自社の取引先に地場のパチンコホールがあった 地元中心に十数店舗展開しており、県内では最大手のパチンコ屋だった
今はパチンコ業界も冷え込んでいるのだろうが、自分が担当していた当時はとても景気が良く、そのせいか金遣いもかなり荒かった
工事業者や出入りの業者等を招いてのゴルフコンペや飲み会を毎月のように開催し、費用は全てそのパチンコ屋が持ってくれていた
一族経営のそのパチンコ屋は社長が営業全般、社長夫人が経理担当だったのだが、なぜか私は社長夫人に気に入られてしまい娘との会食をセッティングされてしまった
社長夫婦には子供が3人おり、長男は既婚で後継者として既に当社入社済 長女も既婚で、残った次女の結婚相手としてどうかということらしい
大得意先からの話だし、当時付き合っている彼女も居なかった私はとりあえずその話をOKした
会食当日、店の前で待ち合わせし、食事をはじめて暫くして彼女から「実は私付き合っている人がいるんです」と聞かされた
なるほど、であれば話は早い、お眼鏡に叶わなかったということで向こうから断って貰えるのだなと思っていたら、話はとんでもない方向へと展開していった
付き合っている彼氏はバツイチで養育費を払っている子供が1人、その彼との結婚を両親が許してくれず、何度も何度も他の人とのお見合いをさせられている
増田さんが承諾してくれるのなら形だけ結婚したことにしたい、私はその彼氏との付き合いを続けるので増田さんも他に彼女を作ってくれても構わないのだがどうだろうか…と
彼女の話を頭の中で整理し直しながら、「こういう提案をこれまでの見合い相手にもしたの?」と聞いてみたところ
「形だけとはいえ生理的に合わない相手とは同居すら無理、それにプライドがある男の人だとこんな話即座に断るでしょう
増田さんはとりあえず生理的には大丈夫だし、プライドとか拘りとかそういうのは無さそうだから思い切って相談してみた」とのこと
とりあえずこの場での即答は無理なので、少し検討させて欲しい旨を伝えてその日は別れた
経理部長は元々は税理士事務所の社員としてこのパチンコ店を担当していたところ、社長夫人に声を掛けられ長女と結婚し現在に至っている
そういった経緯もあり、飲み会の席では結婚してこのパチンコ屋に骨を埋めるとどうなるかを色々と教えてくれた
「仕事は楽だし給料もいいけど、なんかこうやりがいとか全く無いんだよね 飼われてる感じっていうのかな」
「うちは嫁が財布握ってるから給料なんかもうどうでもいいんだよ 我が家は制限無しの小遣い制だし」
「今財布に10万入ってる 今日の飲みで5万使ったとするでしょ 翌朝起きると財布の中はまた10万になってるの 使った分だけ嫁が補充するってわけ」
「いやそれ滅茶苦茶羨ましいじゃないですか 世間のサラリーマンが聞いたら激怒しますよ」
「でもさ、そうやって何もかも与えられて、でも生殺与奪は嫁の両親に握られてるんだよ ペットみたいなもんだよ」
「玉を抜かれたってことですね パチンコ屋だけに ハハッ!」
「…」
「ハハッ…」
「…」
「…」
「増田君さ、うちの会社のこと舐めてない?パチンコ屋風情がって馬鹿にしてるでしょ」
「や、そんなことはないです 絶対にないです」
「うちは変な客も多いしトラブルも耐えないから毎年のように警察OBの人を採用してるよ ただ警察じゃ対処出来ない問題もあるから当然やばい筋の人との付き合いもあるの」
そういうと部長は携帯を取り出し「うん、すぐに車1台回して店の前に 大至急ね」と伝えた
え、これからどうなるの?怖い事務所に連れていかれるの?エスポワール号に乗せられるの?とパニックになる私の前に1台の黒塗りの車がすっと止まった
「大変失礼致しました、このとおり謝ります 許して下さい」と必死で詫びる私を見て部長は呆れるように笑った
「何いってるの増田君、これうちの会社の車だよ 自宅まで送って行ってあげるから乗りなよ」
それから私の自宅に到着するまで30分ほどの気まずいドライブが続き、自宅前で降りた私は部長に深々と頭を下げた
「いやー、でも増田君のあのギャグは良かったよ 俺も今度から使わせてもらおうかな うちの会社は監禁も得意なんだよ パチンコ屋だけに ハハッ!」
そういうと部長を乗せた車はすぐに走り去っていった
笑えないギャグは今後一切口にすまい、私はそう心に固く誓ったのであった