週明けから会社のなかでけっこうすごいごたごたが起こっている。
朝から責任者の怒号が響き渡り、夕には社会不適合者・土下座・クビなどのワードが飛び出すしまつで、原因のクレーム案件を作ってしまった社員は一日中泣きどおし、帰りには嗚咽をもらすほどの状態になっていた。
上席のいないタイミングでこっそり声をかけたりしてみたけど、何のなぐさめにもなってないだろうな、むしろ負担に感じてるかも……と思うと申し訳なく、己の無力さを痛感した。
この案件にかかわっていない私ですらもなんだかずっと胃が重たく、一日中謎のだるさと、ストレスを感じたときに無意識に出る歯の食いしばりが止まらないながらも、なんとか仕事を終えた。
夫が夜勤でいないときはいつもお惣菜なんだけど、今日ももちろんお惣菜、ていうか今日こんな日こそお惣菜っ…! と意気込み、いつものスーパー寄って買い物、レジで係員にポイントカード渡した瞬間、「なんだか今日お顔がいつもと違う……大丈夫ですか?」と言われた。
思わず「いやあちょっと会社でいろいろありまして……」とつるりと打ち明けると、「やっぱりい、いつもとお顔が全然違いますもの」と彼女はたたみかけてくる。
いつもだって、必ず仕事終わりのタイミングで、そんなに生き生きした顔はしてないはずなんだから、今日はよほどやばい顔してたんだなと思うと同時に、これから家族のいない家に帰る私のマスクの下の表情を読み取り、心配して声をかけてくれたことがうれしくて、無性に泣けた。
なんだろう、そもそも私の顔を覚えていてくれたなんて。
毎月、ポイントの当月失効分を気にかけてくれる彼女。心配されないように失効するポイントをつかおうとしたら、今日はポイント5倍デーだから次の機会にしたほうがいいとアドバイスをくれる彼女。いつも親切な店員さんだなと思っていたあの彼女が私のことしっていてくれたなんて……。
たとえそれが、こいつ半額の総菜しか買わない客だなという認識であったとしても全然うれしい。
そして、こんなにもしんどいときに、思いがけずこんなに優しい言葉をかけてくれたのがなによりうれしかった。
家にかえる道々、相手が熟女じゃなかったらこれはもう恋に落ちてるなと思ったんだけど、よく考えたら別に熟女でもどんとこいっていうか、向こうさえよければもうなんだろう、今の状態で全然恋愛したい、こんなに人の機微をさっしてくれる人と恋ができたらどんなにか……今度ご飯とか誘いたい、と心底思ったんだけど、気持ち悪いだろうし何より迷惑だろうからやめておく。
私は彼女にとってあまたいる客のひとりにしかすぎないことを肝に銘じなければならない。
ところで小学校低学年のころ、朝の登校中に、二学年上の意地悪な人に顔にかさをぶつけられた。
私は当時、今にもましてものすごくぼんやりした子どもで、「あ、ごめーんわざとじゃないから!」と言われたのをそのまま受け取り、そっか、わざとじゃないならいいや、とそのまま学校に行ってふつうに一日をすごした。
家に帰ると、玄関先まで出迎えにきてくれた母は、私の顔を見るなり、「どうしたん、そんなにしょんぼりして! 学校でいやなことあったん?」といった。
そうきかれてはじめて私は、朝、顔にかさをぶつけられたことがものすごく気にかかっていたんだと気づいて、わんわん泣いた。
そのときのことを思うと、何気ない表情をの変化を察してくれたレジの彼女はのことを、お母さんみたいだとも思う。
私は彼女の数多いる客の一人にすぎず、彼女にも家庭があることは百も承知だが、できることなら、健在だが遠方に住む実母にかわって、この地での私のお母さんになってほしい。
そもそも私は筋金入りのマザコンで、セフレもなんかちょっともちっとした感じでママみを感じる体型をしており、男性ではあるのだが、時々「お母さん」とよばわって抱きつかせてもらっている。
総合すると、私は多分母親の要素を感じる人と恋愛がしたいのではないか。
仕事がえりのつかれた会社員にちょっと声をかけただけで、ここまでいろいろ思われてるなんて、レジ係の人も災難だなあと今書きながら思った。気の毒すぎる……。
ストーカー予備軍