「本気で好きだと思ってない、付き合ってもいいと思ってない女の子に、かわいいとか言ってはいけない」と言われたことがある。
そんなことを言われた女性はその男のことを好きになってしまうかららしい。
だったら、男は友達としてはいいけど付き合う気があるかというと肯定はできない、そんな女性とどう接したらいいのか。
一緒にアルバイトをしていた同い年の女の子と、あることがきっかけで急に仲良くなったことがあった。
その子はいつも明るくて、ニコニコしていて、ちょっとアニメオタクっぽいところがあって、どこか子供っぽいというか、あまりモテるタイプではなかった。全然そういう話をしなかったので定かではないけど、今までに誰とも付き合ったことがないと言われても驚かなかっただろう。
たまたま一緒になれば少し話はするけど、二人になったこともないし、連絡を取ることもない、そんな仲だった。
ある日、自分がバイト先に行くと、彼女が休憩室にいたのだが、いつもと明らかに様子が違う。あからさまに落ち込んでいる。ため息もついている。まわりにも何人か人はいたけど、仕事で忙しいのもあって、誰もちゃんと声をかけようとはしない。
自分はあまり人の相談に積極的に乗るような人間ではなかったけど、さすがに様子がおかしいので声をかけた。
「どうしたの」と。
そうしたらいろいろ話してくれた。当時自分たちは学生で、その彼女はけっこう大変なゼミに所属していた。内容はよくある話で、周りの人はがんばってるのに、自分だけ研究が進まない、という話だった。
そして、ここのバイトの人たちはみんな真面目だから、いたたまれなくなってしまうのだと。
そこで自分は正直に思うことを話した。
いや、みんなが真面目なわけじゃなくて、バイトをしている姿しか見てないからそう感じるのであって、みんなが家でだらだらしてるところを見ればそんなこと感じなくなるでしょ、というようなことを言った。
すると、そのことで少し彼女が元気になってくれたみたいで、表情に明るさが戻った。
自分にとっては、ありきたりな会話としか思わなかったけど、そのことがきっかけで、彼女と連絡を取るようになった。
最初は他愛もない話をしていたけど、そのうちに話題がいろいろな方向にいって、その流れで、二人で猫カフェに行くことになった。
はじめは自分も「二人だけになるのって変な感じがするな」と思っていたけど、実際に行ってみると落ち着く空間でするおしゃべりが楽しくて、ついつい長居してしまった。
自分は男性だけど、結論もなく長い時間話しているのが好きなので、あっという間の楽しい時間だった。
付き合っているわけではない人と、夜景を観に行ったり、買い物に行ったり、なんとも言えない距離感とどきどき感を、もう大学生も終わりに近いくらいの年齢で初めて感じていた。二人だけで夜の観覧車に乗ったり、クリスマスシーズンのイルミネーションを観に行ったりもした。
付き合いたいという気持ちはなかったけど、でも話が弾むし、自分のつまらない話もちゃんと聞いてくれる。これを友情というものだと、そのときの自分は思っていた。
それからしばらくして、地元の女の友達(上の彼女のことは知らない)にこのことを話した。
言われたのはこの一言。
「そういうのは男が絶対やっちゃいけないこと」
彼女に言わせると、向こうの女性は自分のことをきっと好きになっている。付き合うために、距離を詰めようとしている。それを自分は断らずに、こちらからも距離を詰めるような素振りをしている。なのに、本心では付き合う気がない。その女性の気持ちをもてあそんでいる。これほどタチの悪い男はいない。その女性のためにも、二人で会うのをやめろ、と。
いや、きっと向こうも友達だと思っているはず、と言っても、友達だと思ってる男と二人で夜景なんか観に行かない、と。
これはさすがにショックで、自分が気持ちをもてあそんでるなんていう意識はなかった。むしろ誘ってもらってばかりでは悪いからこっちからも誘っていたりもした。
そのことを客観的に見られるとそういうことになるのか、と、償いきれない罪を犯したような気分になっていた。
それが大学生の最後の時期で、大学卒業とともに彼女は遠いところに行ってしまって、連絡を取ることもあまりなくなった。
向こうも自分を友達だと思ってくれていた、そう信じたいけど、彼女を少しでも辛い気分をさせているのではないかと思うと、あれから何年も経った今でも胸が苦しくなる。
そしていまだに、自分は女性の友達としてもいいこととしてはいけないことの境界がわからない。わからないけど、今でも付き合うつもりはない女性と二人で出かけたり、電話で話したりしている。自分はこういう時間が好きだから誘ってしまうけど、実はこれもアウトなのか。相手の女性の気持ちをもてあそんでいることになるのか。このあたりが本当にわからない。自分が10代の頃にほとんど女子と接点がなかったから、そのあたりの感覚を持ち合わせていないからわからないのか、それとも、友達に言われた通り、本当にたちの悪い男というのは自分のような男なのだろうか。そうだとしたら、自分のような人間と、「モテる」人というのは、どこが違うのか。