バカみたいな話だが、特にゴキに関してCM等で怖がり不快に思うよう洗脳されている気がしてどうしても恐怖を克服したいと思い学生時代駆除業者でアルバイトをしたことがある。
一般家庭ではなく外食や商業施設テナントの害虫調査と駆除、主にネズミとゴキがターゲットだ。
最初はトリモチについた数多のネズミが身体は千切れボロボロになっても必死に生きようとする無残な姿とそれを躊躇なくふたつに畳んでブスブス足で潰しながら歩いていく先輩の姿に何度も目を背けたくなった。
私達が担当するような商業テナントのゴキは小型のチャバネが多く一般家庭で見られる大型のクロゴキは屋内で大繁殖していることはほとんどない。
それでもとあるスポーツクラブの屋外練習場でクロゴキが大量繁殖しナイター営業している時に床を縦横無尽にクロゴキが行き交う様は凄まじかったし、見えているのか見えていないのか無造作に練習道具やタオルの入ったバッグを置いてナイターのスポーツに汗を流す利用者の姿は不思議だった。
(この時は従来の毒エサに加え、大元になっていた屋外の空調室外機器類への徹底的な殺虫が行われた)
基本的には小さなゴキホイホイみたいな調査キットで生息地を絞り込み毒エサで駆除をする。
ゴキというのは本当に頭が良くて、同じところで仲間が駆除されたら基本的にはもうそこには近づかないし住処を変える。
同じ毒エサも何度も繰り返し使用し続けると目に見えて効果が下がる。
このいたちごっこのサイクルを緩やかに間延びさせ生息数をできるだけ少数で抑え続けるのがプロの業者の真髄である。
最初は恐怖を克服するつもりではじめたアルバイトだったが、何度もネズミやゴキを駆除しているうちに芽生えたのは彼らへのある種の畏敬の念だった。
ネズミもゴキも今この瞬間を生きるために本当に一生懸命考え抜いて生きている。
例えば彼らがひと刺しで人を死に至らしめる毒針や毒牙を持っていたら現代文明の中で生きながらえただろうか。
彼らはヒトが作り上げた文明の中でそのおこぼれをもらうことに適応する形に進化した。
動物園の動物にヒトの残飯をあげたら腹を壊すが、小型化し群衆を形成し悪食で生き延びる事ができる野生の強さはまさに生きることそのものである。
私はあの数年間のアルバイトで一般人の何千倍、もしかしたらそれ以上ネズミとゴキを殺した。
父や祖母祖父のお墓参りに行く時など、ふと「私はきっと天国には行けないだろうな」と思ったりもする。
子供達もいっちょ前にゴキを怖がるのだが、スパーンと新聞で引っ叩き(出来るだけ潰れないように加減する)そのまま触覚を掴んでポイと窓の外に放り投げる私。
という息子の声を聞くと、こういう事で母の威厳を保つのはちょっと想定外だったんだけどなぁと苦笑いしてしまう。
ちなみにゴキと対峙した時に一番大切な心構えはむやみに恐れないことだ。
恐怖が伝わった時、ゴキは決死の覚悟であなたに向かったり、飛んで逃げようとする。
「殺る時はできるだけ素早く静かにな」
バイト帰りに洗面所で髪を解くとパラパラと死んだチャバネが落ちてきて血の気が引いた事は忘れられないが、ゴキとネズミのおかげで少しだけ強くなった母ちゃんがここにいる。