Amazonのレビューなどに書くと過去のレビューから身バレする可能性があるのと、わざわざ別アカウントを作ってまで批評するほどのものではないと思ったので、こちらに書きます。
初めに断っておきますが、本稿は別に加藤文元先生の人格や業績などを否定しているわけではありません。また、IUT理論やその研究者に対する批判でもありません。「IUT理論が間違っている」とか「望月論文の査読体制に問題がある」などと言う話と本稿は全く無関係です。単純にこの本に対する感想でしかありません。
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加藤文元先生の「宇宙と宇宙をつなぐ数学 - IUT理論の衝撃」を読みました。結論から言って、読む価値の無い本でした。その理由は、
「ほとんど内容がない」
本書は、RIMS(京都大学数理解析研究所)の望月新一教授が発表した数学の理論である、IUT理論(宇宙際タイヒミューラー理論)の一般向けの解説書です。
1~3章では、数学の研究活動一般の説明や、著者と望月教授の交流の話をし、それを踏まえて、IUT理論が画期的であること、またそれ故に多くの数学者には容易には受け入れられないことなどを説明しています。
4~7章では、IUT理論の基本理念(だと著者が考えているアイデア)を説明しています。技術的な詳細には立ち入らず、アイデアを象徴する用語やフレーズを多用し、それに対する概念的な説明や喩えを与えています。
まず、数学科の学部3年生以上の予備知識がある人は、8章だけ読めばいいです。1~7章を読んで得られるものはありません。これはつまり「本書の大部分は、IUT理論と本質的に関係ない」ということです。これについては後述します。
1~3章は、論文が受理されるまでの流れなどの一般向けに興味深そうな内容もありましたが、本質的には「言い訳」をしているだけです。
などの言い訳が繰り返し述べられているだけであり、前述の論文発表の流れなどもその補足のために書かれているに過ぎません。こういうことは、数学者コミュニティの中でIUT理論に懐疑的な人達に説明すればいい話であって、一般人に長々と説明するような内容ではないと思います。もっとも、著者が一般大衆も含めほとんどの人がIUT理論に懐疑的であると認識して本書を書いたのなら話は別ですが。
4~7章は、「足し算と掛け算の『正則構造』を分離する」とか「複数の『舞台』の間で対称性通信を行う」などの抽象的なフレーズが繰り返し出てくるだけで、それ自体の内容は実質的に説明されていません。
のように、そこに出てくる「用語」にごく初等的な喩えを与えているだけであり、それが理論の中で具体的にどう用いられるのかは全く分かりません(これに関して何が問題なのかは後述します)。そもそも、本書を手に取るような人、特に1~3章の背景に共感できるような人は、ここに書いてあるようなことは既に理解しているのではないでしょうか。特に6~7章などは、多くのページを費やしているわりに、数学書に換算して1~2ページ程度の内容しか無く(誇張ではなく)、極めて退屈でした。
8章はIUT理論の解説ですが、前章までに述べたことを形式的につなぎ合わせただけで、実質的な内容はありません。つまり、既に述べたことを並べて再掲して「こういう順番で議論が進みます」と言っているだけであり、ほとんど新しい情報は出て来ません。この章で新しく出てくる、あるいはより詳しく解説される部分にしても、
複数の数学の舞台で対称性通信をすることで、「N logΘ ≦ log(q) + c」という不等式が示されます。Θやqの意味は分からなくてもいいです。
今まで述べたことは局所的な話です。局所的な結果を束ねて大域的な結果にする必要があります。しかし、これ以上は技術的になるので説明できません。
のような調子で話が進みます。いくら専門書ではないとはいえ、これが許されるなら何書いてもいいってことにならないでしょうか。力学の解説書で「F = maという式が成り立ちます。Fやmなどの意味は分からなくていいです」と言っているようなものだと思います。
本書の最大の問題点は、「本書の大部分がIUT理論と本質的に関係ない」ということです(少なくとも、私にはそうとしか思えません)。もちろん、どちらも「数学である」という程度の意味では関係がありますが、それだけなのです。これがどういうことか、少し説明します。
たとえば、日本には「類体論」の一般向けの解説書がたくさんあります。そして、そのほとんどの本には、たとえば
奇素数pに対して、√pは三角関数の特殊値の和で表される。(たとえば、√5 = cos(2π/5) - cos(4π/5) - cos(6π/5) + cos(8π/5)、√7 = sin(2π/7) + sin(4π/7) - sin(6π/7) + sin(8π/7) - sin(10π/7) - sin(12π/7))
4で割って1あまる素数pは、p = x^2 + y^2の形に表される。(たとえば、5 = 1^2 + 2^2、13 = 2^2 + 3^2)
のような例が載っていると思います。なぜこういう例を載せるかと言えば、それが類体論の典型的で重要な例だからです。もちろん、これらはごく特殊な例に過ぎず、類体論の一般論を説明し尽くしているわけではありません。また、類体論の一般的な定理の証明に伴う困難は、これらの例とはほとんど関係ありません。そういう意味では、これらの例は類体論の理論的な本質を示しているわけではありません。しかし、これらの例を通じて「類体論が論ずる典型的な現象」は説明できるわけです。
もう一つ、より初等的な例を出しましょう。理系なら誰でも知っている微分積分です。何回でも微分可能な実関数fをとります。そして、fが仮に以下のような無限級数に展開できたとします。
f(x) = a_0 + a_1 x + a_2 x^2 + ... (a_n ∈ ℝ)
このとき、両辺を微分して比較すれば、各係数a_nは決まります。「a_n = (d^n f/dx^n (0))/n!」です。右辺の級数を項別に微分したり積分したりしていい場合、これはかなり豊かな理論を生みます。たとえば、等比級数の和の公式から
1/(1 + x^2) = 1 - x^2 + x^4 - x^6 + ... (|x| < 1)
arctan(x) = x - x^3/3 + x^5/5 - x^7/7 + ...
π/4 = 1 -1/3 + 1/5 - 1/7 + ...
のような非自明な等式を得ることができます。これは実際に正しい式です。また、たとえば
dy/dx - Ay = B (A, B ∈ ℝ、A≠0)
のような微分方程式も「y(x) = a_0 + a_1 x + a_2 x^2 + ...」のように展開できて項別に微分していいとすれば、
よって、
a_0 = -B/A + C (Cは任意の定数)とおけば、
- a_n = C A^n/n! (n ≧ 1)
「e^x = Σx^n/n!」なので、これを満たすのは「y = -B/A + Ce^(Ax)」と分かります。
上の計算を正当化する過程で最も困難な箇所は、このような級数が収束するかどうか、または項別に微分や積分ができるかどうかを論ずるところです。当然、これを数学科向けに説明するならば、そこが最も本質的な箇所になります。しかし、そのような厳密な議論とは独立に「微分積分が論ずる典型的な現象」を説明することはできるわけです。
一般向けの数学の本に期待されることは、この「典型的な現象」を示すことだと思います。ところが、本書では「IUT理論が論ずる典型的な現象」が数学的に意味のある形では全く示されていません。その代わり、「足し算と掛け算を分離する」とか「宇宙間の対称性通信を行う」などの抽象的なフレーズと、それに対するたとえ話が羅列されているだけです。本書にも群論などの解説は出て来ますが、これは単に上のフレーズに出てくる単語の注釈でしかなく、「実際にIUT理論の中でこういう例を考える」という解説ではありません。これは、上の類体論の例で言えば、二次体も円分体も登場せず、「剰余とは、たとえば13 = 4 * 3 + 1の1のことです」とか「素因数分解ができるとは、たとえば60 = 2^2 * 3 * 5のように書けるということです」のような本質的に関係のない解説しかないようなものです。
もちろん、「本書はそういう方針で書く」ということは本文中で繰り返し述べられていますから、そこを批判するのはお門違いなのかも知れません。しかし、それを考慮しても本書はあまりにも内容が薄いです。上に述べたように、誇張でも何でもなく、数学的に意味のある内容は数学書に換算して数ページ程度しか書かれていません。一般向けの数学の本でも、たとえば高木貞治の「近世数学史談」などは平易な言葉で書かれつつも非常に内容が豊富です。そういう内容を期待しているなら、本書を読む意味はありません。
繰り返し述べるように本書には数学的に意味のある内容はほとんどありません。だから、極端なことを言えば「1 + 1 = 2」や「1 + 2 = 3」のような自明な式を「宇宙と宇宙をつなぐ」「正則構造を変形する」みたいに言い換えたとしても、本書と形式的に同じものが書けてしまうでしょう。いやもっと言えば、そのような言い換えの裏にあるものが数学的に正しい命題・意味のある命題である必要すらありません。本書は少なくとも著者以外にはそういうものと区別が付きません。
ここまでネガティブなことを書いておいて、何食わぬ顔でTwitterで加藤先生のツイートを拝見したり、東工大や京大に出向いたりするのは、人としての信義に反する気がするので、前向きなことも書いておきます。
まず、私は加藤先生のファンなので、本書の続編が出たら買って読むと思います。まあ、ご本人はこんな記事は読んでいないでしょうが、私の考えが人づてに伝わることはあるかも知れませんから、「続編が出るならこんなことを書いてほしい」ということを書きます。
まず、上にも書いたような「IUT理論が論ずる典型的な現象」を数学的に意味のある形で書いていただきたいです。類体論で言う、二次体や円分体における素イデアル分解などに相当するものです。
そして、IUT理論と既存の数学との繋がりを明確にしていただきたいです。これは論理的な側面と直感的な側面の両方を意味します。
論理的な側面は単純です。つまり、IUT理論に用いられる既存の重要な定理、およびIUT理論から導かれる重要な定理を、正式なステートメントで証明抜きで紹介していただきたいです。これはたとえば、Weil予想からRamanujan予想が従うとか、谷山-志村予想からFermatの最終定理が従うとか、そういう類のものです。
直感的な側面は、既存の数学からのアナロジーの部分をより専門的に解説していただきたいです。たとえば、楕円曲線のTate加群が1次のホモロジー群のl進類似であるとか、Galois理論が位相空間における被覆空間の理論の類似になっているとか、そういう類のものです。
以上です。
加藤文元先生、望月新一先生、およびIUT理論の研究・普及に努めていらっしゃるすべての方々の益々のご健勝とご活躍を心からお祈り申し上げます。
加藤文元先生には、IUT理論よりもp進解析やリジッド解析を解説して欲しい。
そもそもIUTとかトンデモだろ
俺「望月教授は小保方さんと違って今までの業績があるから!」 外人「今までの業績は世界の複数の数学者に検証されるプロセスを経たから業績になってるんだろ?ABC予想証明も同じプ...
以前望月論文批判してたのと同じ増田かな?
違います。
素人にはアレとコレの区別がつかないのか。
午後イチに読んだら昼寝したくなった。お休み。
加藤先生にはお世話になってるけど、あの本はまあ少なくとも数学科の人が読む価値はない。それは軽く立ち読みしただけでもわかった。
数学科の人が読む価値はないというのは分かるにせよ、その割には数式が多すぎて一般ピープルにも刺さりにくいと思うのだが、どうか。 というか数学科の人は「これくらいわかりやす...
計算するだけじゃん
何を指して 数式が多すぎ と言っているの
長々と書いている割に数学的な内容は全くないのだから、むしろ「何か理解できてしまったのなら、逆にすごい」と思う
この本で数学的に意味のある記述って、 abc予想のステートメント 強いabc予想からフェルマーの最終定理を導く 位数4の巡回群、位数8の二面体群、4次対称群の定義 「Nlog(q) ≦ log(q)...
多分すげーわかりやすく書かれてる文章なんだけど全然わからなくてすまん お詫びにブクマをやろう
某氏が「Ubuntuの派生ディストリビューションを、技術者コミュニティに普及させてみたけど、民度が低下しただけで後悔している」と言っていたが、これと同じ理由で数学なんて普及さ...
たとえるなら、こういうことです 「微分について解説します」と言ってる本なのに、微分の定義はもちろん、「平均の速さ」みたいな例すら出てこなくて 「無限回の計算を有限回で行...
一般書だからいいけど、仮に大学の先生が学生にこういう本を勧めていたとしたら、世も末だなと思う
サイモン・シンのフェルマーの最終定理はドキュメンタリーだけど、こっちは解説書だからね そりゃ数学的な内容がないと価値ない
でもあれ門外漢にもすごい面白く感じたわ。 あれこそテレビ屋の本領発揮って感じなんだろうな。
Amazonレビューでは「数式を使わずに難しい内容を説明している」とあるが、そもそも何も説明していないということ
この本は「IUTTはすごい理論だ」という以上に具体的なことは何も書かれちゃいない 内容がないんだから「相対性理論はすごい理論だ」「量子力学はすごい理論だ」「超ひも理論はすご...
数学で重要なことなんかほかにいくらでもあるんだから、そっちを解説したほうが建設的
代数なんてクソの役にも立たない 21世紀にもなって数論や代数幾何が高尚なものだと思ってるのは日本人だけ 解析の学者が数学の本を書くべき
√3 = sin(2π/3) - sin(2π/3)
√2 = 2cos(π/4)
文句があるならお前が書け
理解したいなら論文を読めばいい
「相対性理論について解説する」と言いながら、「相対とは、100km/hで走ってある車から見ると、同じ方向に120km/hで走っている車は、20km/hで走っていると見なせるということです」みたい...
「群論の初歩」というタイトルのほうが内容とマッチしている
そもそもIUT理論なんて、数学者の中のごく一部のさらにごく一部でしか盛り上がっていない分野であって、それを一般人向けに解説するというのがそもそもズレてるよね。 プログラミン...
この本は数学書ではない。あまりにも内容が無さすぎる。そして、文芸作品としても大して完成度は高くない。 バカ発見器みたいなもの。数学コミュニティ・出版コミュニティ内の社交...
生前、後世の評価ほど評価されなかった数学者は、ガロアとかリーマンとかいるけど、望月もそのタイプかもね。 まあ、ぶっちゃけIUT理論が現在の数学に与える貢献が無いと思われてる...
論文が掲載されたって、ウチワのサーヴェイでしか引用されてないし、新しい結果も出てないんでしょ? 今、数論専攻でRIMSの修士課程に入学すると、IUT理論の人柱にされるのかな?
ふつうの本は詳細が割愛されてても、専門家には「ここは正確にはこういうことが書いてある」ってことが分かるが、IUT理論の内容は望月の脳内にしかないからな
なぜ、この本の読者は分かりもしないことを、絶賛するのだろう? https://bookmeter.com/books/13714844 https://booklive.jp/review/list/title_id/611707/vol_no/001 https://www.amazon.co.jp/-/en/gp/aw/reviews/404400417X/ref=cm_c...
IUT理論、NHKでも特集やるんだってよ 本職の数学者の間で相手にされてないから、一般メディアで宣伝するのって、トンデモ科学と何が違うの?? https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/episode/te/...
番組後半については、望月本人が「トンデモ系路線」だと批判している。 https://plaza.rakuten.co.jp/shinichi0329/diary/202205020000/ というか数論幾何(おそらく現代数学で一番難解な分野)の専門...
望月のブログにもあるが、19世紀の数学(高木「近世数学史談」の後半の楕円関数論や、岩澤「代数函数論」の序文の内容)を分かりやすく解説できないような人が、現代数学の解説をす...
宇宙際タイヒミューラー理論は、 正しいかどうか議論が続いている のではなく、 RIMS周辺の学者以外誰も相手にしていない が正しいと思います。数学には他に重要な理論がたくさん...
この本の学問的な存在意義が分からない プロの研究者が理解できないか興味すら持っていない理論を一般向けに紹介して何がしたいのっていう
文庫版が出た 内容はほとんど変わってないようだ
同氏が行なっているような理論の普及活動に取り掛かる前に、まず自分自身、理論を適切に、きちんとした形で理解する必要があります。限定的な、中途半端な理解しかないまま活動を...
もはやカルトだな https://twitter.com/nhigh_info/status/1666014619402633216?
Twitterの数学界隈に、IUT理論に対する否定的意見がほとんど無いのが、かなり気持ち悪い。
これ、「頭よくないけど高度な数学を理解した気になりたい」っていうコンプレックスにつけこんだビジネスだよね
阪大の数学者の見解「望月論文は、客観的に見たら、現在の数学界のコンセンサスは得ていない」 https://youtu.be/uJPenpkJH10?si=VveKZ4IWvKNSdA9W