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はてなキーワード: イズミルとは

2024-06-27

anond:20240627000823

セックスってお前、あれは変な格好を女にさせるだろ?」

イズミルがまた猥談をし始めているが私はほとんど聞いていない。それどころではないのだ。

「向かい合ってするとカエルみたいな格好をさせちまう。だから俺はぶち込む時は後ろからって決めてんだ。犬の格好になるからカエルよりは犬の方が生き物として”じょうとう“だそうじゃねぇか。そうだろセンセイ?」

ドクター苦笑いしている。俺は「そん時はお前も腰をヘコヘコ動かしてずいぶん変な格好をしてるんだが」と思うが口にはしない。イズミルは止まらず「なぁ、こう見えてセンセイはセックスではすげぇんだぞ。俺は知ってますよ、センセイがアムステルダムのぜんぶの娼館で出入り禁止になってるってね」と言ってドクターにいやらしい笑みを浮かべる。そのネタだけで何度女を奢ってもらおうとするんだ、この男は。

しかドクターサイモンも実際のところかなりの好きもので、日暮れを待ちきれぬようにしてイズミルと連れ立って裏口から宿を出て行った。

やっと静かになり、俺はこの状況を直視する。

ここは、セントクリストファーネビスでは、ない。

船員の中で俺とギジェルモだけがかつてここに、いや、「セントクリストファーネビスに」来たことがある。

ここはそもそも双子島だったはずだ。しかし俺たちが入港した島は完全なる孤島だった。海は穏やかで空も晴れていて視界は良好だったのにだ。俺とギジェルモは入港を止めるように進言したが、先般の嵐で肉体的にも精神的にも疲れ切っている船員たちを慮って船長は入港を決めた。

そしてその港。一見ごく平和で居心地も良さそうに見え、見覚えのある景色もあるのだが、全てが少しずつおかしい。

まずは住民の目だ。元々知的とは言い難いが好意好奇心をもって外国船に接していた彼らの目は、愛想を表現するどころか視覚機能しているかもわからない、ただの暗い穴となっている。ここの言葉に詳しいギジェルモが話しかけても、あらかじめ教えられているかのような必要最小限の応答だけを、俺たちの言葉で返す。きれいな発音で。不便はない。むしろ諸々の交渉は楽に進んだが、障害がなさすぎて気持ちが悪い。

この宿も変だ。俺は宿に入る前に船から下ろした羊と鶏を裏手の庭に連れていった。その時に建物をぐるりと回ったのだが、中に入ってみると明らかに広すぎる。間口が35歩、奥行が25歩くらいしかなかったはずだ。長く延びた廊下の長さは50歩ではきかないだろう。しかもその両側にいくつも扉があり、それぞれの扉の奥にはここのような広い部屋が配置されている(と思われる)。廊下の様子を思い出すと、扉同士の間隔とこの部屋の広さも矛盾していたように思う。

入港時に感じた違和感、この宿の扉をくぐる時に感じた違和感、そしてこの部屋に入る際に感じた違和感。全て似ている。首筋を死んだ獣の毛皮で撫でられるような。恐怖と警戒心と、ほんの少しの陶酔を与えるような。

ドクターイズミルは、裏庭につながるであろう廊下側とは逆の出口から出ていったが、果たしてそれは本当に外につながっていたのだろうか。俺は裏口の戸を開いてみる。

平和風景に俺はほっと息を吐いた。さっき放した羊たちが草を喰み、鶏は久しぶりの地面を確かめるように無意味に駆け回っている。

と、一羽の鶏が卵を産み落とした。

瞬間、卵は見えない手にに拾い上げられるように宙に浮き、ペしゃりと音を立てて潰れた。空中から卵液が滴り落ち、殻がポロポロと地面に撒かれる。俺と同じようにその光景に驚いた一頭の羊が駆け出して、さっきこしらえた簡易柵を乗り越えた、と同時に前足と頭、後ろ足と尻尾が逆方向に回転し、哀れな家畜は空中で捻り殺された。

俺は咄嗟に戸を閉め、騒ぐ羊と鶏たちの声ごと締め出すようにして、戸を背に立ち尽くす。

ここは、セントクリストファーネビスでは、ない。

どころか、俺が今まで知っている世界でもない。

ここにはおそらくルールがある。俺の知っている世界とは別のルールが。

それを俺は理解しないといけない。できるだけ早く。手遅れにならないうちに。

2024-06-26

anond:20240625143241

セントクリストファーネビス、強い日差しと乾き切った風が、港に停泊中の船たちの輪郭をやけにはっきりと浮かび上がらせている。空は書き割りのようにわざとらしく青く、海鳥の鳴き声は長閑さをアピールするようで、入港する前からずっと漂っているのは、強い柑橘芳香

すべてがそうあるべく調っていて、それが俺にはあのクソ貿易会社役員笑顔を思い起こさせる。過度の調和がもたらすある種の胡散臭さに、俺は嫌でも敏感になってしまっていた。

からというわけでもないのだが、今回は俺は陸に上がる気はなかった。3日ほどの短い寄港だし、船内で整備すべき箇所も多くある。前の嵐の傷がそこかしこ結構残っているのだ。もちろん積荷の確認もしなければならない。そう伝えるとイズミルはお前は他の港でも陸に上がりたがらないじゃないかと俺を奇人呼ばわりするが、生まれてこのかた船上で過ごした時間の方が長い俺にとって、揺れない寝床は少し落ち着かないというのが一番大きい理由かもしれない。

 

とはいえ昨晩の船の揺れは大きかった。波も入らなさそうな港だったのにと訝りながら朝甲板に出ると、船は一夜にして別の場所に移動していた。

一度船室に戻って顔を洗い、少し落ち着きを取り戻して状況を確認する。

周囲の状況をつぶさに目視で観察し、昨日の港の様子をできるだけ克明に思い出し、残った何人かの船員とも話し合った結果、俺たちが到達した結論は、夜のうちに大きな(巨大すぎる)地形の変動があった、というものだった。

よく見るとところどころに昨日と同じ風景が見える。ただそれはどれもある一定の方向に傾いている。昨日イズミルが跳ねるように走って降りていった埠頭はすっかり水面下に沈んでいて、そこに立っていた小屋屋根の一部を残して水に浸かっている。海岸線は船を遠く離れて昨日は丘であったはずの果樹園まで達していて、その奥に見えていた島の最高峰もその山容を変えている。反対に船の後方、昨日俺たちが入港してきた海側は迫り上がって昨日は海底だっただろう濡れた地面が露出していて、堤防のように連なっている。この島全体がなんらかの力で大きく傾いた、そうとしか思えない光景だった。

こうして港の出入口は完全に塞がれ、俺たちの船は大きめの池の中に閉じ込められた体となった。

この時点で俺は十分に困惑していたが、真に困難な事態がもたらされるのは、その夜、誰も入れないはずの「港」に月光差し込んできた時のことだった。

 
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