2020-04-03

現金30万円給付レース

2XXX年。あるウイルスの影響により、世界経済危機に見舞われた。

ある者は職を失い、ある者は将来に不安を抱き、ある者は少ない給与さらに少なくなった。今はなんとかこらえている企業のなかでも、ボディブローのように響くことは目に見えていた。

そのようななか、救済案として政府が打ち出したのが「現金30万円給付案」だ。

ルール簡単。専用窓口で「ショトクゲンショウショウメイショルイ」もしくは「ゲンセンチョウシュウヒョウ」を提示し、申し込みをするだけ。しかし、一体何名が対象になるかは明記されていない。国民は悟った。先着順だと。

対応人員確保とコストダウンのため、申し込み窓口は一本化された。政府の発表によると、申し込み日当日AM8時、国民一人ひとりに普及されているバーチャルデバイスに窓口の所在地が表示されるのだという。

AM7時半、F氏は緊張した面持ちでその時を待った。このレースには運も重要だ。トーキョー在住のF氏にとって、カントー地方以外なら勝ち目はない。

100年ほど前、環境保全目的個人での車所有が禁止となった。移動手段はもっぱら国の用意する「国民車」を利用する。国民車は目的地を告げると最短ルートで走り出す。

国民車の走行の妨げとなることから二輪車やその他すべてのモビリティは専用運動場か私有地のみの利用に限られることになり、人々の移動手段はすっかり国民車に依存した。

窓口が公開されれば人々は一斉にその地を目指す。国民車では渋滞に巻き込まれるだけだろう。国民車以外で窓口に向かわなければ。

政府の発表を受けたとき、F氏は、自身小学生のころに自由研究で知ったジテンシャの存在を思い出していた。ガソリン等の燃料は不要で、人の筋肉のみで動く車。それでいながら、時速70kmも出るという。

ジテンシャで、勝負するしかない。そう決めたF氏は仮想古代動機機械博物館アクセスし、ジテンシャの展示をデジタルデバイススキャンし、自宅の3Dプリンタコピーした。チリンチリンと呼ばれる楽器が付いている意図は分からないが、そのまま転用することにした。

そうして、F氏はジテンシャを手に入れた。ジテンシャにスタンドをつけて、自宅で毎日100km分のペダルを回した。そうして身につけた強靭な太ももはまるで樹齢50年を超える樹木の幹のようで、誰にも太刀打ちができない。この肉体こそが最高のエンジンだ。30万円を手にするのは、この俺だ。

8時59分50秒、生唾を飲む音がする。発表までのカウントダウンだ。…3・2・1…。

デジタルデバイスに表示された窓口は、F氏の自宅からわず10km。10分そこそこでつくだろう。F氏は微笑み、すぐにジテンシャに跨がり、漕ぎ出したーーー

瞬間、F氏の視点は反転した。ジテンシャは国民車と違い、二輪で走行するために、特殊な訓練を経る必要がある。かつての人は幼少期にジテンシャに乗るための特殊訓練を受けていたが、F氏はその存在を知らなかった。家では、常にスタンドをつけており、特殊訓練、つまりバランスをとることをしてこなかったのである

F氏は地面に顔をこすりつけた。眼の前に、チリンチリンがある。F氏はそれを叩いた。チリン、チリン、チリン。さながらそれは、ボクシング試合終了を告げるゴングのようだった。地面にはF氏の涙が垂れた。

一方、窓口には予想通りたくさんの人が国民車で駆けつけた。渋滞にしびれを切らした人が道路に出て国民車たちが一斉に止まり、途中で国民車を降りた人々の列は次第に崩れ、我先にと窓口へ詰めかけた。なかに火炎瓶を持って周囲を威嚇する人や、機関銃を乱射しながら人をかき分け給付申請をする者もいた。窓口への道が人々の血で舗装されたころ、給付は締め切られた。

なお、30万円給付にありつけた人の大半が専用窓口における受付担当関係者であることが週刊誌にすっぱ抜かれ、呆れ落胆した人々からはすべてを笑って許すというムーブメントが生まれた。人々は口々につぶやいた「ええじゃないか」、「ええじゃないか」。海外からは「明るいデモ」として報道され、「Sec.EJyanaica」として歴史教科書に載ることになるのだが、それはまた、別の話。

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