昼のフレンチトーストは最高だった。
かといって、店で普通に売ってるものもなんか違う。高いのは高すぎて嫌だし
安いものは味も安っぽい。普通のヤマザキとかコンビニパンで売っている、メープルゼリーやらホイップクリームやらも違う。そうじゃない。
もっとこう、卵と牛乳とバニラ、そしてふわぷにょな食感、温かさ、そして適度が甘みが求められる。そして、バターの香り。多分ここだな。香りがポイントなんだと思う。家で作ったんじゃ売り物っぽい香りがしない。普通の、かーさんが土曜日に手抜きで作ったフレンチトーストの域を出ない。きっと売り物はスパイスとか発酵バターとか、生乳とか使ってんだろ。どーせ!知らんけど。
まあそんなことはどうでもいい。今日のお昼は求めていた味と出会えたんだから。
スーパーのパンコーナーにフレンチトーストが無かったのも、牛乳が値引きされてなかったのも、セブンイレブンにすら無かったのも、ローソンでは駐車場に停めることすらできなかったのも、すべてあのフレンチトーストと出会うためであったのだ!全ては神の思し召しであろう!
地方の中でさらに辺鄙な場所にある規模の小さい名の売れないパン屋。けども老舗じゃない。古ぼけた昔の焦げ目のつけすぎたパンじゃない。最近出来たオシャレ系パン屋。ミルクフレンチとか置いてある、しかもシフォンケーキまで置いてあるパン屋。それが良かった。
私がそこに辿り着いたのはお昼も過ぎておやつの時間にさしかかろうとしている時であった。当然大波が過ぎ去った後で、残ったパンも少ない。追加するほど数も作っていない店なので、入った時の閑散とした雰囲気ときたら、選択を間違ったかと早計させたほどだ。
しかし、レジ真正面のオススメパンコーナー。そこに鎮座していたオニオングラタンスープ風の物体に私の目は釘付けとなった。
たしかにそう書いてあった。フレンチトースト、フレンチトーストだ!ついに見つけた!
だが待て。目の前のフレンチトーストはバゲットを一切れ卵液につけただけの小ささ。これだけだとなんか足りない。私は店内を見まわった。5歩もあれば見回り終えるような小さいスペースに、原料であろうバゲットとサンドイッチ、デニッシュ、チーズケーキに件のシフォンケーキが並んでいた。大方の品は売れて、店の半分を占める奥の棚は空だった。
私は野菜を気にしてサンドイッチを手にし、「ココナッツのフレンチトースト」をトングで優しくトレーへ運んだ。そしてすぐ目の前のレジへ差し出す。「お願いします」と会計を頼むと、あまり愛想の無い感じで店員さんはレジを打つ。その間に、私の中の幸福がむくむくと膨らんでいた。ついにフレンチトーストが食べれる。プリンにフレンチトーストが埋まったような風体、紛れも無くふわとろ食感であろう。そしてココナッツ。これ。これこそ家で表現できないプロの香りとなりうる素材。期待できる!
わくわくしすぎてレジのお姉さんに「今日はずっとフレンチトースト食べたかったんですよ!やっと見つけて嬉しいです!」と子供の感想みたいな事を言いそうになったが、お姉さんは無駄のない所作で素早く会計を済ませてしまったため、そんな雑談を挟む隙など無かった。ただ、私が袋をフリフリしながら「どうも〜」とテンションの上がった声音で挨拶をしたため、最後の「ありがとうございました」はなんだか優しげだった。
さて、ここですぐに袋を開けてがっつくのは無粋だ。食事には相応の場も必要なのだ。
静かで、フレンチトーストを食べるのぴったりな、カフェのようなオシャレさと清潔感があるところ。天気が良いならお気に入りの神社に行って神様に「フレンチトースト見つけました!ありがとう!」と感謝をしてから緑の中で岩に腰を下ろして木々の囁きに耳を傾けながら食すところだが、今日は生憎の雨模様だ。屋根付き施設で飲食OKな場所は案外限られる。ので、私の心は早々に決まった。脳裏に浮かぶのは耳をすませば。図書館の飲食スペースで夏の風に髪を揺らしながらサンドイッチでランチをしていたヒロインの姿。あの爽やかさをフレンチトーストで再現してみせようではないか。
私は車を飛ばして中央図書館に辿り着いた。市内で飲食スペースがあるのはここだけだ。
目立たない場所にあるそれは、昼を過ぎていることもあり無人。電気すらついていなかった。白い壁と古ぼけた丸椅子が薄暗闇に浮かび上がるのはさしずめホラー映画のワンシーンだが、フレンチトーストがあれば何の問題もない。私は私だけのために電気をつけ、窓の近くに座った。血糖値と栄養の吸収を気にしてサンドイッチから食べた。辛かった。そして念願のフレンチトーストに手をつけた。
ふわふわだった。
美味しかった。
一部はプリンのように柔らかかった。その一方で卵液の染み込みきっていない部分はパンの食感と風味が残っていた。
そして、上にかかっていたココナッツファイバー。これがシャクシャクと新しい触感をプラスして、とてもとても美味しかった。
私は生涯この日を忘れない。