2024-01-07

「人命が何より大事」は曖昧にしておいた方がいい

飛行機事故ペット問題で「人命よりペットを優先する奴はアホ、基地外」みたいな声が相当大きくなってて、実際それは正しくはあるんだけども、いざ自分当事者になった時の事を考えるとあまり声高に叫ばない方がいいんじゃない自分は思ってる。

1/2の飛行機事故では旅客機側の人員は全員生存貨物室および客室に残された貨物および動物は全滅、という結果にたまたまなった訳だけども「脱出時には何も持たないでください」というアナウンスにもかかわらず、リュックを持って出た人/小さめのポシェットハンドバッグを持って出た人/動転したのか何なのか書籍ペットボトルを持って出てしまった人など様々な人がいたようだ。

CA漫画家さんによればそれらの持ち出しは全てアウトで、ポシェットウエストポーチカバンはもちろんズボンの尻ポケットなどに入れるのもNG、腹部に巻く/隠すのもNG、持って出られるのは背中や尻など脱出用の滑り台と摩擦の起きない部分のポケットしまわれた小物だけ(これも多く入れていると出すように言われる)だそうだ。

しかいくら命には替えられないとはいえ身分証保険証を入れた財布、スマホ、家の鍵などは最低限持ち出したいという人が大半だろう。自分のせいでスロープが破損するリスクが生じるとして、じゃあそれを燃え盛る飛行機に全て置いて逃げるのが正しい、『他の人も同じようにしてくれるかどうかわからない、』わかっていてそれをできる人がどれほどいるだろう。

強いこだわりの特性を持つ人が機内にいて、無理に手放させたら大パニックを起こしてしまう物を持っていたとしたら。重い持病を抱えていて、毎日の服用が必須な常備薬をカバンに入れている人がいたとしたら。替えも取り返しもつかない貴重な何かを持っている人がいたとしたら。想像をすればキリがない。

1/1の能登半島地震では道路がそこかしこで寸断されて交通網が壊滅状態となり、被災者支援には自治体自衛隊、国から依頼を受けて支援物資を運びにきた企業救急消防などの支援および救護の妨げになるので、不要不急の移動は控えるべきと言われている。実際にこれもその通りで大渋滞が起きているという。ボランティア精神を履き違えた頭お花畑どもは死ぬべきだと血気盛んなネット世論は大騒ぎしている。

しか現実には能登に住む家族親族のために物資を満載して車を走らせた個人が数多くいただろう。「あなたの車が能登に住む他の皆さんに支援物資を行き渡らなくさせ、助かる命を助からなくさせているのですよ」と誰かに言われたらその通りなのだろう。それでも彼らは承知大事な人のもとへ向かったはずだ。生きている自分家族を1秒でも早く飢えや寒さや不自由から救いたくて、その他の被災者生命を削る選択をしたはずだ。

本当に人命が大事なら、能登にいる被災家族のことは自治体にまかせ、数日の不自由は耐えてもらうのが能登被災者全体にとって正しいはずだ。じゃあ今苦しんでいる家族を前に何もせず家で耐えているのが正しい、『他の人も同じようにしてくれるかどうかわからない、』わかっていてそれをできる人がどれほどいるだろう。


震災事故に限らなくてもそういうことが世の中にたくさんある。

人命が大事と言われていても、他人の人命より自分の何かをこっそりと優先してしまうずるさや愚かさがおそらく全ての人間にある。無論私にもある。私は物をどこにしまたかすぐに忘れてしまうので、遠出の時はウエストポーチを身につけている。中に保険証マイナンバーカードも家の鍵も財布もスマホも全部入っていて、そのポーチを全部捨てろと言われたら自分が誰かも証明できなくなる。だから「最低限財布とスマホと鍵を持って脱出するにはどうしたらいいか」を必死でググっていた。夏場そうなったらどうしたらいいか途方に暮れていた。


そういう自分の愚かさを前に「命が一番大事に決まっているだろう」と他人を指差し非難する勇気は持てない。いつか自分もそうやって他人に指を差される日が来ると思うから

ペットの命も助けて欲しかったという人、最低限の荷物だけは持って出るのを許して欲しいという人、老親を助けない訳にいかなかったという人、その全員に自分と同じエゴを見て「明日は我が身だ」と思っている。

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