私がTwitterを始めたのは高校入学したばかりの頃だった。
私は自信のない人間だった。当時は自分に自信がないってことに気づいてすらなかった。
周りに合わせないと嫌われる、絶対に素を出しちゃいけない、って常時自分に言い聞かせてた。
コミックやアニメが好きで、でも腐女子じゃなくて、男子のオタクに声かけて混じるほどでもなかったから、
腐女子のふりをして腐女子グループに合わせてたっていうのもあるかもしれない。
けど、とにかく、余計なことをしたら嫌われるって固く思ってたし、
迷惑をかけたくない一心で、向こうから声かけてくれる人以外とは話さなかったから、趣味の問題は関係ないかもしれない。
今考えると迷惑をかけたくないんじゃなくて自分が傷つきたくなかっただけで、馬鹿だな自分って思うけど。
親や先生が時々「友人を選びなさい」って言うのを聞くといつも、
「友人を選べる立場になんてない、私は選ばれるのをじっと待ってるしかない側の人間だ」って思ってた。
そういう時に、素を出しても嫌われても構わないような場所としてTwitterを始めた。
好きなこと書けた。
こう言うと愚痴とか書いてたみたいだけど、学校で気を張ってる分、
Twitterでは、いわゆるほえーとかはにゃーんとか、お菓子がおいしいとか、本当に独り言を呟くのと、
腐女子の人達の前ではあまり口に出せない、女の子キャラ可愛い、ゲームのやりこみ面白い、のような話が中心だった。
ほえーとかはにゃーんも誰かに可愛いと思ってほしかったわけではなく、自分で自分を癒すようなもので、他意はなかった。
でも面白いように男性が釣れた。ということなんだと思う。今になってみると。
当時はそんなことは分からなかった。素で話せる友達が増えてうれしい!と思ってた。本気でそう思ってた。
数回だけ、サシはなかったけど、オフもした。
年上がほとんどだったこともあるのか、Twitterのフォロワーさん達は親切で良い人ばかりで、
ヘタレっぽい人達であるところも含めてアニメの兄妹物に出てくる兄みたいだ、と、本気で思っていた。
そう言ったら喜ばれた。
一応JKである自覚はあったので、ホテル目的、というのも気をつけていたつもりだったけど、全くそんなことはなかった。
ただ、アニメやインターネットが好きなお兄さん達だった。たまにお姉さんもいたけど、数は少なかった。
ゲーセンでとったぬいぐるみをくれる人もいた。ご飯を奢ってもらったりもした。
どうして私みたいな、年下で話もつまらない女子に色々してくれるんだろう、なんて親切な人達なんだ。って思ってうれしかった。
しかも私は学校と違って素だったから、素の私でも受け入れてくれる人達がいるんだ、って思った。
その後も特定の人と特別に仲良くなって付き合ったりすることはなくて、いくつかのグループとして仲が良くて、私だけ女、というのがほとんどだった。
つまりオタサーの姫だった。
素の自分でも好いてくれる(恋愛の意味じゃなく)人がいる、ということが、だんだん染みこんでくると、
それで、それまでは部活なんてしたら迷惑になるだけで嫌われるから絶対にやらない、と思ってたのに、
大学入学の時に、自分のしたいことをしてみてもいいかも、素の自分にも友達できるかも、と思えるようになって、サークルに入った。
それでも一日数ツイートは続けていたんだけど、私がうかつで、親にアカウントがばれそうになって、色々あってアカウントを消した。
仲良くなったフォロワーさんとは、まだちゃんとLINEやFaceBookで連絡がとれるから別にいいか、というのもあった。
まだその時にはオタサーの姫という言葉はなかったけど、自分がそういう存在だったのかもしれないという自覚が出てきて、悲しくなったというのもあった。
今でも、オタサーの姫が揶揄されてるのを見ると、複雑な気分になる。
誰にともなく言い訳したくなる。
別にそういうつもりじゃなかった。姫に奉仕することを、お兄さん達に強いてたのならすみませんでした。
でもお兄さん達のおかげで、私は本当に救われたし、少しは自分から人間関係が作れるようになりました。
まだそれほど上手じゃないけど、今では接客業のバイトも始めました。
あの時仲良くしてもらって私は本当に嬉しかったんです。
それは姫として扱われたからじゃない、それとは関係ない、姫じゃなくても構わなかった、と言いたいけど、
当時の私はたぶん、姫扱いしてもらうくらいじゃないと、「迷惑かも」「嫌われてるかも」と思って、オフに参加したりできなかったと思う。
だから、姫じゃなかった、ただ仲が良かっただけとは言えないけど、
でも、姫として得をしました♪オタサーの男どもちょろい♪というようなことは、絶対に思ってません。
あの頃オタサーの姫でした。
そうじゃないとやっていけませんでした。