はてなキーワード: 尾崎南とは
個人的にBLを買うが、エロは求めてないしエロが多すぎる本に出会うと辟易する。
エロ【ばかり】ではないという主張はわかるけれど、それはメイドカフェに行くのはオタクばかりじゃないよ!という無理な主張と同レベルにしか感じない。
キス未満のほのぼのやストイックなもあれば、擬人化もあるし、ネコ耳だってあるし、ショタ、学生もの、サラリーマン、893、アラブ王、オヤジ、果てはカニバや3P、4P、陵辱まで何でもござれだ。
はっきりいってBLというひとくくりにする事自体が難しいんじゃないかと思う。
表紙がエロじゃないからセーフって考え方もどうかと思う。
http://anond.hatelabo.jp/20081111142328
であげた表紙だってエロそのもではないけど彷彿とさせるものが多いしなあ。
モロな時もあるから表紙だけでは判断すると危険。
特にエロ小説は大体にして濡れ場が挿し絵になっているから、一般の人がイラストだけパラパラっと見るだけでも厳しいのはわかると思う。
エロを特に求めていない私でも、小説のうち9割は濡れ場のイラストあるもの。イラストの力が大きいというのは同意だ。たぶん、イラストがなかったら、今回の件は起きていなかったように思う。
ちなみにこの辺の漫画表紙でセーフってレベルじゃないだろうか。
BLはエロじゃないよと腐女子が否定してしまったらBLの行き場がなくなってしまうよ。BLはエロも許容するよ。それが文化だよ。
昔はエロがなかった?でもエロが売れたからBLにエロが増えたんだよね。誰のせいでもなく腐女子という人たちが自分達で選んだ道なんだよ。
(追記:ごめん、昔はエロがなかったというのは間違いだ。エロを強調するようなイラストは少なかった。今はエロを彷彿とさせる表紙が増えていると思う…と言いたかった。尾崎南懐かしいな。あれはBLの走りだよね)
だから図書館の件も仕方のない事だと思っている。むしろアブノーマルな趣味だとも思うから日陰でいい。
http://anond.hatelabo.jp/20071010123250
とあるが、元増田にも
昔の尾崎南があれだけカリスマだったのは、若島津健と日向小次郎に対する愛情が度を越えていて、「誰もこの人の妄想には勝てねぇ」と無条件降伏させれられていたせいなんだと。
とあるように別に腐女子全てが消費者なわけではない。むしろ腐女子というのは、全くそうでないものからそれを連想すること、そういう思想を持つ者のことをいうのであるから、必ずそこに「妄想」という生み出す行動が入るので、むしろ創造的でさえある。(ただしその創造性が生産的であるとは限らない)
また、腐女子というのはそもそも思想的な分類であり、オタクと腐女子は対となるものではなく、むしろオタクの一派として腐女子があるはずである。それは「2次元」や「フィギュア」や「鉄道」と並べられる「属性」とは別チャンネルとして存在する。だから「バイキンマン×アンパンマン」や「ブッシュ×小泉」や「茶碗×箸」が同じベクトル上に存在することができるのである。
これだけ世の中が腐女子腐女子と言っているのに、腐女子の代表格とも言うべきカリスマ腐女子の人が出てこないのは不思議だ。腐女子であることが当然であるBL漫画家やBL作家を除いて、純粋に腐女子であることをアイデンティティとして出てきた有名人がいない。オタクなら中川翔子がいるけど、あれは腐女子じゃなさそうだし。喜屋武ちあきも腐女子内では黙殺されてるっぽいし。三浦しをんがギリギリそうなのかな。カリスマ腐女子ネット有名人とかもいないよな。オタク界でいうところのゴルカムさんとか、かーずさんみたいな。
というようなことを腐女子の彼女に聞いてみたら、腐女子が表に「出てくる」ということじたいが禁忌なので、そんな身内を売るような人がカリスマ扱いされるわけがないんだそうです。有名な腐女子系サイトもあるにはあるが、そういうサイトさんは管理人さんがあまり表に出てこないようにしていると。
そもそも腐女子界のカリスマとは、萌え対象作品に対しての知識が豊富で愛情が深く、瞬発力と持久力と表現力がある人のことを言うのだそうだ。広く浅く移り気な腐女子はかえって蔑視される傾向にあると。
昔の尾崎南があれだけカリスマだったのは、若島津健と日向小次郎に対する愛情が度を越えていて、「誰もこの人の妄想には勝てねぇ」と無条件降伏させれられていたせいなんだと。なんかぱんつにおけるたかすぃさんみたいだな。
腐女子のカリスマは作品ごと、ヘタをすればカップリングごとに存在していて、ファン同士のコミュニティから出てくることはない。出てきた奴は一瞬にして敵になっちゃうから。俺としては、カリスマリボーン腐女子vsカリスマテニス腐女子討論会みたいなの、見てみたいけどなぁ。