2024-10-06

anond:20241005164943

また歩く

久しぶりに故郷に帰った。 就職を機に東京へ移り住んでから、色々な理由をつけて帰省を避け続けていた。政令指定都市の中心駅から数駅離れた、どこにでもあるような住宅街をしばら...

anond:20241005163534

東京に行くと東京流行っているものに誘われて、それで日本で売れるものを作る。で、逆にそれをすることで、日本しか売れないものを作っていることにわりと気づかないのではないかと思うようになってきました。だから僕は東京ローカルって社内では言っていて。京都グローバルというのではなく、東京ローカルであって、そういう思想で(東京に)行くんなら、せめてニューヨークって言えよっていう風に思うようになりました。

邪な意図をもって変な切り方するな😠



https://www.famitsu.com/article/202409/18892

https://web.archive.org/web/20241005231346/https://www.famitsu.com/article/202409/18892

ニンテンドーミュージアム宮本茂インタビューミュージアム新入社員やお客さんに「任天堂とは?」を説明するものも兼ねている

by世界三大三代川

2024.09.25 19:17

更新

『――さまざまな作品がこの京都から生み出されたということで、娯楽を生み出すうえでの京都という土地の魅力ってどのように感じますか?

宮本 これはね、いろいろな視点であちこちお話することがあるんですが、とくに一般に言われる京都文化大事にするとか、京都伝統を守って何かを作るとかっていうものではないんですね。最初に言いましたけど、山内ミュージアムを作るって聞いたら「やめとけ」って言うと思うんです。それくらい山内はとにかく「おごるな」で。京都はやっぱり盛者必衰というか平家物語ですし、方丈記は“ゆく河の流れは絶えずして”で、そんなフレーズが好きやなと思うのは京都いるからかもわかりません。けど、僕らもその中で流れているんですけど、淀まずにずっと流れている状態をどう維持したらいいのか、それから"おごるな”。必ず栄えたものは滅びると、そのためには新しい栄えたものを作っていく。この考えかたっていうのは、エンターテインメント会社はいちばん大事なことかなというので、山内教育を受けたものとしていちおう考えています

 それからもうひとつは、京都に僕がいたことで、一時期30歳くらいになると「京都田舎にくすぶっているとデザイナーとしてダメになる。だから東京に出ていかなきゃ」とか、いろいろなことを言われたり、自分でも思ったりしたことがあるんですけど、そのはしかのようなころを過ぎて、40歳くらいまでここで仕事をしていると、なんか妙に、30歳くらいでいっしょに仕事を始めた仲間が全部いっしょにまた仕事をしていて、なんか作ったもの世界で売れていると。それをなんでかなと思うと、東京に行くと東京流行っているものに誘われて、それで日本で売れるものを作る。で、逆にそれをすることで、日本しか売れないものを作っていることにわりと気づかないのではないかと思うようになってきました。だから僕は東京ローカルって社内では言っていて。京都グローバルというのではなく、東京ローカルであって、そういう思想で(東京に)行くんなら、せめてニューヨークって言えよっていう風に思うようになりました。で、そういうことをどうして感じて言えるようになったかというと、京都にいるコンプレックスがなかったんですね。

 たぶん僕は丹波田舎出身なので、田舎コンプレックスを持ち続けていたら「いずれは東京へ」とか「東京でどうだ」、「俺は東京へ来たぞ」と思うかもわかんないですが、ここでのんびり仕事できたっていうのは、京都にいるとそれなりの人もちゃんと残ってくれるし、京都好きな人が働いていて、それで京都の中で何をするかというと、まわりに踊らされずに自分たちが信じるものを作る。その結果、けっこう世界中で売れてるやないって。そうすると、じつはいちばん内部にあるものグローバルで、グローバルって言われているもの別にグローバルじゃないんやないかという風に、40歳くらいになると思うようになって、いまはもうそれを若手に吹き込んでいますミュージアム関係がないですね(笑)。』

https://dengekionline.com/article/202410/19493

https://web.archive.org/web/20241005231535/https://dengekionline.com/article/202410/19493

「【ニンテンドーミュージアム宮本茂インタビュー「分かりやすく、使いやす面白さを伝えることが上手な会社と思ってもらえたら」「IPを含めた任天堂という大きなブランドを選んでもらえる理由を作る」

文:ことめぐ

公開日時:2024年10月05日(土) 07:20

最終更新2024年10月05日(土) 09:03」

『――先ほど京都にこだわりがあるというお話がありましたが、様々な作品がこの京都から生み出されたということで、娯楽を生み出す上での京都という土地の魅力をどのように感じていますか?

 これはね、いろいろな視点であちこちお話することがあるんですけど、特に一般に言われる京都文化大事にするとか、京都伝統を守って何かを作るとかっていう強度ではないんですね。

 最初にも言いましたけど、山内がこれを作ると聞いたら「やめとけよ」と言いそうなぐらい、山内はとにかく「おごるな」という考え方でした。京都はやっぱり盛者必衰というか、平家物語ですし。

 方丈記の“ゆく川の流れは絶えずして、しかももとのの水にあらず”も大好きなんですけど、そんなフレーズが好きだなと思うのは、京都いるからかもわかりません。

 けど、僕らもその中で流れてるんですけど、よどまずにずっと流れてる状態をどうして維持したらいいのかを考えるんですけど、だからこそ「おごるな」と。必ず栄えたものは滅びる、そのためには新しい栄えたものを作っていく。

 この考え方というのは、京都根付いてはいるんですけども、やっぱりエンターテイメント会社には一番大事なことかなというので、山内教育を受けたものとして考えています

 また、30歳くらいの時期に「京都田舎にくすぶってるとデザイナーとしてダメになる。だから東京に出て行かなきゃ」なんて言われたり、自分でも思ったりしたことがあるんです。

 けど、その“はしか”のような頃を過ぎて40歳ぐらいまで京都仕事をしていると、なんか妙に30歳ぐらいで一緒に仕事を始めた仲間が全部一緒にまた仕事してる、そして何か作ったもの世界で売れる。

 「なんでかな?」と思うと、東京に行くと東京流行ってるものに誘われて、日本で売れるものを作る。逆にそれをすることで、日本しか売れないものを作っていることに割と気付かないんじゃないか? と思うようになってきました。

 だから僕は“東京ローカル”と社内で言っています京都グローバルということじゃなくて、東京ローカルという意味です。そういう思想で行くんなら「せめてニューヨークと言えよ」っていう風に思うようになって(笑)。なぜそういうことを言えるようになったかというと、京都にいるコンプレックスがなかったんですね。

 僕は園部という丹波田舎の者なので、田舎コンプレックスを持ち続けていたら「いずれは東京へ」とか「東京でどうだ」「俺は東京来たぞ」と思ったかもしれません。

 でもここでのんびり仕事ができ、京都にいるとそれなりの人もちゃんと残ってくれるし、京都好きな人が働いている。そして、京都の中で何をするかというと、自分らが感じるものを作る、周りに踊らされずに自分たちが信じるものを作る。

 その結果、それって結構世界で売れてるやない? と。そうすると一番内部にあるものグローバルで、グローバルと言われているもの別にグローバルじゃなのではないか? という風に40歳ぐらいになると思うようになり、今はそれを若手に吹き込んでます(笑)。』

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    • 東京に行くと東京で流行っているものに誘われて、それで日本で売れるものを作る。で、逆にそれをすることで、日本でしか売れないものを作っていることにわりと気づかないのではな...

    • 👧「なんさいですか」

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