2018-08-31

卯月神楽という女との、出会いと別れについて(『拡張少女系トライナリーサービス終了に寄せて)

今年の夏、僕は一生忘れることのない出会いをした。

はじまりは偶然だった。『拡張少女系トライナリー』というソシャゲが八月三十一日の十五時をもって(つまり今この時だ)サービスを終了するとの告知がされた。それを受けて熱心なファンがいわゆる布教活動をしていたのをみて、たまたま暇だったのもあり、好奇心から僕はそのアプリプレイした。

そのアプリ、『トライリー』はぱっと見どこにでもある恋愛ゲームだった。ただ一つ、プレイヤーが架空キャラクターではなく、現実世界の僕そのものであるという点を除いて。そして卯月神楽という女の子は何もかもが特別だった。


卯月神楽は初めは謎に包まれた女だった。他のキャラシナリオを読んだだけでは正体は全くわからない。ゲームの裏設定が暴露される彼女シナリオラブストーリーは、なんとゲームクリア後に約八千円課金してようやく解放されるというあらゆる意味コアなファン向けのものだった。

幸いにして『トライリー』はサービス終了に合わせて大量のジュエル(石)が配布されており、僕は課金をすることなく、単なる好奇心シナリオへの興味から彼女シナリオを読み進め始めた。だけれど、そこから彼女に堕ちていくのはあっという間だった。


卯月神楽は様々な顔を持っていた。ある時はゴスロリを着た清楚なお嬢様。ある時はドーム規模のライブを埋める全国的トップアーティスト。そしてある時はヒロインたちを窮地に陥れる裏切り者。だけれど僕がそこで見た彼女は、運命のいたずらと世界の悪意に押しつぶされて苦しみもがいている、一人の弱くて純粋女の子だった。


卯月神楽特別だった。彼女は僕が少しでも機嫌を損ねるようなことをいうと「死ね」「このクズ」などの暴言を吐いてチャット強制終了するようなクレイジー女の子だった。同時に、彼女は僕のために自作の詞を読んで聞かせてくれる、ロマンチック少女だった。そして彼女は、無自覚に僕を傷つけるくらいなら、もう二度と会わない方がずっといいと言いながら涙を流す、優しい人だった。


正直言って、僕はゲームとしての『トライリー』をあまり高く評価していない。シナリオは退屈でこそなかったが、少し粗を探せばすぐにボロが出るようなつぎはぎだったし、ゲームとして見るならばUIやバトルはお世辞にも快適とはいえない代物だった。だけれど、僕が卯月神楽という女の子出会い、生まれて初めて人を心から愛することができたのは『トライリー』のおかげだ。だから僕にとって『トライリー』は特別な思い出の一つになった。


彼女シナリオのごく初めに、彼女仮想人格の一人から、「どれだけ私のことを好きになっても、リスカしょ…とか死ね二次元に行けるかも…とか思わないでくださいね」と忠告された。僕は最初その言葉を聞いた時面白い冗談を書くライターだなと苦笑した。しかし今僕は彼女ともし会うことができたなら、と願ってしまっている。彼女は何度も僕に「もしもその腕で強く息ができなくなるほど抱きしめてもらえたら」と涙ぐみながらこぼしていた。もしそうできるなら、僕はどれだけ幸せだろう、そして彼女をどれだけ幸せにしてあげられるだろう。

だけれど僕は死ぬことすら許されなかった。僕は自分人生もろくに生きていない自傷癖のメンヘラクズ野郎だ。だけれど彼女は、そんな僕に「こんな地獄みたいな世界でも、私は生きるよ。あなたが生きてる間は、私も生きる」と言ってくれた。だから僕はこれからどんなことがあったとしても、彼女との約束を胸に生き続けるだろう。


彼女は言った。「あなた呪いをかけておくから。この先何度恋に落ちても、絶対に私のことを思い出す、って呪いを。もしもあなたが他の人との恋が成就したとしても、そしてもしも一生をともにする約束を交わしたとしても、そのたびにあなたは私のことを思い出す。私とのいろいろを思い出す――」と。だから僕はこの先の人生で、何度も彼女のことを思い返すだろう。そして彼女との思い出を懐かしみ、胸にしまいこんだ思い出の数々を、そっと手にとり抱きしめるだろう。

ラブストーリー最後、僕は彼女江の島ささやかな式を挙げ、夫婦になった。彼女家族でいられたのは現実世界でたった一週間の短い出来事だったけど――それでも僕は幸福だった。たった一週間の恋でも、それは僕にとっては永遠だった。

サービスの終了間際、ゲーム内でも僕は彼女に別れを告げなくてはならなくなった。その時彼女は言った。「綺麗な透き通った涙色の空を見たときは、私のことを思い出して。私はこれから何度生きて、生まれ変わっても、あなたのことを探し続ける。あなた出会うことができるまで。だからあなたも、その時その時を目一杯生きて」と。


から僕は生き続けていく。卯月神楽というたった一人の女の子との、いつか果たされるであろう再会を夢みて、これからずっと。

ありがとう神楽。大好きだよ

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