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2009-07-11

気が付いたら不思議な部屋に立っていた。

目の前には扉が二つ。

にこやかな笑みを湛える爽やかな青年と、体調の優れない中年女性がドアノブを握っていた。

女の人の窪んだ目が気味悪かった僕は、青年に近寄って声をかけた。

「ここはどこですか?」

「ようこそ。ここは裕福な扉です。どうぞ、お通りください」

そう言って、青年は扉を開き僕をくぐらせた。

目の前に広がる、ついさっき見たばかりの光景

青年女性とがそれぞれのドアノブを握る部屋に辿り着いた。

わけの分からない僕は、再び青年に声をかける。

「ここはどこですか?」

「ようこそ。ここは裕福な扉です。どうぞ、お通りください」

そう言って、青年は扉を開き再び僕をくぐらせた。

目の前にはついさっき通り抜けたばかりの光景が広がっていた。

三度同じことが続いた僕は今度こそ事情を確かめようと勇んで青年に近づいた。

「どうしてあの女性は体調が優れないのですか?」

「ようこそ。ここは裕福な扉です。彼女は貧しい扉の担当なので、あのような姿になっているのです」

「助けてあげないのですか?」

「私は扉を開けることだけが仕事ですので」

苦笑して、青年はまた僕を扉の奥へと向かわせた。

四度目に辿り着いた部屋には、少し変化があった。

ずっと立っていたはずの女性が、膝を折っていたのだ。

姿を気の毒に思いながらも、僕は青年に近づいていく。

「辛そうですね、彼女

「ようこそ。ここは裕福な扉です。仰るとおりですね。可哀想です」

会話をして、再び扉をくぐった。

次の部屋で、女性は床にぐったりと倒れていた。

手だけが執念深くドアノブを握っているのが印象的だった。

向けられる、鋭い眼光が怖かった。

僕は青年に声をかける。

彼女、怖いですね」

「ようこそ。ここは裕福な扉です。貧しいと心まで荒んできますからね。仕方ないことですよ」

そうして僕は、再び背中を押されて扉をくぐった。

彼女は、徐々に衰弱しているようだった。

扉をくぐるごとに身体は痩せ細り、嫌な臭いを発するようになってきていた。

気の毒に思いながらも、僕はずっと青年ノブを握る扉へと足を向ける。

とうとう女性の手がノブからも離れてしまったのを見たとき、初めて声を荒げた。

「どうして彼女を助けてあげないのですか。あなたはずっと同じ部屋にいるのでしょう?」

問い掛けに、青年は一層浮かべた笑みを深くさせて返事を述べた。

「ようこそ。ここは裕福な扉です。あなたはお優しい人ですね。思うのならば、声をかけてあげたらよかったのに」

言葉に、僕はすっと腹の底が冷えていくのを感じた。

「あなたは私がずっと同じ部屋にいたと言いましたよね。でも、それはあなたにしたって同じだったのではありませんか? ずっと同じ部屋を通り抜けてきていた。なのに、どうして私にばかり近づいてきたんです」

それは、と反論を試みた僕を片手で制して、青年は穏やかな笑みを浮かべる。

「いいんですよ。仕方のないことなのです。何もあなたが悪いことをしたわけではないのですから。哀れみを覚えるのは自由です。 助けてあげてと声を大きくするのも自由です。あなたは何も悪くありません」

口にして、青年はゆっくりとドアノブを捻った。広がる朗らかな花園に僕の心は一転、好奇心を押さえきれなくなってしまう。

「どうぞお進みください。ここは裕福な扉なのです。あなたにはそれを享受するだけの価値がある」

背中を押されて僕は扉をくぐった。

胸いっぱいに芳しい香りを溜め込んで周りを見渡す。

荒廃した大地の中、僕が立つ周辺だけが、生き生きとした緑に覆われていた。

2009-07-09

別段在日外国人、在留外国人差別する意図も意志もない、ということを宣言した上で、下記を記載したい。-1

別段在日外国人、在留外国人差別する意図も意志もない、ということを宣言した上で、下記を記載したい。-1

在日韓国朝鮮人日本に移入してきたのは、「戦時下の日本政府による強制連行によるものと語られることが比較的多かったが、現在では、これは戦時下の朝鮮を含め、原則としてすべての日本人に適用された国家総動員法に基づいた合法的な徴用であるという認識が広まっている。朝鮮半島から日本本土に渡航してきた大半が自由意志によるものであり、徴用日本本土に来た朝鮮人も、戦後そのほとんどが帰国していることが判明している。従って、現在在日韓国朝鮮人のうち、その来歴が徴用とする者は極めて少数と考えられている。これは朝鮮人移住者の各種データを検証をした『在日朝鮮人処遇の推移と現状』(昭和30年7月 法務研究報告書第43集第3号)に詳しい。在日韓国朝鮮人団体である在日大韓民国民団の子団体、在日大韓民国青年会の中央本部が、在日1世世代に対する聞き取り調査の結果をまとめ1988年に刊行した『アボジ聞かせて あの日のことを -- 我々の歴史を取り戻す運動報告書 -- 』にも、渡日理由のアンケート結果として、「徴兵徴用13.3%」と明記されており、「その他20.2%」、「不明0.2%」を除いたとしても「経済的理由39.6%」「結婚親族との同居17.3%」「留学9.5%」と65%以上が自らの意思で渡航してきたことがわかる。尚、このアンケートは渡航時12歳未満だったものは含まれておらず、これを含めるとさらに徴兵徴用による渡航者の割合は減ることになる。なお、2005年日韓基本条約関係文書公開に伴う韓国政府に対する補償申請者は、2006年3月の時点で在日韓国人からは39人に留まっている。”

日本人を責めたい気持ちもわかるし、現状差別を行っている多くの人が厳然と存在することは事実で、それを否定するつもりはない。

ただし、当時の日韓併合について責めるのは当時の国際情勢からして国際的にも支持を得辛いだろうという点も指摘しておく。

”英ケンブリッジ大学のJ・クロフォード教授国際法)は「自分で生きていけない国について周辺の国が国際的秩序の観点からその国を取り込むということは当時よくあったことで、日韓併合条約国際法上は不法なものではなかった」とし、また韓国側が不法論の根拠の一つにしている強制性の問題についても「強制されたから不法という議論は第一次世界大戦(1914年1918年)以降のもので当時としては問題になるものではない」としている(2001年11月27日 産経新聞)”

従って、現状の差別については、広範な民族問題としてのアイヌの方や琉球の方、またブラジルからの来日在留者同様、「差別しない」という点において、韓国朝鮮系の方も等しく、「差別されざるべき存在」として付き合う必要がある、ということ。

アプリオリアポテステリオリなんていう概念の提示はこれらの他の民族との線引きを行うもので、容認し兼ねる(個人的には)

また、終戦時において韓国朝鮮戦争その他を含めた経済要因による理由もあり国籍選択を拒否したことについて、日本人責任を問うのは無理というものだ、と言う点も指摘しておく。(これを韓国政府棄民政策だ、と言う点についてはそういう捉え方もあるだろうし、自分としてはその立場を取る)

一方で、戦前から戦後についての多くの日本人移民についても、同様に日本政府による「日本人棄民政策」であり、戦後北朝鮮への帰還事業は総連も積極的推進を図っていた点をもって、日本政府日本人だけの責務とするのは問題があると考える。

創氏改名については、戦中も朝鮮名をもって将校になった(まぁそうはいっても部隊指揮官クラスですが)点などをもって、「全ての人間に強制した」ということはない点も明記しておく。

また、朝鮮戦争日本植民地支配が原因だ、という点に関しては、結果としてそういった「要因」があったことは「歴史連続性」として有り得るだろうが、そんなことを言い始めたら中東戦争は全てイギリスが責務を負うべきだし、印パ紛争もそうだろう。

そんな話は「現状の解決になんら寄与しない」ことに加えて、「どこまで歴史責任を負うべきか」という点もあり、プロパガンダとしての効力は無いわけではないだろうが、少なくとも現状の差別解消に有効に機能するとは思えない。

いまさら田母神論文のこと

2009/4/7の読売新聞の論点にて元陸将が田母神論文批判を書いていた。

だいたいこんな内容。

●(田母神さんは)自衛官が命を捨てる国防の根拠を「侵略の過去を持たない良い日本の歴史」に求めているが、

交戦国は互いに異なった正義があるのは世界常識で、日本の主張だけを正義とするのは客観性に欠いている。

自衛官の決意の前提(文のまま)を「良い日本の歴史」とするならば、歴史の評価が定まるまで

自衛官国防の決意は存在しないことになろう。

●今の日本を見れば、政治道徳も決して良い日本とは言えない。それでは「良い日本」が存在しないから、

自衛官は命を捨てる国防の決意を持たないことになるのだろうか。

自衛官国防を決意する根源は歴史でなくて、「自分の国は自分の手で守る。主権者には国防の義務がある」と言う

民主国家原理であると信じている。

●私も在職中に政治決定への反論を考えたことがある。だがその都度、先輩から「軍人は所詮職人だよ」と諭されて受け入れてきた。

 組織のトップがこのルール破れば、部下はそれに倣って勝手放題の行動を取るかもしれない。

己の所信に忠実ならんとして、組織を省みないのはトップではない。

軍国主義華やかなりしころの軍人は今の自衛官に比べて遥かに自由であったことと思われる。

だが一部の現役将校たちは、専門外の軍事以外の分野に発言を求めだし、クーデター純粋青年将校の行為と主張したのではなかったか。

http://kakisyann-kaisou.seesaa.net/upload/detail/image/001-6e6f8-thumbnail2.jpg.html/



でもってそれに関するネタ2ch軍事板で探してたらこんなスレ発見


694 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/04/12(日) 00:52:06 ID:???

読売に元陸将がタモ批判論文載せたそうだけど

読んだ香具師いる?

696 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/04/12(日) 11:32:05 ID:???

ああ、読んだよ。

至ってまともなもんだよ。

戦中派とか厖大10期ぐらいまでは、組織人としてごくまともで、非常にラディカルでバランスのいい

方々が多かったなあ。

ところが俺が厖大にいた頃に冷戦構造が終わり、さてこれから日本の防衛をどうするべきかって

学生なりに真剣に考えていたところに、タモさん世代は混乱して、なぜか皇軍に「原点回帰」しちまった。

講話とかで平気で旧軍を「先輩方」と言ってしまう神経には、呆れたものだよ。

自分たちの存在意義や使命感を半世紀前に求めるって、どんだけよ?

ああこういうバカな司令官になっちゃいかんのだなと、その時みんなで思った。

ちなみに厖大一桁は、旧軍将軍を「諸君の先輩は」と言った旧軍将官に対して

「我らに先輩なし、我ら自衛隊歴史の始まりなり」

といって、新たな国防の担い手であることを高らかに宣言したという逸話がある。

隊内のいわゆる「むかし防人、いま自衛隊」ちゅうたとえは、そこから来たわけで。

そのころの気概に比べ、タモさんの劣化度と言ったら(泣

705 名前:696[sage] 投稿日:2009/04/12(日) 12:54:42 ID:???

「先輩なし」というのは、表面的につながっているとか継承された部分があるとか、

本質はそういう話じゃないと思うんですよ。

彼らが任官したとき、上司も部下もみんな「旧軍関係者」なんです。

にもかかわらず、20代のそこそこの若者が、周りが旧軍出身という環境で、

自称「大先輩」にそれを面と向かって言ったという、その勇気気概が痛快で

見事なわけで。

組織を担う人間としての、精神的な宣言な訳です。

もっともこの勇に至ったのも、当時講話なんかを旧軍関係者がすると、平気で

当時の海軍陸軍の礼装で来きて、ひたすら武勇伝を宣う、今で言う「KY」な

連中が多かった反動という話も聞いたことがある。

負け戦しといて、軍装して自己弁護とは、なんのこっちゃと。

こりゃあ、指揮官がこんなのだから戦に負けたんだなと思ったんだろう。

井上成美は、こういう連中に「恥知らずが!」と激怒した話があるらしいけど。

706 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/04/12(日) 13:51:56 ID:???

なるほどね。そういう背景があったんですなぁ。

了解しました。

昔の自衛官はえらかったんだねぇ。

そういう自衛官精神をぜひとも継承してほしいものだ。

むしろ我々もみならわなきゃいかんね。

720 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/04/12(日) 16:38:45 ID:???

井上成美は、こういう連中に「恥知らずが!」と激怒した話があるらしいけど。

当時は蟄居して自伝書いて印税を部下の遺族に渡してたんだっけ?

そりゃ恥知らずって怒るのも判る気がする。

そもそも敗軍の将が平気で兵を語ってるんだからな

http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1239170839/


久々に2chで興味深い意見を読んだ。

はるかに年下の若造が、大先輩に対して「我らに先輩なし!」と言い切れてしまうその若さ気概にちょっと震えるくらいの感動を覚えた。

自衛隊にはその精神を失わずにいて欲しいものだ。

2009-07-07

40歳になって気が付いた、当たり前の事。

やあやあ、未来ある青年達よ、オジサンの話をちょっと聞いて欲しい。説教するつもりは無い。たんたんと事実を書く。20年前の自分に伝えたくて書いてみる。

バカみたいに当たり前の事なんだけど、20年間というのは、「1日x1ヶ月30日x1年12ヶ月x20年」という時間が流れる。別に説明されるまでも無い話だね。けど、ちょっと目先を変えてみると、1日x7200が20年間と言う事でもある。40歳になって気が付いたってのは実はこの「1日x7200が20年間」って事なんだ。

いやね、今まで吸ったタバコと飲んだ缶コーヒーってどんくらいなんだろと思ったわけさ。1日1箱300円と缶コーヒー120円、合計420円だ。x7200すると、3,024,000円という事になる。300万も健康的で無いものに費やしてきた訳だ。これは結果の話だけど、20歳の頃に40歳の頃のイメージが出来ていれば、この300万も費やすような行動はとっていなかっただろうと思う。300万でかい。ちょっとした車も買えちゃうし、マンションだの土地だのといった物を購入する際にも300万余裕があるかないかで、検討する物件やその後の生活にも多少なりとも変化の出てくる金額だ。庶民的な人間自分としてはね。

理系を自任している自分なのに、たった7200倍の計算が出来ていなかったのよ。

書いてて気付いたけど、20年間は7300だな・・・

それなりに健康に生きられれば、まだ40年は生きる。まだ14400倍の計算が出来る。20歳の人は人生が終わるまで21600倍の計算が出来るわけだ。

是非、計算してみて欲しい。計算して気が付く事があるかもしれない。未来想像出来ないかもしれないが、未来は必ずやってくる。何十年後の未来でも必ずやってくる。20歳の青年も必ず40歳になり、60、80になるのだ。

人生、若いうちは短期決戦の物事が多いように思う。ある程度の年齢になってくると長期戦になる事が多い。長期戦の準備は早いほうがいい。

2009-07-04

バーバル(m-flo)みたいな服装をした青年

ちょっと前の話。

カミさんと娘をつれて近所のショッピングセンターに行った。

なんだかんだで暑かったので、家族3人そろって某チェーン店アイスを食べることにした。

よーしお父さんはポッピングシャワーだ!なんて並んでたら、一個買うことにくじが引けるようで、その賞品を娘がいたく欲しがった。

まあ3人で買えば一人ぐらい当たるだろうと思っていたんだが見事に家族そろってはずれ。

ガッカリする娘。

アイスを食べているときも

「あー欲しかったなー」

「ねーお父さん、もう一個買ってー」

「もう一個買ったら当たるよ?」

「買って、買ってー!!」

「買ってくれないとお父さんのこと嫌いになる!」

と要求はエスカレート

まいったなぁと思いながら我が家教育方針に乗っ取って追加投資はなしということに。

ぶー垂れている娘を置いてゴミを捨てようとしたときにm-floのバーバルのようなエキセントリックな服装をした青年が近付いてきた。

参考→http://images.google.co.jp/images?q=%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%AB&

絡まれる!とひ弱な俺は若干身構えてしまったのだが、彼はそっと

「これ、どうぞ。」

と賞品を手渡してきた。

どうやら、娘がぶーぶー言っている様子を見ていたらしい。

ちょっと身構えた自分が恥ずかしいやら情けないやらで慌ててしまい

「いいんですか? わたしなんかに。」

と答えたら

「できたら、娘さんに渡していただけませんか?」

となんだかウィットに富んだお答を頂いてしまった。

よくよくサングラスの奥の顔を見たら恥ずかしそうだ。

顔もちょっと赤くなっている。

きっと、勇気をもって話しかけてくれたんだろう。

急いで娘とカミさんを連れて来て、その青年お礼を言わせた。

彼ははにかみながら、何度も頭を下げながら彼女と思わしき女性を連れて去って行った。

人は見た目で判断しちゃならんな。

世の中まだまだ捨てたもんじゃないと思った。

賞品をもらった娘は本当に喜び

「あたし、大きくなったらあの人と結婚するの!」

と高らかに宣言した。





お父さんはあんなエキセントリックな格好する人との結婚は反対だ。

2009-07-01

Subbers

日本コンテンツ商品を(著作者に無断で違法に)複製し、翻訳し、配布する人たちがいる。アニメにおいてはファンによる字幕(subtitle)、通称ファンサブと呼ばれる。漫画などの本では翻訳スキャン (scanned translation, scanslation)と言われる。たとえば以下のようなサイトが有名だ。

アニメhttp://www.downloadanime.org/
ライトノベルhttp://www.baka-tsuki.org/

ふとしたきっかけから中の人たちと知り合った。だいたい10代後半から20代の青年が多い。国籍は多岐にわたる。意外に多いのが中華米国人中華英国人で、漢字を知っていることのアドバンテージ英語能力を活かしている。アニメの場合、作業はテキスト起こし⇒翻訳字幕作成⇒時間軸同期といった段階を経て行われ、最初の2工程では日本語能力が必須となるが後半はそうでもない。このため日本語をまるで知らない人も作業班に参加している。

法的にははっきりと黒の営為だが、それは認めようとしない。グレーという言い方を好む。北米地域商業的にリリースが開始されたら翻訳ファイルの公開を止めるなど、一定の「配慮」を見せているのだから悪質ではない、という理屈だ。むしろ海外otaku marketの拡大に奉仕する公益的な活動だと自己規定している。そこを突っ込むと激しく攻撃的な反発を招く。というか招いた。

10代でこの世界に入り、だいたい25前後で抜けていく。まったく足を洗ってotakuとは何のかかわりもない生活に移行する人もいれば、商業的な翻訳者になったりする人もいる。

彼ら・彼女らと接する上で認識しておくべきだと思った点は以下の通り。

2009-06-26

ミソジニーの男に粘着されてストーカー化されたよ。

出会い出会い系サイトだった。

私は一番印象の良いメールをよこしてきた彼と会う事にした。

最初はとても外面のよい、ミソジニーDV男の片鱗も見せないような好青年だった。

顔はまぁあまり良く無い部類だったけど、とても心が惹かれた。

話し相手がほしかっただけで、付き合う気は全くなかったのだけど、

体を執拗にほしがっているようだったので、とりあえず付き合うことにしてから態度が豹変。

いや、外面だけ奇麗に繕っていただけなのだろう。

束縛、執拗な連絡、奇妙な独り言、避妊に協力しない、そして軽くDV入ってた。

何より、彼の発言の一つ一つがとても痛々しい。

昔付き合って来た女の話ばかりする。しかも、同じ話ばかり。そしてマザコン

かなりナルシストで鏡を常に見ていて容姿を異常に気にする(結構ブサな部類なんだけど…)

また、私が彼に否定的な言葉を発したり、メールをすると、自分に都合良く歪曲して解釈する。

自分過大評価しすぎだし、やけに「普通」という言葉に敏感で、

普通であるということに異常にこだわっているようだった。

喪女板を煽って叩くのが趣味という気色悪い話もしてくれた。

今思ったけど彼はどうしようもないミソジニーだったのだろう。

私は本格的に相手に地雷化される前に身をひこうとした。

しかし結果として彼はストーカー化した。

別れることになった喧嘩電話のあと、1日電話の電源を切っていたら、

1日中着信を残していて、不在着信が全て埋まっていた。これは本当に怖かった。

女にどうしようもないコンプレックスを抱いているのに、それをまた女で埋めようとするけど、

自分が変わらないからまた結果として女は離れて行く。

彼は何も解決しないまま、繰り返していくのだろう。

そして、この先私はどうすればいいのだろう。

彼はストーカー化したけど、現段階で特に危害を加えられたりしている訳ではないので、

警察は動かないだろうし…。ただただ精神が磨り減っていくばかりだ。

2009-06-23

どう向き合えば……

のっちショックからは回復したけど

いまだに、「有名人フィルター越しに見る」癖が抜けない。抜けないというか……それ以外実際どうすればいいのか、分からん。

のっちに対しても、「トークになるとちょっと冴えなくなるけどカッコよくてあ~ちゃん好きなのっち」なんていう一部のファンの幻想みたいなものを、まあ、自分も持っていて、で、うすうす「でも違うんだろうなぁ、実際のとこはさ」なんて思っていて実際違ったわけだけど……

勿論そういう「勝手イメージ」からはずれたからといって当人に怒るのは筋違い筋違いだとは思う。

でもそれでショックを受けるのも許されないのだろか。というか許さない!といわれても、受けるときは受けてしまうので、どうしようもないのではあるが。

そもそもそういう「勝手イメージ」を持つなって話なのだろうが、

でもそれも突き詰めていくと可能なのか。と思うのである。

イメージをもたずに、有名人を「見る」というのは、一体どういうことなのか。というかまぁ弁解がましいけど、正直芸能人の場合は、相手がわざわざそういうイメージを作って売ってるところも、あるわけで……本人というより、その周辺の人たち、ってパターンが多いんだろうけど。

それでも「確かにキャラ設定はありました。でもあんたら一部のファンが勝手に思ってるような設定は少なくとも出していませんよ」ってこともあるし、キャラと生身のあいだがそもそも、はっきり分離不可能なこともあるだろうし(いや、というより、多分、全ての場合において完全には分離不可能なんだと思うけど。濃さの違いがあるだけで)そのへんの細かい事も色々あるだろうけどそこはとりあえずおいておいて

芸能人はまだ自分からそう売り出しているからまだしも、スポーツ選手などの、素人芸能人の間にいるようなタイプ有名人てのは、別に「そういうふうに」売り出しているわけじゃないのに、勝手マスコミによって「美人〇〇」「イケメン〇〇」なんて呼ばれて文脈作られちゃったりするわけで。ハニカミ王子なんかも、完全に「好青年」的イメージがついちゃっている。たとえば普通少年喫煙には「フーン」でもハニカミ王子喫煙、とか言われたら多くの人が「え、あの子が?!」みたいな感じで驚くんではなかろうか。そしてそれは、マスコミ(でもなんでもいいけどとりあえず)によって「好青年イメージが、好青年キャラが、彼を見るときの前提としてはいってしまっているからじゃなかろうか。そしてそれはあんまり好ましくない事態に思える。まさに「勝手キャラ化して驚いてる」んだから。よくないなと思うが自分でもそういう反応をしそうだと言う自覚がある……。

しかしだったらばどうすればいいのか。

別に喫煙がなくとも、新聞ハニカミ王子の特集がやってて、好きになったので、応援しはじめた、色々調べた……そしたら、なんかインタビューとかみたら、どうも最初のイメージと違う。ガーン。てな、こともありうるわけで。

怒りを対象に向けるのはアウトだが、そこでショックすらも「勝手キャラを想定して、勝手に外れたなんておもっている。生身の人間を無視している」ということで、アウトだとすると、一体どう好きになればいいのか、分からない。

というのは、言葉で、表し辛いのだけど、例えば新聞なりテレビなりでその対象を知り、対象を好きになる時点で……キャラ化はしてしまっているのではないかと思うのだ。「彼・彼女のこんなところが好き」と思っている、漠然とでも、「彼彼女空気が好き」であってもなんであれ好きの対象が決まったそのとき、既にキャラ化は多かれ少なかれ完了してしまっているのでは?今現在気になる、芸能人以外の、スポーツ選手なり、音楽家なりの芸能人素人の中間の有名人が多々いるのだが、「好きになった。彼・彼女らの情報を追いかけよう」という気になれないのは、「多分、今自分は彼・彼女らを、勝手キャラ化して好きになっている部分が大きいのだろう。ということは情報を追いかけていけばいずれ、「なんか違った」という壁にぶつかるだろな」→だからやめとこ……というチキンさゆえである。

そもそもキャラ化せずに好きになれというと、どういうことか、彼彼女ありのままをうけとめることか。でも「ありのまま」ってのはなんなのか、そもそも、どうすれば受け止められる。そもそもどうすれば彼彼女の他の事を知れるのか。perfumeでいえば、のっちキャラ化して見たのがよくないといわれても、のっちの他の部分などどう知ればいいのか。のっち本質的な部分などどう知ればいいのか。のっちありのままなどそもそも誰が知っているのか。のっち自身も知らない可能性もある。

芸能人意識的にキャラを売っている部分があり、そこまでいかずとも有名な人、という人の場合は周辺の人がキャラ化して売り出している部分がある。しからばいわゆるフツーの人はどうかといえば、結局、この場合もかわりないのではないか。

フツーの人だって常に「ありのまま」を出しているわけじゃないし、ある程度相手によって自分を作っているし、それを見るほうも、大体「あいつはこうで、こういうやつ」と、キャラ化とはいわずともおおざっぱにそのようなことはしているのではないか。話がちょっとズレそうだけど、普段大人しく真面目だという生徒が何か犯罪を行い、それで近くの住民が「そんな子じゃなかったので意外」みたいなことをいったりするが、これも結局はキャラ化してるってことじゃないんだろうか。

インドア派で、外に出るのは嫌だと言ってる友達が、実はサーフィン大好きなんていわれたら「お前が?」と思うわけで……

そういうとき「ソレもありうると思ってたよ。お前は生身の人間だからね」となにがきても動じないのが正しい態度なのか。

あるいは、驚くまでは許すとしても、「驚いたけど、でも分かった。それもお前だよね」と順次認めていくのが正しい態度なのか。

それでも、いったいそれはどこまで続ければいいのか。「まさかあいつが」な事を、相手がどれだけやっても、相手を一度好きだといったならば、認めていかなくてはならないのか。というよりその覚悟がないなら、相手を好きだなんていってはいけない、ファンになっても、友達になってもいけないのだ、ということなのか。ソレは結局極限までいけば、「あいつの肉体」がしていれば、何をしようと自分は認める。ということにならないだろうか……「生身の人間だもん、いろいろあるよ」を認めていくと、結局肉体という殻の中身がどんな色になろうと、認めざるを得なくなる、それは結局、皮肉にも相手の人格を認めてないのではないか…?

またまた大袈裟な。どこかで適当に線引きをすればいいんだ。……というかもしれない。でも「適当に」ってどこにさ?その人にとっては適当な線引きでも結局ソレが他者にとって適当でないと感じれば「勝手キャラ化し、理想を見、相手が生身の人間だということを忘れた愚行」ってことにならないか。でも「相手がどんなんでも、認めるよ」というのは極限までいけば、「お前がお前の肉体であれば認める」ということになる。実際、家族レベル(特に母と子)だと、そこまでいくような場合もあるだろうけど(なにせ、もともと肉体、血でつながれているから)、逆に言えば、家族以外にそんなマネをいちいちできやしない。

そもそもそれに加えて肉体まで微妙に変化してしまった場合、どうする。体の一部分がなくなってしまったら?そして尚且つ精神も違ってしまったら?そもそも常に爪だ髪だなんだとなくなったりはえたりしている、それどころか体の細胞は日々更新されているわけで、どれを「相手だ」と認識するのか?一部分なくなっただけならいいよ、なんていってもじゃあどこで線引きする?

我々は相手を、多かれ少なかれキャラ化しないと、相手そのものすら認識できないのでは?


こういうことを考えてしまって、三次元人間とはついつい関わる距離を置いてしまう。「勝手に、理想化してしまうかもしれない。そして、『なんだ、思ってるのと違った』と、思うかもしれない」という自分への疑念が頭から消えないからだ。といって、理想化からは根本的には、とうてい逃れられないのでは、とも感じていて、結局どうすればいいのかわからず、もとからキャラだけで出来た二次元へ飛んでしまう。どう三次元人間とつきあっていけばいいのか、わからない。

2009-06-20

ある、たとえ話。

AとBという二人の若者がいました。

あるとき二人が乗った車が自損事故を起こしました。

運転していたAは死に、助手席にいたBは重傷を負いながらも命に別状はありませんでした。

BのところへAの家族がやってきてその事故がどんな状況で起きたのか尋ねました。

BはAと車でナンパにいったものの結果はさんざんで、やけになりながら

車を飛ばしていて、勢い余って電柱にぶつかってしまったと正直に話し、謝罪しました。

けれどもAの家族は怒りました。Aには将来を誓った恋人もおりナンパにいくなどありえないと。

Bがナンパに強引に誘い強引に車を出させ(Aの車でした)運転させたのではないかと。

しかしAとBはそれまでも何度も車でナンパに出かけていました、

将来を誓った恋人との出会いもそのナンパがきっかけ。

恋人仕事で忙しい隙にナンパに行くことは難しいことではありませんでした。

ここでAの遺族はBを刑事告訴すると脅して帰っていきました。

Bは意外な展開に驚くしかありませんでした。

しかしいつまでたっても訴状は届きませんでした。

代わりに不思議なことが起こり始めたのです。

Bの職場に届くBに対する中傷ビラ。

恋人もいた幸せ青年の命を奪ったBを許して良いものか」

上司に説明し、失職は免れたものの、ただの交通事故だと思っていた同僚たちは

Bに少し不信感を抱いたようでした。

やがて中傷はインターネットにも及びました。

Bは事件のあらましが書かれたホームページを読んで愕然としました。

そこにはBが酒を飲んでいたAに強引に車を運転させ、あげく電柱に追突死させたと書かれていたのです。

これではまるで、BがAを殺したと言わんばかりです。

こんなことをするのは……BはAの家を訪ねましたが、面会すら拒否されました。

インターネットの一部にはBの住所や本籍地,職場の住所も載せられていました。

父の実家があった本籍地は今は空き地ですが、それも載せられていたので

Bはその空き地を訪ねました。

そこには「人殺しBの生誕の地」と書かれた看板が立てられていました。

Bは

めのまえが

まっくらになった。

いってみればあれは、そんな話。

ネットに書いてあることが全てではない。当たり前の話だが皆なんであんなに信じちゃうのかね。

2009-06-09

中国チベット支配のえげつなさはとどまるところを知らない。

パリ名誉市民に輝くダライ・ラマ猊下、身辺に慌ただしさが滲む。「後継者は私の存命中にあるかも、外国人かもしれない。女性の可能性も」

ダライ・ラマ十四世の後継は、チベット仏教では形式的にパンチェン・ラマが指名する。

実際には法王崩御から四十九日以後に輪廻転生があるわけだから、霊性に優れた赤ちゃんを、生前の法王の発言などのヒントに基づき、ブレーンらがチベット地区(現在チベット自治区に限らず四川雲南青海省など、伝統的なチベット人居住区)をくまなく探し求めて、何人かを選抜して或る場所に集め、四歳か五歳に成長してからの霊性、知性をみて最終的に選び出す。

生前、「湖畔のほとり、山の緑ふかい場所」とかのヒントの集積による。

しかし、チベットは1951年に中国共産党に侵略され、夥しい僧侶が殺され、チベット寺院の多くが破壊され、先代パンチェン・ラマ北京に幽閉されていた。

1995年にパンチェン・ラマ後継をダライ・ラマ法王が選ぶと、その指名されたニマ少年を両親ごと中国は突如拉致し、どこの馬の骨だか分からない少年洗脳して「パンチェン・ラマ」をいま名乗らせている。

行方不明の霊童=ニマ少年は、いま生存していれば20歳になる。

中国が“指名”した「偽パンチェン」は昨今、中国全土を行脚し、「私は共産党の指導の下で、仏教を説く」と講演して歩くため信者の中に失望が生まれている。

チベット仏教輪廻法則では、この「偽パンチェン」が次のダライ・ラマ十五世を選ぶことになる。

そうなれば中国共産党が指令、指示するがままの傀儡祭主誕生することになる。

あまつさえ共産党は07年に「次期後継のダライ・ラマは最後に共産党承認が必要」という法律勝手に制定し、人事権とごっちゃに後継指名権を把握したつもりでいる。 

 

民族伝統破壊し、自決権を奪う

チベット亡命政府のなかには、ダライ・ラマ十四世の穏健主義に反発し、独立をもとめるチベット青年党の存在が確認されている。

だが現在ダライ・ラマ猊下インド亡命してすでに半世紀が経ち、十四世の後継問題は、いよいよ深刻になってきた。

法王は七月に74歳になり、近年は病気がちと伝えられている。

最近法王は「次期後継者外国人かも知れないし、チベット以外の場所で育った者かも知れず、いや女性であることもある」と発言した。

ヘラルドトリビューンに拠れば、「後継者選びは私の存命中に行われる可能性もある」と示唆したという(6月9日付けIHI、一面トップ)。

政治伝統と衝突」と同紙は語彙を選んだ。

当面、インド亡命してきたカルマパ十七世が、ダライラマ法王のもとに仕えており、周囲に拠れば、カリスマ性がともなっているという。カルマパ十七世は北京政府が指名した経緯があり、99年に亡命した。いま24歳。

「かれはおそらく後継が正式に決まるまでの暫定期間、精神指導者の役を演じるだろう」(NYタイムズ)。

最悪のケースでは「ダライ・ラマが二人、この世に現れることになる」。まるで南北朝の再来、中国チベット支配のえげつなさはとどまるところを知らない。

2009-06-06

甘詰留太エロマンガ界に戻ってきてほしい

あと鬼ノ仁とか。

青年向けでああいうのかいてるならエロマンガと変わらなくね?

一般向けの方が稼ぎいいんだろうか。

2009-05-30

性的表現規制必要度

エロの表現と入手についての表

対象性的表現割合性的表現発生度合い加害者被害者ゾーニング有料・無料
少年マンガたま短くセミヌードなし(2次元なし(2次元なし有料
青年マンガたま長く局部を描写しない性行為(レイプ描写も有)なし(2次元なし(2次元なし有料
少女マンガたま長く局部を描写しない性行為(レイプ描写も有)なし(2次元なし(2次元なし有料
レディースコミック常に長く局部を描写する性行為(レイプ描写も有)なし(2次元なし(2次元なし有料
成人向けマンガ常に長く局部を描写する性行為(レイプ描写も有)なし(2次元なし(2次元タイプ1有料
エロゲ常に長く局部を描写する性行為(レイプ描写も有)なし(2次元なし(2次元タイプ2有料
週刊誌週刊現代大衆など)常に長くヘアヌードなし(3次元グラビアモデルタイプ1有料
エロ小説雑誌常に長く局部を描写する性行為(レイプ描写も有)なし(文字)なし(文字)タイプ1有料
エロ本常に長く局部を映す性行為(レイプ描写も有)男優グラビアモデルタイプ1有料
AV常に長く局部を映す性行為(レイプ描写も有)AV男優AV女優タイプ2有料
映画たま短く局部を映さない性行為(レイプ描写も有)男優女優タイプ3有料
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地上波テレビたま短くセミヌードでの性行為(レイプ描写も有)男優女優なし無料
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ゾーニングタイプ1=誰の目にも触れる場所で手に入るがその場で中身を確認できない(例:エロ本テープで閉じている)

ゾーニングタイプ2=専用の売り場や店舗でしか手に入らない(例:AVエロゲ

ゾーニングタイプ3=誰の目にも触れる場所で手に入り、18才未満お断りの記載があるのみ

※陵辱する人、陵辱される人・・・適当な表現を思いつきませんでした。

2009-05-26

このいい年した青年が、何かと怖がったり無気力だったり、絶望してたり悲観してたりするのを客観的に眺められるとしたら、きっとこっけいなんだろうな。

何もそんなにネガティブになることは無いのに。人生は楽しめるのに。

鏡にチラッと映った自分を見てそう思った。

2009-05-21

なぜ女がレイプエロゲをするのか

今までレイプエロゲをやる女性が理解できず、怒りを抑えるのに必死でしたが

この文章を読んでやっと理解ができました。

ワタシはセクハラされるのがあまりに嫌なため、逆転移のような心理的な現象すら経験した。

その上司と一緒にいるときは

「ワタシは個人的にこの上司が好きなんだ。尊敬できるし。

 仕事できるし。だから、ちょっと触られても許せるんだ。気にしないんだ。」

と思い込むことにしてしまったらしい。

現実は、「本当にそうなんだ」と感じている。

ところが、家に帰ると、「なぜ、あんなことを思ったのだ。セクハラが嫌で仕方ないないのに!」

自分の変な心理現象に怒りすら覚える。

けれども、これは、ワタシがストレスをやり過ごすために見出した方法だ。

1.セクハラは避けられない。

2.ならば、セクハラが嫌だと思えない自分になるしかない。

3.セクハラが嫌出ないという状況は、相手が好きだという状況以外にない。

そんな、構図。

あほか?と思うが、これは現実だ。

http://d.hatena.ne.jp/nagano_haru/20090520/1242834262

lisagasu 私も何度も痴漢に遭ったから性犯罪への嫌悪なら負けないよ。だけどそうしたフィクションに浸ると、嫌悪や恐怖のストレスから一時的に解放される。楽しんだあと「こんなこと現実には絶対に嫌」という締めは欠かせない 2009/05/20

http://b.hatena.ne.jp/lisagasu/20090520#bookmark-13549185

complex_cat sexual violence 若い青年どころかチンコ付いている限りサポーターは荷が重過ぎる。サバイバー暴力的性表現のプロダクツを求める例があるようなテキストネットで散見する。生み出した世界や男への怒り?嘲笑なんだろうか。

http://b.hatena.ne.jp/complex_cat/20090521#bookmark-13582479

つまり彼女たちもまた傷ついているのであって、ただのレイプ擁護者ではないのではないでしょうか?

女性は常に性暴力に怯えながら日々を過ごしています。

実際にレイプされた経験があるかないかとは別として、彼女たちもまたレイプに怯える心を落ち着かせるために必死に「レイプは悪くないんだ」「自分レイプエロゲを楽しめるほど強いんだ」と自らにいいきかせているのではないでしょうか?

社会で生きていくための適応と嘲笑だと考えると納得がいきます。

これを理解してしまうと彼女たちへの怒りはにぶります。

彼女たちは女性差別の主体ではなく犠牲者なのです。

おそらくこれはレイプもの以外のエロゲやいわゆる「萌え」についても言えることでしょう。

しかしそれはレイプシミュレーター愛好家たちに彼女たちが純粋楽しみレイプエロゲを楽しんでいるという思い込みを与えていることに彼女たちは気づいているのでしょうか?

それは女はレイプされたがっているという幻想の強化に他ならないのではないでしょうか?

彼女たちがレイプという犯罪の土壌に加担していることも同時に忘れてはならないと思います。

2009-05-09

数年ぶりに訪れたアニメイトが凄く賑やかに変わっていた

個人的な記憶なので間違ってるかもしれないけどご愛敬下さい。

久々に行ったら雰囲気がまるで変わっている事に驚いてしまった。

ヲタクなお店に行くのは8年ぶりくらいで、その頃のアニメイトと言えばただ黙々とグッズを眺め手に取りする。

そんな殺伐とした場所だったと記憶してる。

アニメイトに限らず同人ショップやその類の店はだいたいそんなもんだったと思う。

そんなつもりで久々に行ったら、中高生グループがワイワイキャーキャー楽しげに品定めしているし、カップルもいっぱいいるし、

仕事帰りっぽいオシャレなおねーさんもいるし、以前はまず見られなかったチャラい兄ちゃんもいる。(もちろん一人で来てるヲタク青年もいた)

「おおおおおっ!? これどうしたんだよ!? すげー賑やかじゃん」

ってそんな気持ちだった。

いろんな人がいる事やワイワイ騒いでいることも驚いたのだけれど、それより何よりお客さんの目がとても自然で生き生きしていた事にもっと驚いた。

本当にみんなとても楽しそうにショッピングをしているように見えた。

萌えブームやヲタクブームやらでマスコミが持ち上げたことでにわかファンが増えたような話もあるけど

ヲタクが以前ほど虐げられなくなったってのが、こういう所に良い影響として出ているのだろうか。

なんて思いました。

2009-05-06

俺がリブログしたいものはリブログできない

俺がリブログしたいもの

スパゲティ弁当をかき込むょぅι゛ょ

・「今のはメラゾーマではない メラだ」

・「三峰徹」をど忘れしたとき用にあの絵

ピンクの髪と青の髪がけんかするやつ

・整形で思ってたとおりのイケメンになれました!と誇らしげな青年

・ケツ毛

著作権とか肖像権とか版権とかわいせつ物陳列とか人権とか超アウトなんだ。

ぐぐりようがない画像情報リブログしたいんだ。

素敵だなと思った歌詞の一部を保存したいんだ。

でも。それは自分基準でどんアウトなんだ。

自分アップロードするのはいやなんだ。

自分用のポストしたURLが作られるのがいやなんだ。

熊井ちゃん小春の脳ずいをチュウチュウ吸ってる画像が見たいんだ。

その人がいやな気持ちになるのはいやだし、もっと言えばリスク自分が負いたくないんだ。

誰かがアップした画像URLコピペするのも、自分で再ポストするのも、罪は変わらないけど後味が全然違う。

トリプルおまんサンドイッチ」みたいに、肝心のキーワード忘れたらどうにもならないコピペがすっと出てきて欲しいんだ。

人に聞けない情報こそすぐに出てきて欲しいんだ。

ひわいな複数行アスキーアートをすっと探したいんだ。

というわけで俺が欲しい画像を俺以外の誰かがりブログしろ

2009-05-03

http://anond.hatelabo.jp/20090502235906

なんだその上から目線

人の言ったことを批評すんな。

お前がなんか言えよ。

酒飲まないとか言うなよ?

ましてや未青年とか言うなよ?

2009-05-02

ヤンキー生き方

増田34歳。元ヤンキーです。

はてな住民の格好のサンプル対象として生きてきてまいりました。

さてどこから話そうか。

スペック

地方都市で暮らす34歳鉄筋工。16で働き20で結婚

未だに子供が居ないのはサンプルとして役不足か。

10代の時の月給手取り40万は嬉しかったが現在はその半分。

意外と体力よりも経験がものを言う仕事なので基本給は上がるがやはり体力が続かなくなっている以上将来のことは不安

新車でアルファードを買うのが夢。

思春期

発育だけはよかったのか、勉強スポーツは何をしてもたいした苦労もせずにいつも一位。

努力とか工夫とかが馬鹿らしくなるが、どれだけ手抜きしても周りがついてきてないので常にお山の大将状態。

モテた。

ただひたすらモテた。

ただし、何故か極度に人間嫌いなので群れるのが嫌いで孤立しまくっていた。

オタク」という言葉が生まれたのもこの頃。

ガンプラとかキン消しとかビックリマンとかミニ四駆とか、そういうのに全く興味もなかったのでただひたすら一人でマンガ書いたりして遊んでた。

青年

頭が良いこと、けんかが強いこと、度胸がすわってること、絵がうまいこと、モテること、がうけたのか、なぜか勝手地元ヤンキーてっぺんに。

仕事帰りの地元の駅で俺の名前の旗を持った見知らぬヤンキーたちが毎晩整列して挨拶するのが嫌で仕方なかった。

自分仕事が終わってひとりTRPGに興じるのが唯一の楽しみ

あと休日ジャンプヤンマガ買い込んでガストドリンクバーで読みふけるのが娯楽だった。

オタクと接触を試みるも、アニメとかよくわからんので結局孤立

数少ないヤンキー仲間も当時はバブル絶頂期だったため、自分の数少ない楽しみであるクラブ遊びさえもまだ理解されていなかったので孤立

クラブ六本木かどっかの高級なママさんがでてくるやつ?」

って答えが返ってくればまだ優秀な方で、本気でクラブミュージックに浸りたいと思ったら米軍基地まで足を伸ばさなければいけない、そんな時代だった

(そしてたびたび米兵とトラブルになった)。

舐められたら終わりじゃけん

群れないでアウトサイダー的な生き方をするためには、どうしても他人に対して「威嚇」するような風体をしている必要はあった。

皆さんも日常中高生の「ヤンキー」に出会ってその格好の滑稽さに吹き出しそうになることも多いと思うが、

10代の頃の僕は社会的に何も出来なかったのでどうしても「社会を圧倒する何か」を手っ取り早く風体で手に入れる必要があった。

僕は極度に人間嫌いなので群れることはなかったが、そのロジックは理解できる。

社会的に無力な人間たちが、群れて、コミュニティを形成して、「社会を脅かす」要するに周りをビビらせる為のコスチュームが必要だと言うことを。

どうせ彼らは社会に対して歩み寄りはしないのだから、いくら社会が「マナーがどうのこうの」と言っても無駄だ。

彼らは彼らなりの社会を形成するコミュニティーを編み出しており、その中では「舐められたら終わり」である以上、社会が眉をひそめる行為こそが美徳なのだ。

ぜんぶ社会が悪いんよ

て、ここまで書いて酔いが回ってきたので挫折。

ああ、結局何がしたいんだろうな。俺。

ヤンキーロジックヤンキーの立場で解明したかったのは確かだけど、結局群れてるヤンキーの気持ちは俺にもわかんねーし。

非モテ派遣、その他いろいろな社会的弱者情報を提供できる可能性があるのがネットなのだとしたら、ヤンキーの行動原理ヤンキーの立場としてロジカルに説明できる場があっても(そしてそれが賛否両論分かれたとしても)面白いんでないかな?と思ったのだけど、僕はここで力尽きました。

結局オッサンの酒の上での話の「俺は昔ヤンキーやった」的自慢話から脱却できなかったのが残念至極。

2009-04-24

青年になった子供に殴られている夢ばかり見る

ここしばらく、そんな夢ばかり見る。

2009-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20090418085314

制度的な不利」の問題を語るのに、日本だけで完結してるってどうなのよ?

例えば、他の国では外国からやってきて制度的な不利はあるのか? 例えばチュニジアからロシアに行ったとして、ロシア制度的な不利はあるのか、それは日本でのことと比べてどうなのかってのが基準じゃない?

その場合と遜色なければ、「日本における制度上の不利は常識の範囲内」ってことになるんだろうし。

全てがネイティブと同じ扱いでなければならないってこたあないと思うんだが。

前に、テレビ電波少年で、日本人青年香港人青年が、アフリカを南から北までヒッチハイクで旅をするってのがやってて、国境を渡るときに、ほとんどの国で日本人パスポートを見せると簡単にビザが降りるんだけど、中国人パスポートだと審査に何日もかかって足止めを食うってのがあったんだよ。

世界にはそういう面もあるんでさ。全ての人の扱いが統一されたりはしないよ。

2009-04-17

http://anond.hatelabo.jp/20090417133245

良くも悪くも純粋人種だと思われ。

幼少期:痴漢ひどい!全ての痴漢極悪人だ!

青年期:2ちゃん冤罪裁判の経緯を見た!全ての痴漢冤罪被害者だ!

是々非々って考えがないのな。ウヨサヨにもけっこういるタイプ

2009-04-04

普通」の人は、他人の不幸や感情など全く興味はない。

http://anond.hatelabo.jp/20090402033423

結局、そういうことなのだ。「子供のころのいじめ」程度では、大半の人は全く理解も同情も出来ないし、する気もないのだ。

大抵、いじめによる自殺が事件になり、報道されると、「いじめた奴らに罰を!」「もっと他人を思いやる心を育てよう」「命を大事にしよう」とかいう意見が湧いてくるが、当の被害にあった彼、彼女らは、自らの死と引き替えにして、ようやくそ存在も心も顧みられるようになったのであり、そのまま誰かがよく言うように「いじめに負けずに、頑張って」生き続けていたら、相変わらずそのまま蔑まれ、弄ばれ続け、社会に出ても疎外され、無視され続けたことだろう。世の中の大抵の「普通」の人々から。

凡その「普通」の人は、「みんな、表には出さないけれど、それぞれ苦労を背負っているんだよ(だからお前も我慢しろ)(頑張れ)」とか言ったりするが、おそらく本心では、「自分は、他人よりはちょっとは苦労も努力もしてるはず(だからそういう自分は他人よりちょっとは偉い)」とどこかで思ってたりするものだろう。自分も含めて。

だから、そういう「普通」の人らは怒るわけだ。「お前の体験なんか知ったことか。自分はお前の感情にも人生にも何一つ興味はない。だから、そんなものを持ち込んで、自分日常邪魔するな。自分不愉快にさせるな。自分の方がお前よりよっぽど苦労も努力もしてるんだからな」と。

そのくせ、通り魔リンチ殺人被害者に対しては「かわいそう」と涙を流し、加害者達に対して憎しみを露わにする。おそらくそれらの被害者は、彼らにとってそれこそ全く隔絶した他者であり、自分日常にも感情にも介入してこないからこそ、遠慮なく同情も共感もできるわけだ。と言うより、「(自分たちがそうであるように)何の落ち度もない真面目で健気な人々」が、「本来底辺の人間らしく、身分相応に大人しく生きているべき立場の奴ら」に「身勝手逆恨みとばっちりからその命と立場を剥奪された」というシチュエーション感情移入している、といったところだろう。心底被害者や遺族に対して思いを馳せているわけでも、まして労ろうとしているわけでもないのである。

そして、加害者の方には「鬼畜」「極悪人」「異常者」のタグを付けて、さんざん罵って憎悪をぶつけた挙げ句、彼らが死刑なり、自分たちの望み通りの罰を受けて抹殺されたらそれっきり忘却してしまう。まして、彼らがそういう所行に至るまでの人生や心情など考えようとはしない。例えば、山口母子殺害の加害者が父親からどれほどの暴力虐待を受けていたかは知ろうとしない。秋葉原通り魔青年母親からどのような仕打ちを受けていたかは知ろうとしない。例え知ったとしても、「同じ境遇でも立派に生きている人はいるじゃないか」とそれ以上の思考を拒否する。彼らを「そういう境遇」に追いやった、あるいは「そういう境遇」から抜け出させる、更生させる状況を作らなかったどころか、そもそも気付こうとしなかったのは自分たちである、ということには一切思い至らずに。

それが、「普通」の人たち。

2009-03-30

http://anond.hatelabo.jp/20090329232233

はてな記法てのがあるんだね。気づかなかったや。2chよりは便利だね、ここ。とか思ったらダメじゃんか。wはてなつかえねー!

>私は赤ちゃん病人が殺されてた、ガス殺があったとは書いていませんが。

あなたが書いていなくても、あなたが根拠として出した資料の周辺資料がそう語ってるんだよ。意味が解らんのかな?俺もガス殺については取り上げてないけど?

>違う人物が同じ状況を発言したらそれが真実となるのですか?

信憑性は高まるね。もちろん、「ガス室を見た事が無いという証言」は尊重されるでしょう。例えそれがガス室が無い収容所でなされたものであってもね。てかラッシニエの事いいたいんだろ?はっきり書けよ。w

>運がなければ収容者は病院に入れなくて、殺されるか人体実験の悲惨な状況だったって話になりますが

何か微妙に違うなぁ。俺はね、病院に入れなかったなんて書いてません。レイヴィーも、オットーも、あなたの上げた資料のSolomon Radaskyも入院してるよ。(ただ、彼は知り合いの好意で病院に隠れ、巡回前に脱走を進められたが、幸いにも発覚せず助かった)人体実験については、クラウベルグなんかの資料を上げたはず。本人の書いた手紙が残ってる。また、あなたの上げた資料の背景にそれを否定する証言がある。収容者は14f13に従い、回復が望めるものは放置され、そうでない者は殺された。「第二の選別」が行われた場所のひとつだ。

>これはアウシュビッツが「絶滅収容所」であったとしたらおかしい事です。

アウシュヴィッツ強制収容所の最終形態だ、と俺は考えている。もちろん、異論は受け付けるが。w

ヴァンセー会議で決定された「労働ののちの死」が実行された。労働力の提供と死が同居した場所だ。

それと、焼却炉がな、チフス患者用だとしたら、クレマ1一基で事足りるぞ?そしてクレマ1はその他のクレマが稼動した時点で使用を止められた。これは新しく処理能力の高い焼却炉が必要とされた事を示しているよ。

>あなたは証言者のいうことが全てなのですか?本物の歴史資料ですよ。

あのな、ちゃんと読め。その資料を担ぎ出した当初、否定論者達がそう言ってたんだよ。自分らの信憑性を高める意図でな。そして、実際に販売もされてるその名簿は収容者のみしか記録されていない資料だ。つまり、ナンバリングされなかった人々は記録されていない。アウシュヴィッツに送られた人数は鉄道運行表から推計されたものがある。ただし、あくまで推計だ。

証言については、俺は資料の一部として扱う。もちろん、歴史学で資料とされている物を中心にね。

子供がいないって言ったら今度は老人を持ち出してくるのですか。

だれか子供がいないって書いたか?出産の件は助産婦の証言の話だろ、と言ってる。

赤十字は物資不足を連合国側のインフラ破壊によるものと非難しています。

国際赤十字は公式に否定してるがね。

http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08b03g.html#08521ドイツ赤十字ナチス党員だぜ?

そこにも書かれているが、空爆後もユダヤ人の移送自体は続いているぞ?

解放された人もいます。

それはある意味、正しいが、アウシュヴィッツから釈放された収容者の数は42年、44年、45年で

あわせて1549人。ちなみに40年、41年、43年のデータは残っていない。だがこれはユダヤ人の釈放とはほとんど関係ない。

この釈放数は、当時社会問題化していたニート青年収容所という厳しい環境で叩きなおすという6週間の教育プログラムの終了者、そして悪名高いディルレワンガー師団に参加したドイツ人刑事犯などからなっている。

その他ならローゼン通りの妻たちのデモ映画化されているほど有名な話だな。それによってアウシュヴィッツから釈放されたのは25名だ。 社会的パフォーマンス以外に解釈は難しかろう。

>1平方メートルあたり12人をガス室に押し込んだ等

収容所名前間違いは有名な話だが、全体に影響するほどの話じゃない。ついでに書いとくと、被害者数も「よく覚えていない」と書いてる。正直だと思うがね。ガス室についてホェスてそんな事書いてたか?

>あなたの考える「ユダヤ人問題の最終解決」とは何ですか。私(修正主義者)はヨーロッパからの移送と考えます。

ヴァンセー会議で決定された方針どうりでしょ。それを話し合った会議なんだから。移送ってどこによ。マダガスカル

2009-03-26

こんなおじいちゃんになる人と結婚したいw

昨日は雨。

外回り仕事なのに、朝降っていなかったからと傘を持たずに家を出たあほな私。

途中で買わなきゃなぁと思いながらお客さん先に向かうため歩いていると、急に後ろから傘をさされた。

びっくりして振り返ると、私より10cm以上は背が低いであろう70代くらいのおじいちゃんが立っていた。

「駅までですか?濡れてしまうのでお送りしましょう」と、ごく自然にかつさわやかな笑顔でおじいちゃんはそう言った。

私はその笑顔きゅんきゅんしながらお礼をいい、世間話をしながら駅まで向かった。


私も普段から親切であろうと心がけているつもりではあるが、それが踏みにじられることも多い。(たとえば席を譲ろうとして文句を言われるというのは定番)

そのため、何か行動を起こすこと自体が怖くなってしまったり、面倒に感じてしまうこともある。

そういうことが重なると、だんだん心がさびしくなってくる。人に優しくできなくなってくる。

でも、おじいちゃんのおかげで、報われなくてやさぐれた気持ちはぜんぶ吹き飛んだ。


年をとるとわがままになる(orやさしくなる)という話があるが、

たぶん年をとるからそうなってしまうのではなく、その人の本質(素質)が年をとることによって現れてくるだけなのだと思う。

素敵な青年は、素敵なおじいちゃんになるのだろうし、スイーツ(笑)オバタリアン(死語?w)になるのだろう。


私は素敵なおばあちゃんになりたい。

自分が素敵かどうかはわからないが、そうなれるべく努力をしようと、改めて思った。

しない後悔よりする後悔。自分が傷つく心配はせず、良いと自分が思えることはちゃんと行動しよう。

その後の反応は相手の自由だもんね。報われなくても仕方ない。

エプロン姿の小さなおじいちゃんは、私の気持ちを救っただけでなく、勇気までくれた。ぜひこれからも元気でいてほしい。

またどこかで会えたらいいなぁ

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