はてなキーワード: 天ぷらとは
どうやら村上は、この本のアメリカ版をそのとき初めて目にしたらしい。
日本では『1Q84』は2年を掛けて3巻に分かれて発表された(村上は2巻目で一度終わりにしたが、一年後にもう数百ページ付け足したのである)。
アメリカでは、一巻のモノリスとして組まれ、秋の読書イベントに発表が設定された。
YouTube ではきらびやかなトレーラームービーを見ることができ、
一部の書店では発売日10月25日に深夜営業が予定されている。
Knopf は英語訳を急がせるため、二人の訳者に手分けして翻訳をさせた。
村上にこれほど長い作品を書くつもりがあったかと尋ねると、なかったという。
これほど長くなることが分かっていれば、書き始めなかったかもしれないともいう。
彼はタイトルや冒頭のイメージ(この作品の場合は両方だった)が浮かんだ時点で、机の前に座り、
毎朝毎朝、終わるまで書きつづけるのである。
といっても、この大作はごく小さな種から生まれた。
村上によれば『1Q84』は、人気を博した彼のショートストーリー『四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』(英語版では5ページ)を増幅させたものに過ぎないという。
「基本的には同じなんだ」と彼は言う。
「少年が少女に出会う。別れてしまった後、二人は互いを探し合う。単純な物語だ。それを長くしただけ」
筋書きを要約することすら、少なくともこの宇宙で人間言語をもって雑誌の1記事で書くとすれば不可能だ。
青豆という少女が、タクシーに乗って東京の周縁に掛かる高架の高速道路を行く。
そこで渋滞に巻き込まれ、身動きがとれなくなる。
チェコスロバキアの作曲家レオシュ・ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」だ。
「渋滞に巻き込まれたタクシーの中で聴くのにうってつけの音楽とは言えないはずだ」と村上は書く。
運転手は青豆に変わった迂回路を提案する。
高架高速道路には非常用脱出口が設置されている、そして、普通の人には知られていない脱出口への階段がある、と彼は言う。
本当に絶望しきっているのであれば、そこから地上に降りることもできる。
青豆が考えていると突然、運転手が村上一流の警告を口にする。
「見かけにだまされないように」と彼は言う。
降りていけば、彼女にとっての世界は根底から変わってしまうかもしれない、と。
そしてわずかではない違いとして、月がふたつあった(ちなみに彼女が遅刻した約束というのは暗殺の約束であったことが明らかになる)。
そしてその世界にはリトル・ピープルと呼ばれる魔法の種族がいる。
彼らは死んだ盲の羊の口(詳しく書くと長くなる)から生まれ、オタマジャクシの大きさからプレーリードッグの大きさにまで育ち、「ホーホー」と合唱しながら空中から透明な糸を紡ぎだして「空気さなぎ」と呼ばれる巨大なピーナッツ型のまゆを作る。
この本ではなかばあたりまで、このように浮世離れしたした超自然的ガジェット(空中に浮かぶ時計、神秘的なセックス麻痺など)が繰り出されてくるので、
私は行間にエクスクラメーションマークを置きたくなった。
この数十年、村上は自身が「本格小説」と位置づけるものを書こうとしていると言い続けてきた。
一例として彼は『カラマーゾフの兄弟』を挙げて目標にしている。
その試みこそが、三人称の幅広い視点から描かれた巨大小説『1Q84』であるように思われる。
怒り、暴力、惨事、奇妙なセックス、奇妙な新現実を抱えた本であり、
偶然ぶつかることになってしまった悲劇にも関わらず(あるいはその悲劇のなかでこそ)、
ひとりの人間の脳に詰め込まれた不思議を提示して、本書は読者を驚嘆させる。
驚きを覚える本の数々をこれだけ読んだあとでもなお、私は村上の本で驚かせられた。
そのこと自体が驚きだったと村上に伝えると、彼はいつものようにそれを受け流し、
自分の想像力を入れたつまらない花瓶でしかない、と言い張った。
「リトル・ピープルは突然やってきた」という。
僕は物語の虜だった。選択したのは僕ではなかった。彼らが来て、僕はそれを書いた。それが僕の仕事」
明晰夢を見ることがあるかと尋ねると、
覚えていられたことはない、という。
目覚めたときには消えている、と。
ここ数年で覚えていられた夢は一度だけ、それは村上春樹の小説のような繰り返す悪夢だったという。
その夢の中で、影のような未知の人物が「奇妙な食べ物」を料理してくれていた。
食べたいとは思わないが、夢のなかでは彼はそれに興味をひかれていて、まさに一口入れようというとき目が覚めた。
2日目、村上と私は彼の車の後部座席に乗り込み、彼の海辺の家へ向かった。
運転したのはアシスタントの一人である身ぎれいな女性で、青豆よりわずかに若かった。
私たちは東京を横切り、青豆が『1Q84』で運命的な下降をした高架高速道路の本物へと向かった。
カーステレオではブルース・スプリングスティーンがカバーした「Old Dan Tucker」がかけられていた。
車中で、村上は冒頭のシーンを思いついたときに考えていた緊急脱出口のことを持ち出した(青豆と同じように実際に渋滞に巻き込まれていたときにそのアイデアを思いついたという)。
実際の高速道路で、小説中であれば青豆が新世界に向けてくだっていったであろう場所を正確に特定しようとしたのである。
「彼女は用賀から渋谷に行こうとしていた」車窓をのぞきながら彼はいう。
「だから多分このあたりのはずだ」
と言ってこちらを向いて念を押すように
「それは現実じゃないけれど」
と付け加えた。
それでも、彼は窓の方に戻って実際に起こった出来事を話すように続きを語った。
キャロットタワーと呼ばれる、およそ巨大なネジが刺さった高層ビルのような建物の前を通り過ぎた。
村上はそこでこちらを向いて、もう一度思いついたように、
「それは現実じゃないけれど」と言った。
日本に滞在した5日間のあいだ、私は村上の東京にいたときとは違って、実際の東京で落ち着くことができなかった。
村上の東京、それは本物の東京を彼の本というレンズで見たときの姿だ。
客席の上の方で二塁打が打たれるたびに注目した(私がもらった天啓にもっとも近いものは、枝豆を喉につかえさせて窒息しかけたことだった)。
また、私はローリングストーンズの「Sympathy for the Devil」とエリック・クラプトンの2001年のアルバム「Reptile」をかけながら、神宮外苑という村上お気に入りの東京ジョギングルートをゆっくりと走った。
私のホテルは新宿駅に近い。そこは『1Q84』でも重要な役割を果たす、交通機関のハブ的な場所だ。
登場人物たちが好んで使う集合場所、中村屋で私はコーヒーを飲み、カレーを食べた。
そしてフレンチトーストとタピオカティーの向こうで東京人たちが交わす会話に耳をひそめた。
そうしてうろつくあいだに、村上小説が極度に意識しているものごと、すなわち、偶然かかる音楽、上昇と下降、人々の耳の形といったものを、私も極度に意識するようになった。
実際、彼の小説中の説明をもとにして料理本を出版した人もいるし、
登場人物が聞いた音楽のプレイリストをオンラインでまとめている読者もいる。
村上は、明らかに喜んだ様子で韓国のある会社が西日本への『海辺のカフカ』旅行を企画したこと、
ポーランドの翻訳者が『1Q84』をテーマにした東京旅行のガイドブックを編集していることを教えてくれた。
村上は読者から彼が生み出したものを現実世界で「発見」したという便りを受け取ることがよくあるという。
たとえば、彼が作り出したと思っていたレストランや店が東京に実際ある、など。
ドルフィンホテルというのは『羊をめぐる冒険』で村上が生み出したものだが、札幌にはそれが複数ある。
『1Q84』の発表後、ありえない名字として作り出したつもりだった「青豆」という名字の家族から、村上は便りを受け取ったという。
ここでの要点と言えるのは、現実に漏れ出す虚構、虚構に漏れ出す現実というものが、
村上の作品についてはほとんどの場合、作品そのものだということだ。
作家活動の初期には、「日本人という呪い」から逃れようとしているとさえ語った。
その代わり、十代の若者として、西洋の小説家の作品を貪ることによって、文学の感受性を培った。
その中にはヨーロッパの古典(ドストエフスキー、スタンダール、ディケンズ)もあったが、
彼が生涯を通して繰り返し読んだのは、とりわけ20世紀のアメリカのある種の作家たち、
レイモンド・チャンドラー、トルーマン・カポーテ、F. スコット・フィッツジェラルド、リチャード・ブローティガン、カート・ヴォネガットなどだ。
処女作に取りかかったとき、村上は奮闘し、標準的でない解決法に行き当たった。
そうやって自分の声を獲得したと彼は言う。
最初は限定モンとか丼セットも頼んでたんだけど、かけのコスパの良さに気付いたらもう戻れないよなー。
「かけ(中)+天ぷら×2」が攻守最強。
お金がないとき、小腹がすいたときの救世主、「はなまるうどん」の(おそらく)一番の人気商品
「かけ(小105円~大315円)」の注文率を調べてみました。
自分のブログに乗っけるようなネタでもないので、匿名でこっそりと報告します。
・調査方法 レジ近くの席に座って、うどん(かけ小+追加ネギ+天ぷら1品で約260円)を食べながら、
全注文数における「かけ(小~大)」の割合を紙ナプキンにメモる。調査時間約10分間/店。
・結果 約69%(95/138)の人が「かけ」を注文。※天ぷら等の追加は把握していません
・備考 渋谷センター街店(正式名称かは知りません)の「かけ小」率高すぎ。
3回利用しましたけど、いつも半分ぐらいの人が「かけ小」でした。
・その他 先行研究があったら教えて下さい。
さくさくさく
揚げたての天ぷら食べたいなあ
エビは身がしまってて衣さっくり
かしらがついてるときはわたがちょっとねっとり
さっくり苦め
ちょっと甘いのがなんだかいや
すきなのは春菊大葉
さくっと食べて香りが広がる
あつあつの
俺はいま29歳なのでゆとり世代には該当しない。ゆとり世代がどうとか意識的に考えたこともない。
だが先日、友人が「ゆとりってやっぱり使えねえ」というようなことを言っていたので考えてみた。
俺は友人ほどにはゆとり世代の人と接する機会はない。だが、1年ほど前のことを思い出した。
その女の子は19歳の大学生で、障害者向けボランティアに精を出していた。単位になるそうだ。
ケータイをデコるのは面倒になってやめたそうだ。とてもかわいい。だが俺の好みではない。
そして、異様に少食だった。俺は天ぷらそばを食べた。汁を全部飲んだ。彼女はとても目が大きかった。
しかしそれはどうでもよくて、彼女は非常に礼儀正しく、しっかりしていた。
あるいは、単に俺がしっかりしていなかっただけだ。
以上の経験とは関係なく、つねづね俺が思っていたことがある。
すなわち、ほとんどの子は塾や予備校に通っているだろうということだ。
たとえ学校では「ゆとり」でぬるかったとしても、塾ではそういうことはあるまい。
そして、一般的には、下の世代に行くほど塾に通う率は増えているだろう。
したがって、単に「ゆとり世代」に該当するというだけで、競争的な環境を知らないかのように考える発言は、間違っていると思う。
そういう馬鹿親は以下の通り突っかかってくる。
「いやあ押したんですけどダメっぽいですね」
「昨日から壊れててダメなんですよ」
「今修理中なんです」
「本当に?嘘付いているんじゃないでしょうね?」
「子供が発信できるっていってるけど?」
「留守番なんでわかりません」
「(近所だから)この家の人だって知ってるよ」
家に入ろうとしたら
「今家の消毒中or改修中で、中に入れられないんですよ」
「そんな臭いしないけど?」
「すいません、今天ぷら揚げてるんであとにしてください」
「一旦火を止めてボタンを押してちょうだい」
あとは居留守。
「居るのはわかってるよ!しらじらしいわね!」
BGM : http://www.youtube.com/watch?v=zvuC7D_IBuY
(眠くて朦朧としながら Haskell と格闘していて、この言語は、いいとこもある、わるいとこもある、と思っていたらスネークマンショーを思い出した。それだけ。)
切込隊長のブログ記事「なんかエコ活動とかやってる奴がいるけどさ」に、ブクマを見るとほぼ全面支持なのに驚いたのでちょっと書いてみる。「エコ」がこれほど不人気となると正直、日本や人類の未来は暗いと思わざるを得ないからだ。またその一方で、そうなるのも仕方がないのかなと諦観する気持ちもある。理由は、グリーンピースをはじめとする「環境保護団体」には確かに、隊長が指摘するような非合理性と偽善性がつきまとっており、一般人が不信感を抱いて当然だからだ。
なお、私は環境問題の専門家ではなく、市井の理工系の人間に過ぎない。ただ、多少の科学知識があればこの程度のことはわかるはずだということを示すためにこの記事を書いている。
隊長曰く、
なんかみんな、エコバッグ持ってたり、スタバとか逝ってマイカップ持ち込んで飲んでたり、してるけどさ。
本当にエコとか考えてるなら、風呂の回数減らせよ。一日おきでいいだろ。ドライヤーも使うなって話だ。マイカーでぶんぶん通勤してる奴が、得意げになって使用済み天ぷら油の再利用とか言ってて馬鹿なんだろうかと思う。
これは全くその通りと言わざるを得ない。ここでは話を単純化してCO2の削減についてのみ考えることにすると、生活の中でCO2を直接的・間接的に最も排出しているのは自動車と光熱費(特にエアコン)であるのは余りにも明らかなのだ。CO2は基本的に炭素を含むものを燃やしてエネルギーを取り出したときに排出される。そして、物理を少し学んだことがあれば自明のことなのだが、日常生活の中ではものを動かしたり熱したりというのが圧倒的にたくさんエネルギーを使うことなのだ。そして、50kgぐらいの人間1人を動かすために、1tぐらいの乗り物を使い、そしてゴムタイヤでアスファルトの上を走る自家用車というものがいかに、たとえば鉄道と比べればエネルギー効率が悪いかは明らかなわけで、エコバッグとかマイカップとかをやっていても車通勤をしているだけでおつりが来るぐらいのCO2を排出することになる。
つまり、個々人が「忍び難きを忍び、堪え難きを堪え」るような「エコ」活動は自己満足以外の意味はほとんどないのだ。
では、本当の「エコ」とはなにか。上に書いたことからおわかりだろうが、エアコンや冷蔵庫を高効率のものに買い換えさせ、人間やものが移動する必要を減らしつつ、できるだけ自動車に依存しないように路面電車の整備や業務のIT化を進めていくといった社会構造の改革をするほかない。同時に、エネルギー源をできるだけ化石燃料に依存しないように、その方面での技術開発も進めていくことだ。
要するに、「エコ」とはどこまでも今後のエネルギー・資源戦略の話であり、マクロ経済、都市工学、そしてエネルギー工学といった堅い分野の成果を積み上げていく話なのだ。本質的に、「忍び難きを忍び、堪え難きを堪え」たり、経済成長を否定したり、科学技術を悪と糾弾したりするような話ではない。
ちなみについでに言うと、温暖化CO2原因論に対する懐疑論も跋扈している(どういうわけか、池田信夫氏を筆頭にラディカルなリバタリアンは判をついたようにそうなのだが)が、化石燃料の枯渇を見据えればどのみち取らねばならない対策は同じである。だからそのことは考えなくてよい。
もう一つ、隊長の書いている
「環境を考えて、太陽電池パネルをつけました」とかさ。太陽電池パネルを生産するのにまず二酸化炭素やエネルギーロスがかかるっつーの。
はよくある誤解で、最近では太陽電池では余裕でエネルギーの元が取れるようになっている。
ではなぜ、このような誤った「エコ」のイメージとそれにたいする反感がここまで広まってしまったのか。それは、グリーンピースに代表される環境保護団体の姿を考えてみるとわかりやすい。彼らの中には菜食主義、呆れるほど不合理な反捕鯨運動、経済成長や科学技術や物質文明への否定的評価、そしてオカルトじみた「スピリチュアル」といったイデオロギーへの親和性が強く見受けられる。これは本来、上に述べたように「エコ」と必然的な結びつきはどこにもない。にもかかわらず、世間では「エコ」というと、もっぱらこうした偽善的で胡散臭い印象ばかりがはびこってしまっている。これはなぜなのか。
答えを書いてしまうと、これは近代現代欧米に特徴的な「ニューエイジ」と呼ばれるある種の疑似宗教的社会運動の産物なのだ。ダーウィンの進化論などの影響によりキリスト教的思想基盤が揺らいだ後、既存の価値観を否定し、オルタナティブを「東洋」に求める動きが西洋社会には発達した。それが「ニューエイジ」なのだ。西洋にはなぜか、日本のあらゆる事物を「禅」に結びつけ、むやみやたらと親日的な人(それでいて捕鯨のこととなると途端に北朝鮮まがいの反日戦士になる)が多いが、これも一つには「ニューエイジ」の影響である(日本がそれを利用した面も多分にある)。このほか、北京オリンピックへの反対運動の旗印がなぜ「チベット解放」ばかりで「ウイグル解放」ではなかったか、本質的に同じ宗教の分派であるイスラム教があれほど嫌われる一方で紛れもない異教徒であるダライ=ラマがなぜあれほど尊敬されるのか、そういったことにもこの「ニューエイジ」が背景にある。そしてついでに言えば、オウム真理教とか船井幸雄とかはたまた「水からの伝言」といった訳のわからないものは、日本にこうした「ニューエイジ」が「逆輸入」された結果であるといっても間違いではない(早い話、オウム真理教が伝統的な漢訳の仏教用語ではなくサンスクリット語やパーリ語をカタカナ書きした用語を使っていたのはこのためだ。これが「阿吽真理教」であったり、ホーリーネームが「マイトレーヤ」や「マンジュシュリー」ではなく「弥勒」や「文殊」だったらあれほど信者を集めたかどうか想像してみるとよい。オウムは仏教の原理主義でありつつ、伝統回帰ではなく伝統否定なのだ)。
少し脱線気味になったが、要するに「エコ」を敵視している人は戦う相手を間違えているのである。グリーンピースをはじめとする「ニューエイジ」運動がキモいことには何の疑いもない。ああいう偽善的かつカルト的なものは叩いておくべきだと私も思う。しかし、「エコ」全体を一緒くたに攻撃するのは誤爆もよいところなのだ。
鳩山内閣のエコ政策が嫌悪されたのはこう見ると当然の話だ。鳩山氏の「いのちを守りたい」というエコ政策は、本物の「エコ」のような国家戦略ではなく、もっとナイーブな感情に端を発していて説得力がまるでなかったからだ。鳩山夫人のオカルト嗜好ともども、これも「ニューエイジ」の影響の産物である面が多分にあり、国民が偽善臭を嗅ぎ取ったのはおそらく当たっている。
しかし、エコは本来国家戦略であり、未来にわたる豊かな生活を保つために不可欠である一方で、日本の国益にも繋がる可能性をも秘めているのだ。上に述べたように「エコ」のためには重工業の技術力が強く求められるのだが、これは日本の得意分野であって、中国や韓国といった新興国に対して優位を比較的強く持っている分野でもある。同様の事情を抱える独仏が「エコ」に梶を切り、オバマも「グリーン・ニューディール」を提唱しようとしているのはこのためなのだ。日本政府がこの方面に消極的なのは、重電産業に身を置くものとして実に歯痒いものがある。どうか、もっと事実を冷静に理解し、お涙頂戴物語としてではなく国家戦略としての硬派な「エコ」の推進の世論の形成に手助けをしてくれる人が一人でも増えて欲しいものだ。
最近は説明責任を果たせと言って怒る人が増えた。この場合、何が恐ろしいかと言うと、説明をしていない、といって怒られるのではなく説明する責任を果たしていない、といって怒られるのが恐ろしい。
それのどこが恐ろしいかと言うと、例えば「午飯にすうどんを食べた」ということについて説明するのであれば「すうどんを食べたかったから」と嘘偽りない正直な気持ち、そしてまた事実を述べれば済む。しかし、説明責任となるとこれでは済まず、世間が納得するまで、ということは世間の興味・関心に沿い、そのうえで世間が納得し、気に入って満足する説明が出てくるまでずっと責任を取り続けなければならないというところが恐ろしい。
さっきのすうどんの例で言うと「すうどんを食べたかったから」と説明しただけでは説明責任は果たしたとみなされず、さらなる説明責任を問われる。
「なぜ、わざわざ味気ないすうどんが食べたかったのですか。おかしいじゃないですか。なぜ天ぷらうどんにしなかったんですか」
「実はお金がなかったのです。お金がなかったのですうどんで我慢したんです」
「なぜ、お金がなかったのですか」
「そんなことまで言うんですか?」
「当然です。説明責任というものがあります」
「昨日、お金を遣い過ぎたからです」
「何に遣ったんですか」
「それも説明責任ですか」
「そうです。説明責任です」
「・・・・・・ソープランドというところで遣いました」
「それはなにをするところですか」
「なぜ、そんなところに行ったのですか」
「・・・・・・申し訳ありません・・・・・・」
「それはあなたが人間として最低最悪の脳味噌スポンジ鼻下6メートル級エロバカオヤジだからじゃないのですか」
「はあ?聞こえないんですけど」
「そうです」
「わかりました。ではあなたの口から説明責任を果たしてください」
「はい。私が午飯にすうどんを食べたのは私が人間として最低最悪の脳味噌スポンジ鼻下6メートル級エロバカオヤジだからです。申し訳ありませんでした」というところ、すなわち世間の興味・関心に沿い、そのうえで世間が納得、気に入って満足する説明が出てくるまで説明しないと説明責任を果たしたとは言えないのである。恐ろしいことである。
そのちょっと前は自己責任ということをいう人が多かった。似た言葉で自業自得という言葉が昔からあるが、自業自得が、あくまで自分単独で行なった行為による責任を指すのに比して、自己責任というと、それがたとえ法律の不備や偶然の不幸や運・不運みたいなところにまで拡大して、自分の身に起きたことはすべて自分が決定したことゆえ、自分ひとりで責任をとらなければならない、というニュアンスを帯びて恐ろしい。
町田康 北海道新聞夕刊コラム 2009年7月7日 http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51326828.html
「ノーパンしゃぶしゃぶ」ならぬ「ノーパンそば屋」のお話・・・と言う訳ではない。
そっちじゃなくて王様のほうだ。そうそう、そっち。
・・・まぁまぁ、そう言わず聞いてほしい。ずいぶん前の話で申し訳ないのだが。
いつぞやの12月に大勢でそば屋に行った。
「江戸時代からある老舗の超一流のそば屋」というふれこみだった。
言いだしっぺが誰だったか忘れたが、そば食いの自分としては行かないはずが無く、
そりゃあワクワクしながら行きましたよ。ええ。
店の入り口はこじんまりとしていたけど、中に入るととても広くて、およそそば屋に似
つかわしくは無かった。さぁ、各テーブルにみんな座って注文と思ってお品書きを見る
メニューは天ぷらそばとかというのはなく、そばはそば、てんぷらはてんぷらで別になっ
・・・。
・・・。
凄い待った。
そば屋で30分待ちとか有り得ない。既に、みんな会話も無い。
そしてようやく出てきたそばをみると・・・・少ねぇぇぇぇぇぇぇ!
ひとくち分かよ!
挙句にてんぷらはかきあげだった。これも小さい、7~8センチだった。
みんなも「さすがに上品だね・・・」とか、なんともいえない雰囲気であった。
確かにそばというのは、本来一つ一つのもりは少なく、間食としてするっと食べるもの
だ。そのため、食事としてならもりの場合ならセイロは2枚で1人前となる。
いや、通ぶってそんなウンチクを垂れながら"どこにも1人前とは書いてないから、2枚
頼まないほうが悪い"なんていうつもりは全くない。自分だって1枚しか頼んで居なかっ
たのだから。
ともあれ、ようやく出てきたそばに感謝しつつ
おいしいね! さすがだね!
と和気藹々と食べていたのだが、さすがに食った気もありゃしないので、1枚1000円
もするもりそばを追加で2枚頼んだらみんなも実は私もと言うわけでこぞって追加した。(笑)
そんなこんなで一人4000円近くも出してそばを食べたわけだ。(orz)
店を出てきて表の広場で思い思いの感想を語っていたのですが、俺が思わず・・・
「なんか、そばもてんぷらもぜんっぜんたいしたことなかったね。もう(来ること)ないね。」
といった瞬間、みんな一斉に俺のほうを見たかとおもうと、無言でうなずいた。
そしてみんなで大爆笑!
そば屋が裸であることはみんな気づいていた。老舗という権威の前に言い出せずに居た。
ただそれだけ。
「実は俺も(私も)そう思ったんだけど、言い出しにくかった。」と感謝された。(笑)
念のため言って置くと、別に「俺そば食いだから」とかみんなに言ってないし、一切仕
切ったり威張ったりしてないです。そしてこのグループ内の地位とかまったくないただ
のいちスイーツ(笑)Aです。
おそい、まずい、ぼったくり
何が老舗じゃ、そば屋の風上にも置けない。
二度といかねーよ。
元増田ではないけど、ちょっと書く。違うかも知れないので、元増田でフォローして貰うと嬉しい。
NZだから、やっぱし羊だね。以前、NZに行ったとき食べたものをいくつかあげてみる。
ジンギスカンのクサイ臭いとかはしないってことなんだけど、自分は苦手な味だったな。
・マクドナルドのキウイバーガー(ビートルート入り、カブみたいな、ピクルスの一種か)
オーストラリアだと、オージーバーガーって名前で同じものが売っていたような?
野菜を発酵させて作った味噌みたいなたべもの。パンに塗ったりして食べるらしい。
日本でいう、なっとうみたいな扱いの食品か? ちょっとどころではない、これはムリだった。
・Fish and Chips
NZとは限らないが、、白身魚フライ、フライドポテトですかねー。わりとハマって、毎日食べてました。
帰国後も、同じように食べ続け、天ぷら鍋も常備してます。。酔って油ものやるとキケンです。やらないって。。
・ビール
やっぱし、スパイツだよなー。これがお気に入りなんだけど、国内では恵比寿のNZ料理店か、
ダニーデン(dunedin)の醸造所直営店、チャーチ(christchurch)の店舗なんかでも、ノーマルの
どうしても日本食が食べたくなる。あと、納豆も。うまい。これ日本食ですが。
なんか、これでいいのか、、って感じになってきたけど。とりあえず書いてみた。
また行きたい。
といってランチで \1,500 だけどね.
上を見れば \2,100,\3,500 ときりがない.
これでもお手軽な値段設定の店らしい.
それに御飯と味噌汁.最後に水物.
どれも薄味だし,量も少ないから
最初は物足りないような気がしたのだけれど
普段いかに濃い物を食べ過ぎているのを実感した.
安くて満腹になれるから,有難くもあるけれど
お金を出しているような気がしなくもない.
毎日行けない.それだけ技術が必要なのかな?
会席とまで言わなくていいから普通に
和食を出してくれる店がもっと増えていい気がする.
前に住んでいた場所には○○の台所というのがあって
どこか学校給食を思い出す店があったのだけれど
今,住んでいるところには全然ないんだよなぁ.
そういう店って皆あまり行きたがらないのかな.
カロリー高くて体に悪そうだけれどのその方がいい?
徳井福田「はいどーもー、チュートリアルですー。よろしくお願いしますー」
徳井「なぁなぁ出てきていきなりで悪いんやけど、お前最近、茄子の天ぷらにはまっとるらしいやんか」
福田「え?全くもってはまってませんけど?そんなこと誰が言うてたんや??」
福田「え?」
徳井「お前のおかんや。丑三つ時に電話かかってきてなー、『徳井君、福田は茄子の天ぷらにはまってるんやでー』って言うやいなや電話きりよった」
福田「はーー!うそや!!大体なんで俺のおかんが息子のことを福田って名字でいうんや!
いつもいつもそんな嘘ついておもろいか?」
徳井「…もうええやん!・・・認めたらええやないか!何がお前をそうさせるん?何がお前を嘘つき坊主にさせるんや!」
福田「何にも嘘ついてないですけど!?お前がおかしいんじゃボケー!!
茄子の天ぷらなんてはまってもないし、興味もないわ!大体俺は昔から天ぷらを好んで食べんタイプなんや!」
福田「だーー!!」
徳井「まぁまぁええやん!そんなことより最近、茄子の天ぷらについて興味深い事実が浮かび上がってきたんやで」
福田「・・・なんや?」
徳井「知りたいかー?知りたいんやろなーーー?ほら、いっとき?知りたいんやろ?素直になればええやん、いい加減」
福田「・・・そら誰だってそんな言い方されたら気にならんもんも気になるっちゅーねん!!」
徳井「そらそうや、ある一説によると茄子の天ぷらを食べると気にならんもんも気になるようになるっていう事実が浮かび上がってきたからな」
私が女装の道に足を踏み入れたきっかけは中学生だった頃、一足先に高校に入学してセーラー服からブレザーと白いブラウスと紺色の棒タイを着て通学するようになった姉の部屋に姉が熱心に読んでいた『ノルウェイの森』を読んでみたいと思って入り込んだあの日にまで遡る。
その日は私は風邪を引いてしまい熱を帯びてふわふわする意識と重たい体、上に昇ろうとする気持ちと全然言うことを聞いてくれない醜く毛の生えた筋肉と骨の固まりを一緒に詰め込んだまま布団の中でずっと眠っていたのだけど、眠っているのにもいい加減に飽きてきて、テレビが『笑っていいとも!』から『ごきげんよう』を経て特に興味を抱けない昼の連ドラを流し始める時間帯になったこともあってテレビを消して本棚にある漫画を一つずつ読んでいったのだけど(『AKIRA』とか『銃夢』とか『ぼくのマリー』とか)、既に読み飽きた漫画ばかりだったので飽きてしまい、姉が持っていた赤と緑の装丁の美しいあの本を一度読んでみたいと思って部屋に忍び込んだのだ。
別に仲が悪かったわけではないので普通に話しかけたら貸してもらえたのだろうし、姉が帰ってくるのを待っていれば良かったのだ。待っていれば私は姉の部屋に入った時にたまたま目に入ったブレザーに目を留めてしまってその紺色の布の質感にうっとりするということもしなかっただろうし、あまつさえそれに手を通してみたいと思うこともなかっただろう。姉はそれほど神経質な性格ではなかったけれど――だから忍び込んだのだ――いくらなんでも弟が自分のブレザーに袖を通していることを知ったらいい気をしないことは予想がついたし、その後あのような形で一度壊れた仲が修復するということもなかったのだろう。平和な家の中にも、人生を踏み外してしまうポイントは無数に潜んでいる。
ただ、やはり『ノルウェイの森』を読みたいという誘惑には勝てなかったので私は姉の部屋に忍び込んで結局ブレザーに袖を通してしまい、すると私は興奮していたらしくて姉が戻ってきて部屋までやってくる足音にも気付かなかったのでパジャマの上にブレザーを着ている私とドアを開けた姉が合ってしまうという事態を迎えることになったのだ。
姉は別に怒らなかった。『ノルウェイの森』だけではなく『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』まで貸してくれた。私はそれらを風邪が治ってからも貪り読んだ。しかしそれからしばらく、私は姉の命令でブレザーだけではなくブラウス、そして最後には無駄毛を全てそり落とした身体に姉の下着を身につけるということもさせられるようになった。そしてその写真を姉に撮られるということも。こうやって一度壊れた仲は思いもよらない形で修復することになったわけだ。
姉は言った。これはあなたのためだから。芽生えた欲望は仕方がないから、なるべく誰にも見つからないような形で処理した方がいいから、と。それは結局今になって思えば天ぷらを揚げていて引火した鍋に水を注いでかえって火の回りを早めるような結果にしかならなかったのだけれど、あるいは姉もそうだと分かっていてそういうことをやっていたのかもしれない。当時は女装癖のある知人に恵まれていなかったので、当然のことながら両親や教師にも相談することも出来なかったこともあって何もかもが手探りの状態だった。
今、インターネットを検索すると女装癖のある人は簡単に見つかる。むしろあまりにも身近にそういう癖のある人間がいることが分かる。まさか当時同級生だった青木君もまた女装癖の持ち主だったとは、ポータルサイトでGmailのアカウントをやり取りするまで全然知らなかった。幸せな時代なのか不幸な時代なのか分からない。青木君は演劇部で女装のきっかけを掴んだらしい。色々な人がいる。性同一性障碍の人もいるし、あるいは単純に変態で一人暮らしを始めてから女性用の下着を身につけるのにはまったという人もいる。
私たちは主義や主張のどうでもいいような差異は特に気にしない。ある人間は女装をすることで自分を女性の身分に貶めることに快楽を感じる。ある人間は女装をすることで男である自分が理想の女性を貶めることをイメージする。ある人間は単純にそれまで知らなかった世界を、地雷が埋まっているとは一見すると分からない草原を子供が無邪気に駆け抜けていくように何の躊躇いもなく探索していく。いずれにせよ私たちは男性であり、私たちが着るのは女性が着るとイメージされている衣服である。その点が共通していれば、後のことはそれぞれの人間が自分なりに探求していけばいいだけの話だ。
これは確実に進行する。誰も死なない。誰の血も流れない。閉ざされた部屋で、そこから穿たれた穴のようなウェブカメラや写メールなどを通して自分を記録し、その映像を外に向けて放つ。しかしそれは確実に世界を揺さ振る。文法を間違えた言葉が読み手を混乱させるように、静かに、あまりにもかすかに、しかし、確実に。
飛行機事故で亡くなった姉が私の写真を集めたアルバムと一緒に残した衣服たち、とりわけ当時のブレザーをもう当時の姉よりも身体が大きくなってしまって着られなくなった私は、せめてその布地に姉の肌の匂いあるいは当時の記憶を見出そうとして鼻先をくっつける。そして思い出す。既に夕暮れ近くなって日が西に沈もうとして、オレンジ色のカーテンを越して赤く色づいた自分の身体、脂ぎった老廃物にまみれた自分の身体がきれいに艶やかに整えられたブレザーの布地と触れる時にそのブレザーを汚してしまうのだというある種の恐れ、そして、それを踏み越えた何かを感じたいと思ってやはり震えながら手を触れようとして、不意に開けられたドアの向こうにいる姉と目があった時に私が姉の目を見ると、姉が、ブレザーの生地と同じぐらい艶やかで冷たい何かを目の奥に宿していたのを知った、あの瞬間を。