それから連絡を取り続けて数週間が経った、ある日。
結婚相談所に近況報告をしにきていた。
「昨日、二人でデートみたいなことをしたんですよ」
デートの三日ほど前、そのことを相談してノウハウを授かっていた。
そして入念な下準備の甲斐もあって反応は上々、かなりの手ごたえを感じたという。
「ほう、やったじゃないですか!」
コンサルタントが喜んだのも束の間、タケモトさんが表情を曇らせて「ですが」と言葉を続ける。
「……きっぱりフラれました」
「いや、そこまでせっかちじゃないですって」
「では、どうして?」
タケモトさんは「そんなことこっちが知りたい」という顔をしながら、その時の状況を語りだした。
デートが終わりに近づいたとき、彼女が唐突に言ってきたらしい。
「……やっぱりダメ」
「え?」
「とき……なに?」
言っている意味が分からなかったが、自分は今フラれているということだけは確かだった。
デートでヘマはしていないはずだ。
「何がダメなんです? 言ってくれればオレも改善しますよ。どうかチャンスをください」
捉えどころのない答えではあったが、つまり何らかのハードルを跳び越えられなかったのだろう。
そうタケモトさんは思った。
思いつく限りの要素を羅列していくが、その度に彼女は首を振っていく。
「違います、私はそんなことにこだわりません」
「じゃあ、何なんです!?」
彼女が告げたのは、タケモトさんにとって最も理不尽なハードルだった。
学歴なら勉強すればいいし、収入なら貪欲に金を稼げばいいし、見た目なら美容整形に行けばいい。
しかし“ときめき”なんていう漠然とした要求は応えようがなかった。
「良い大学に行ってなくても、収入が心もとなくても、容姿が悪くても、それが気にならないほど好きになれる。多少の不安要素があっても、それでも一緒にいたい。そう思える相手がいいのです」
「いや、だから、それはどういう人間なんだよ」と思ったが、タケモトさんは声に出さなかった。
「それは……お気の毒に」
「『多少の不安要素はあれど、それでも一緒にいたいと思えるほど好きな相手』って何ですか。ある意味で史上最大の高望みですよ」
以前、コンサルタントは高望みの定義を「ハードルの“高さ”ではなく“数”」だと言っていた。
しかし今回は逆で、一つのハードルがあまりにも高く、形も歪だったせいで跳べないパターンだったようだ。
「自由恋愛時代の反動なのかもしれません。婚活の場においても強い恋慕やロマンスを求める人は一定数いるんですよ」
完走者の美談が跋扈し、人間の多様な要素に不毛な優先順位がつけられる。
「“結婚”という社会的なシステムで、そういう部分を何よりも追い求めるのって、矛盾していると思うのはオレだけですか?」
「ここで働いている身からすれば、矛盾していない人のほうが珍しいですからね……」
「今回は残念でしたね。運が悪かった……くらいの気持ちでいいと思いますよ」
「はあ……オレも選ぶ側の意識が芽生えてきましたよ」
「それは何より。で、相手に求める条件は?」
「条件を求めてこない人」
「それは……中々の高望みですね」
今でもタケモトさんが婚活をしているのかは知らない。
≪ 前 もちろん、個人の心構えが変わったところで物事はそう簡単に好転したりはしない。 亀が死ぬ気でやってもハードルは跳び越えられないし、居眠りしない兎に勝つなんて無理だ。...
≪ 前 「担当だった私の顔写真まで貼られてしまいましてね。逃げ場を断たれたと思いましたよ」 コンサルタントは、婚活レースにおける敏腕コーチとして祀り上げられる。 おかげで...
≪ 前 「高望み、上昇婚が困難とされる理由は何だと思いますか?」 「そりゃあ、ハードルが高いせいで飛び越えられる人が少ないからでしょう」 「ちょっと違います。あれの最大の...
≪ 前 「再開は30分後となります。それまでは、しばし休憩を」 折り返し地点にさしかかったところで休憩が入った。 とはいえ、この時間は自由な交流が認められている、いわば追加...
≪ 前 コンサルタント曰く、この婚活パーティの参加者は常連が約8割。 つまり結婚したくてもできない人間、“売れ残り”ばかりが棚に並んでいるんだ。 そしてこのお見合いパーティ...
≪ 前 「年齢は近いほうがいいですかね。あ、あと異性で」 「他にはありませんか?」 「自分が働いているので専業で家事ができる人……いや、家事代行を頼める資金があるなら、共...
≪ 前 「あれは確か数年前、いわゆる倦怠期での話ですが……」 マスターは惚気話だと思われないよう自嘲を多分に交えつつ、自身の結婚エピソードを語っていく。 それは如何にもあ...
≪ 前 少し前までタケモトさんは結婚願望というものがなかった。 厳密に言えば、それが自分にあるかどうか考える余裕すらなかったんだ。 退屈させてくれない労働、ソリが合わない...
「“結婚はゴールじゃない”なんて言う人いるけど、あれ大した理屈じゃないよな」 俺がそう言うと、兄貴は体の向きを変えないまま「そうだな」と答えた。 「“じゃあ、あんたのゴ...
もうやめなよ・・・。 誰も君の小説を読まないよ・・・。