今の会社に勤めて5年になる。おれの会社はちょうど今が繁忙期だ。だから休日だとか祝日だとかそんなのはお構いなし。毎年、クリスマスイブは日付けが変わるまで帰れない。
うちの会社は忙しい時期とそうでない時期の差が激しいが、それ以外はごく普通の会社だ。給料は普通。つまらない作業が多いが、たまに楽しいこともある。超普通。辞めたいとはたまにしか思わないが、辞めたくないとも思わない。
ただ一つ重大な欠点がある。所在地が田舎すぎるんだ。うちの会社は北海道のハズレに所在地を置く。この街だと飲食店なんて21時にはほとんど店じまいだから、日付が変わるまで会社に居た日なんかは、ちょっといいものを食べて帰ろうと思っても店がやっていない。
クリスマスが孤独だと感じなくなったのは4年くらい前からだろうか。今の会社にぼちぼち馴染んできた時期だ。孤独だと感じなくなった理由はいろいろあるけど、一番は山岡家に出会ったことだろう。おれは就職するまで山岡家に行ったことが無かったけど、いざ行ってみるとなかなか良い店だということがわかった。今では常連だ。
山岡家は救世主だ。21時になるとたいていの店が閉まるこの街で、孤独に24時間営業を続ける救世主。クリスマスだろうが正月だろうが、いつだってコンビニより明るい照明でおれを照らしてくれる。この街で24時間営業しているのは、国道沿いの山岡家と駅前のすき家だけだ。
イブの深夜なんて山岡家かすき家しかやっていないから、今年もクリスマスディナーは山岡家だ。仕事が終わって死にそうになりながら会社を出て、明日の朝食にスーパーで半額のローストチキンを買ってから山岡家に向かう。「またイブに来ちまったな」なんて言いながら駐車場を歩く。返事はない。山岡家から放出されている公害レベルの豚骨の匂いを全身に感じながら店内に入る。24時間365日公害レベルの豚骨の匂いを浴びせられる近隣住民はかわいそうだな、洗濯物とかどうしてるのかな、なんてどうでもいいことを思わなくなったのはいつからだろう。
山岡家は食券制だ。食券制は素晴らしい。人類の生み出した文化の極みだ。店員と余計なやりとりをする必要がないというのは、仕事で疲弊したおれにはとても心地が良い。店員だって食券制のほうがいいだろう。
醤油ネギチャーシューとライス、今日はめでたいから餃子も付けて席に座る。5枚集めると餃子が貰えるサービス券が2枚出てきた。家にかなり溜まっているのでそろそろ使わないといけない。時間が時間なので店内はかなり空いている。いつもはカウンター席だけど、今日は迷わず6人がけの席に座る。食券を渡してコイメカタメスクナメと店員に告げる。なんだか通ぶっているみたいで最初は照れくさかったこの呪文みたいなセリフも、今では「お疲れ様です」って挨拶と同じくらいスラスラ出てくる。
そういえば去年も同じメニューだった気がするなあ、なんてつぶやきながらラーメンを待つ。しばらくすると餃子とライスが先に来る。ここで餃子に手を付けるのは素人だ。ラーメンはどうせすぐに来るし、焼き立ての餃子は熱すぎて味がわからない。熱々のたこ焼きだの唐揚げだの餃子だのを食べて熱がるのは、テレビだったら映えるかもしれないけど、そろそろオッサンと呼ばれてもおかしくない年齢の男がやってもただただ可愛そうなだけだ。
1分もしないうちにラーメンが来る。醤油ネギチャーシュー濃いめ硬め少なめだ。ラーメンマニアはこの瞬間を着丼と表現するらしい。最高気温がマイナスにしかならない冬の北海道に山岡家が着丼した。最高気温がマイナスにしかならない冬の北海道で深夜に山岡家を食べる幸せを味わえるのはこの地球でたった500万人の北海道民だけだな、なんて思ってニヤニヤしていると、毎年イブの夜になると一緒に山岡家に行く同じ職場の彼女が「どうしたの」とつぶやく。おれは笑いながら「今年もお前と一緒に来ちゃったなあ、って思って。もう4年連続だよな」なんて言って誤魔化して、掃除機みたいにラーメンをたいらげてすき家に向かった。どうやら来年のイブも山岡家のお世話になりそうだ。
明日またここに本当のラーメンをお見せしますよ