月曜日のたわわってめっちゃポリコレに気を使ってる漫画なんだよなあ…。
セクハラダメ!って話は毎回のように出てくる。「これは女性の自由意志、女性からの好意」という強調がむしろクドい位出てくる。
とか言ってる人がtwitterにいたんだけど、ここでいう「ポリコレに気を使ってる」って、〈配慮〉じゃなくて〈アリバイ作り〉、つまり周到な言い訳や逃げ道の確保のことなんだよね。
「たわわ」って「読者が自己投影する匿名的な主人公が、自らの主体的意思と行動自体はポリコレに抵触せずに、でも色々な事情でやむなく、積極的なJKやら天然な同僚社員やらの身体に接触したり鑑賞することになったりする、つまり何ら責任を問われることなく性的な興奮や愉悦や癒やしを感じられる筋立ての漫画」じゃん? その点では確かに「ポリコレに気を使ってる」とは言えるよ。でもそれは全然評価されるべき要素じゃないよね。
「セクハラダメ!って話は毎回のように出てくる」のも「「これは女性の自由意志、女性からの好意」という強調がむしろクドい位出てくる」のもそのアリバイ作りのためなのは、普通の漫画読みなら誰だってわかるだろう。自分のほうが能動的・積極的にアプローチしてるわけではない。たまたま状況がそのようになったり、相手が自分に好意を持ってたり、自由意志で行動した結果、主人公側がその女性身体の性的要素、胸の豊満さを堪能できる状況になってしまう。言い換えれば、「いや〜んエッチ!」というビンタの伴わないラッキースケベ。
第1話からして、「痴漢からアイちゃんを守らなければいけないので彼女の至近距離で密着する」というシチュエーションが作られ、その状況下で不可避の出来事としてアイちゃんがしゃがみこみ、自分の下半身に胸を押しつけて摩擦することになり、自分が意図せず興奮・勃起してしまい(ご丁寧に「💢マークつきの上向き矢印」という漫符で表現されている)、アイちゃんも薄々それを承知し、まんざらでもなく思っている。どれひとつとっても一切自分のせいじゃないけど、結果としてのお楽しみは自分が享受できる。全てが主人公にとって都合の良い世界。
そういう作り物の物語構造を理解したうえで「男性青年誌に掲載されてる、そういうのが読みたい読者層向けの漫画なんだから、別にいいやろがい」という擁護のスタンスをとるなら、まだわかるんだよ。でも、あれが女性の自由意志を尊重した女性主体の漫画だとか、胸にコンプレックスがある女性がそれを受け入れる女性のセルフエンパワメントの物語だ(後者は別の有名ネット論客の評)とか言い出すのは、単純に卑怯だよね。責任0リスク0のライトエロを堪能させてくれる物語構造に、気づいていながら気づかないふりをする読者。欺瞞的な物語に欺瞞的な迎合をするやつ。俺はそういうチキンなやつは嫌い。