ソロモンの指環」などを愛読していた。

(今思うと、ノーベル賞受賞前から読んでいたと思う。)

その後、デズモンド・モリスの「裸のサル動物学的人間像」なども読んだ。

この手のものは当時流行していた知識で、その流れの上に現れた栗本慎一郎の著作などもよく理解できた。

今にして思うと、ローレンツモリスも栗本も、偽科学なんだけど。

アマゾンの「ソロモンの指環」の読者評にこんなものがあった。

ドリトル先生+ムツゴロウさん, 2007/2/13

By タック (神奈川県) - レビューをすべて見る

 子供時代の愛読書は「ドリトル先生」だった。

大人になったらムツゴロウ王国に行きたいと思っていた。

 もしも僕がこの本を中学生くらいで読んでいたら、もっと動物寄りの

人生を選択したのではないだろうか。

人間をもっと動物的に見るようになっただけかもね。

翻訳終わり)

がんばったけど分からなかったところ

種というか類的な行動は特に性行動の基底にはあるわけで

人それぞれに違うし、ただ、私の違いもその程度の違いというか。

完全にギブアップ。かなり勝手解釈した。

そこはかとなく偽科学

「はっきりしないがなんとなく偽科学」?だろうか。例えばローレンツが書いていた事が一部、後になって間違いだと判明した件などを指しているのだと思われる。

2009-05-18

器用で不器用人間

当方、二十九歳。OL

小学生の頃にアトピーが体中にできて村八分に合い、そこから人間関係向上の為のスキルを磨く努力もせずに大人になってしまった。

コミュニケーションという能力において、著しく不器用。ブームに取り残されたオタクだから(BLとか楽しみ方がわかんないし、萌えるものより燃えるものが読みたい)とにかく話題のひきだしが狭くて浅い。相手が言葉キャッチボールをしようとグローブボールを用意してくれてるのに、私はひとりカバディをやって時間を消費させるとか日常茶飯事だし。

大勢の中にいる時の方がずっと孤独で、ひとりでいる時の方がずっと充実してる。

『非属の才能』とか、愛読書にしたいくらい面白かった。

そんなんだから男からも女からも嫌われている。

それはそれで構わないかなぁ…と思って、どうにか暮らしてきたのだけれど、ある時なにかのキッカケで恋人が出来て、お約束のように子どもが出来た。結婚して出産して離婚した。子どもは私が引き取ることにした。

人間、やはり守るものが出来ると考え方とか価値観も変わるらしく、「やっぱり、このままじゃいけないかなぁ…」とじんわりとした危機感に襲われて、手遅れだとは思いつつも人間関係向上をはかろうと努力してみることにした。

が、ネットでよく見る「人間関係をよくするライフハック」とか「人脈をひろげるためのtips」とか読んで勉強するんだけれども、如何せん他人に興味がわかない。そして下心が透けて見えるのか、頑張って実践しても結果に響かない。

仕事も頑張っているけれど、「紙の詰まったコピー機を直すのが得意」くらいじゃ、誰も評価してくれない。

結果ばかりを追い求めてはダメだ。とにかく誠実に対応することだけを心掛けよう…とは、思ってはいるものの、やはり器が小さいのか未熟者なのか、他人と比較しては落ち込んでしまう。

いろいろな技術進歩して、手先が不器用でも普通に生きていけるのに。人間関係不器用だと、ちょっとした頼み事をするのにも一苦労だ。事前に台詞を考えて脳内シミュレーションして、良い結果だった場合のお礼台詞まで考え、悪い結果だった場合の心の準備と、その後の自分の相手への対応まで気にする始末。そうやって何度も何パターンシミュレーションした挙げ句に、「こんなんなら自分でやった方が早いな」って思って何も頼まないとか。

そんなこんなで、なんとか試行錯誤を重ねている内に、最近ある法則に気付いた。

「男は肌を見せると優しい」

本当に馬鹿みたいに単純にチョロいと思うほどに。

アトピーの傷跡が残っているところもあるので、極端な肌見せは出来ないけれどデコルテはOKだった…っていうかむしろデコルテぐらいしか見せられるところがなかったので、積極的にキャミソールとか着るようにしてみた。首筋がスラッと見えるように束ねていただけの髪もアップにして、ちょっと今風っぽくしたりプラスアルファの工夫も取り入れる。

効果はというと、これまでの試みがアホらしく思えるほどに抜群。頼み事してもいないのに、助けてもらえるようになった。気軽に挨拶を交わし、私もなんとか当たり障りのない話題をふることで会話をつなげられるまでには成長していた。

テレビを見ないので最近芸人さんとかサッパリだけれど「教えてください」「すごい」「面白い」と言ってれば、表面上は会話が盛り上がってみえる。ただし全っ然、面白くないんだけれど。

ともかく自分は「これでマイナスゼロにした」つもりでいたのだけれど、残念ながら「男から優しくされる」イコール「女からひんしゅく買う」ってワケで。もうテンプレ通りの展開だよね。Dカップが裏目に出た。

これでプラマイゼロ。ってことは元がマイナスだっただけに、相変わらずのマイナスだ。残念。

OLとして生きていくには同僚からの総スカンだけは、なんとか避けなければならない。個人的に好かれているかどうかは別として、仕事だけは全うに相手してもらわないと娘が養えなくなる。

だから普段は避けている、いわゆる「井戸端会議」に参加するようになった。その場にはいない人間槍玉にあげて面白可笑しくこき下ろす例のアレ

本当になんというか、どうでもいい内容のオンパレード

だって自分上司ヅラだろうが、どんなハゲ方してようが、どうでもいい。女だってシワやシミ隠しに金と手間を掛けてアンチエイジングに取り組んでいるというのに、なんで男だけあんなに笑いものなんだろう。最近プチ整形だって広く受け入れられてきたようだし、育毛ぐらい許してあげなよって思う。営業の人がパチンコ仕事をサボっているであろう間に、それを糾弾している自分達は、仕事もせずになんっの生産性もない、こんな話にばかり時間を使ってさ。業務中に会社PCからブランドもののバッグをセリ落とそうとしているのなんかも私は知ってるから、五十歩百歩だと思う。…と、実は自分も業務中にこの記事を書いてるわけだから、本当にもういろんな意味で、どんぐりの背比べだよね。ごめんなさい。

とにかく大勢の中で生き残ろうとすると、どうしても『自分』が摩耗していく。他人の下世話な噂を聞いたり、たとえ表面上だけだとしても、それに同調するだけで、自分の中の小さな良心が少しずつ死んでいってる気がする。文字通りに「自分を殺している」。

以上、ここまでは普段、思っていたことの愚痴。これを書いてる途中で気がついたんだけれど、やっぱり私にもまだまだ反省点はあるわけで。

  • 「人から何かをしてもらおう」っていう気持ちばかりで「何かしてあげたい」っていう発想がない
  • 表面上のスキルばっかり気を遣ってて、中身が伴ってない。薄っぺら

どんぐりの背比べってあたり書いてて気づいたんだけれど、「男も女も、みんなくっだらない。バカばっかり!」とか憤慨してた訳だけれど「類は友を呼ぶ」ってことで、私がこんなんだから「そういう連中」しか寄ってこないんだろうね。

今まで、ずーっと天に向かって唾吐いてたってこと?

あーあ、私って本当にくっだらない。いい親になりたいのになぁ。

2009-01-31

東大には逆評定という本があってだな

そこには数年間のデータをもとに、講義講師リストがならべられている。

講義の得点期待度、単位期待度、おすすめ度やコメントなどが仔細にまとめられたこの本は多くの東大生の愛読書であり、

受講する講座を決めるときにはほぼ必須のものとなる。

なにしろうちの大学は、2年次に学部学科を決定する時にそれまでの成績順に学部を決めていくルールとなっており、

実際人気の学科に入れないからもういちど1年生やります(降年という)という人も居るくらいなのだ。

受験に際して熾烈な競争を繰り広げた後は、まだ大学内部で点数競争をしなければいけないのだ。

本当に腐っておる。などというのは簡単だが現状がこうでありそれを変えるだけの力がない以上は良い成績をとるしかない。

かくして皆は逆評定を片手に慎重に、良い成績を、なるべく楽に取れる講義を選ぶ。

友達の話をしよう。眼を皿のようにして逆評定を読み漁っていた彼は、ある講義へのコメントに目をとめた。

「最後の授業で試験すべて前ばらし」

(前ばらしとは試験の内容を授業中などに前もって教えてもらえることである。端的に言って、参考書片手に模範解答を作ってそれを丸暗記すれば満点がとれる)

単位期待度:A、成績期待度:A」

彼は友達をひきつれてその講義の受講登録をした。しかし来週からその教室に彼らの姿は無かった。

最後の授業で前ばらしがあるのならば、それだけ出席すれば十分だ、そう考えた彼を俺は責めることが出来ない。

楽をしたいと考えこと、それ自体は悪ではない。努力が素晴らしいのはそれがなんらかの(有形にしろ無形にしろ)プラスを生む場合である。

部屋が同様にきれいになるのであれば、手で掃除をしようが掃除機掃除をしようがそこに本質的な差は無いのだと思う。

そして講義最終日がやってきた。今日だけはひとことも聞き洩らさず講義を聞こう、そう思って彼は教室に赴いたそうだ。

教官はいつもと変わらず淡々と授業を行い、冬学期のその講義試験を残すのみとなった。前ばらしなど、なかった。

おかしい。まさか今年から前ばらしがなくなってしまったのか。彼は手当たり次第に先輩にあたり、去年同じ授業を受講していた先輩を発見した。

先輩曰く、去年も前ばらしなど無かったということである。

逆評定は一般の学生から集めたアンケートにより作られる。誰かが嘘をついたのか、あるいはとても古い情報が載ったままになっていたのかそれはわからないが、逆評定に頼りきったシステムの弱さが垣間見られた一件だった。

彼の不幸をメシウマだとは思わない。なぜなら俺も別の講義について逆評定に騙された一人だからだ。まじレポートとか無理。

時代錯誤社(逆評定出版元)さん、応援してるんでちゃんとした情報載せて下さい。これからもよろしくお願いします。

2008-10-01

http://anond.hatelabo.jp/20081001212805

なるほど。そういう考えもあるんだなあ。

正直ゲイの自分としてはそんな女性の欲望のために同性愛が選ばれるのって、たまったもんじゃないが…。

まあエロ本として活用したり、良いBL愛読書になってたりしてるからそこまで強気に言えないけど…。

>あまりにも無関心であるゆえに、結果的に無配慮になっているんだと思うよ

あーそう思うと、「ホモじゃないけど??」ってのが王道になってるのもわかるかも。

こういうのはたしかに達悪いなあ。

中にはBLを「同性愛推進派活動」って思ってる人もいて、

それって百合エロ描いてる人は「ビアン推進派活動」、エロ漫画描いてる人は「異性愛推進派活動」ってことなのか?おかしくね?

って正直ウゲってなる。

2008-07-09

雇用のときにきいちゃダメなことだらけなんだぜwww

血液型とか占いでもう採用するしかねえんだよ。日本雇用は。

マジやべぇ。日本終わりすぎ。

誰だかわからない人を形容するとき「どこの誰それ」というじゃない。

でもな、まず面接で「君どこの出身?」って聞いちゃだめなんだ。

意味ワカンネwww

ほら出身地で差別されることがあるから!

なんだソレ!

ま、出身地は部落の問題とかがあるからしょうがないのだろう。

まだそれくらいはわかってあげられる。

でもな、最近家族構成とかも聞いちゃダメなんだ。

一人っ子なのか兄弟いるのかがわかるだけで結構性格の基本的なところわかるだろ?

兄弟の兄なのか末っ子なのか・・・とか。

どんな家庭で育ったのかでそいつのキャラクターがわかるじゃないか。

続柄:父 サラリーマン

続柄:父 会社役員

続柄:父 農業

続柄:父 自由業

続柄:父 公務員

続柄:父 冒険旅行

どんな家庭で育ったかわかればそれに越したことはない。

でも、ほら母子家庭とかかもしれないからこれも聞いてはだめなんだと!

良家のぼっちゃんだけより好みされないように、親の学歴や収入、家の間取りとかも聞いちゃだめなんだ。

愛読書とかも思想にかかわることだから聞いちゃダメなんだぜwww

なんだそれ。

人となりを知りたくて面接するのに、個人情報なので質問できないとか、

もうね、いったいなんのための面接をするのかわかんねえよ。

そりゃ口利きだけで採用しろっちゅうようなもんだよな。

本人がもってくる情報だけで判断しろとか、

それで雇ったら本人辞めるいうまで辞めさせられないとか。

日本雇用まじやべぇ。

サラブレッド道産子馬とを走らせてみるまでわかんねぇっつうの。

2008-04-14

けだし、ガロアアーベルだと騒ぐのは、ずいぶんミーハーな心構えであって、 こんな調子で大学生活を送る学生は、「もぐりの数学者」にはなれても、立派 な数学者になれる事は少いのではないかとも思う。私の周囲の人で、立派な数 学者になっている人は、数学者の伝記ではなく、数学そのものに惹かれて数学 の道に入っているようである。高校時代にKleeneのIntroduction to metamathematics を読んで面白かったとか、ブルバキセミナーのセミナリーノー トシリーズ高校時代の愛読書であったとか、大学回生のとき、某大先生大学院生のための集中講義を聞きに行って「こりゃあ面白い」と思ったとか、 物理に進むつもりだったのが、友人につき合って岩沢健吉の「代数函数論」を 読んで、そのまま数学にはまってしまったとか、そういう人が偉くなっているようだ。 考えてみれば、当り前の話だとも言える。

http://www.ritsumei.ac.jp/se/~takayama/MathEssays/galois.html

2008-03-27

宇宙飛行士になりたいと思っていたと思っていた。

物心ついたときから俺は根っからの理系人間で、小学生のときから愛読書SFばっかりだった。

当然宇宙飛行士にはなりたかった。

でも前回の募集のときには俺は学生だったのであきらめた。

今回、宇宙飛行士の募集が始まると聞いて、あらためて考えてみた。

「俺は本当に宇宙飛行士になりたいのか?」

今土井がエンデバーに乗って宇宙から帰ってきたが。

10年、おそらく非常につらい訓練をへて、宇宙に行くのは一週間。

個人的に宇宙飛行士の知り合いはいないが、おそらく休日もあまりとれず、趣味時間もほとんどとれないだろう。

間違いなくいままでの友達付き合いはできなくなるんだろう。

ネットをチェックしたりする時間なんかねーな。

家族にはアメリカについていってもらわないといけないんだろうし、いろいろと苦労をかけるだろう。

「がんばれば夢はかなうんだ」なんてしらじらしいことばかり一年中いわなくてはならないんだろう。

本当にそこまでしてやることなのか?

もしかして、宇宙飛行士っていうのは女でいうキャビンアテンダントみたいなもんじゃないのか?っていう気もしてきた。

かつてはキャビンアテンダントは、美貌と能力を誇る女性花形職業だった。

でも実際に飛行機に乗ってみればわかる。

やっていることはそのあたりの店のただのウェイトレスと全然かわらない。

マニュアルにのっているとおりに客に食事をだし、対応をする。

英会話だって日常英会話以上のものは必要とされない。

今ではキャビンアテンダントになるのはせいぜい高卒短大卒くらいだろう。

どんなに美人だって、俺の大卒女友達の中でキャビンアテンダント就職先の候補に考えるやつはいなかった。

いまだにキャビンアテンダントがもてはやされるのは日本を含めた数カ国らしいぜ。

宇宙飛行士も同じじゃないのか?

宇宙空間で、与えられた指示書を元に、「きぼう」を組み立てる。

地上の科学者たちの指示のもと実験をして、記録をする。

科学知識と英語キャビンアテンダントよりは必要だが、所詮は指示されて動くだけの仕事ということは同じだ。

決して創造的な仕事ではない。

自分の今やっている仕事の方が創造性という点では上なんじゃないかという気もしてきた。

俺は宇宙飛行士なんか目指さずに、今の仕事を続けた方が後悔しないんじゃないのか?

家庭を犠牲にして、もしかして自分の人生も犠牲にするんじゃないのか?

(そもそも受けたとしても、てめーは受かんねーよ、というのはおいておいてだな、とりあえず。)

2007-11-13

貧相な読書歴の中で愛読書に酔い、自分の言葉に酔う

それが20年前、高校文芸部がガリで刷る「部報」であれば、あるいは少数の感受性の高い少女文学少女を除く)をひきつけたかもしれない。が、21世紀初頭のネットでは、その青さが暴き立てられるだけ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/emptiness/20071112/p1

スイーツ脳がいる我が家の事例

とにかく甘い物に目がない。

もともとグルメでお取り寄せ好きだったが、ここ数年のデパ地下ブームとスイーツブームで完全に覚醒した。

スイーツ特集が載っている本ならCancamだろうがhanakoだろうがなんでも買ってくる。

1日限定○個、有名パティシェのどうたらな単語の羅列にとことん弱い。

ネット口コミチェックも欠かさない、それから地図プリントアウトして、家族の分も大量に買ってくる。

誕生日やら記念日やらなにかにつけておそらく自分が食べたい一心で

一口サイズのおしゃれな細工がしてあるケーキを全種類とか、

これどこから食べればいいんだと迷うような凝ったケーキを買ってくる。

自由ヶ丘スイーツフォレストなんかは当たり前のようにオープン日に行って並んでいた。

当然銀座やあらゆる地域のデパートショップオープン情報も掌握している。

私は甘い物は人並みに好きな程度で、エヴァンが高級チョコレート程度の知識しか持ち合わせてない。

母は洋菓子の類は好きではないし、大学生の弟は果物くらいしか食べない。

だから高級スイーツを買ってきても誰も手をつけないので、買ってきた本人がほとんど一人で平らげてしまっている。

歳を考えろ糖尿になるよと言ってもまったく耳を貸さない。

愛読書西原理恵子村上春樹、好きなアーティストクラムボン、好きな映画シザーハンズ

そんな父(51歳)。

2007-10-03

anond:20071003200745

自動車教習所教官には3種類ぐらいの人間がいて、1にはは警官崩れ。安全運転に異常に厳しい。使命感に燃えているのもこっちのほうの人。2には運輸業会崩れ。使うために大特とか牽引とか取った人。女性教官に意外に多い。で、3にはは走り屋崩れ。クルマをいかに上手に扱うかに御執心。中にはほんとにやんちゃしてた人もいる(主に10代の頃)。

3番目のような人たちならイニD愛読書でも全然不思議ではない。

そしてどれに教わったら楽しくて為になるかは言うまでもない。

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