「僕が?」
「あの文章が書かれた場所は、この家だってのが分かった。つまり、書いたのもタイナイだろ」
まるで自分が書いていないかのように語っていた時、一体どういう気持ちだったんだ。
こうなってくると、俺に説明していたことも本気だったかすら怪しいし。
「それがどうやって分かったのかはともかく、しらばっくれても誤魔化せない雰囲気だね……じゃあ、白状しよう」
その時の俺は、失望とか徒労とか懐疑とかでグチャグチャだった。
タイナイの返答次第で、それをどう発散するか決めるつもりだったんだ。
「僕が“M”ってのは半分正解だ。いや、1割正解と言うべきか」
だけど返ってきた答え合わせは、俺が思っているよりも肩透かしなものだった。
1割って……それだとほぼ不正解じゃんか。
「なんだよ、それ」
「正解といえなくもないってことさ。“M”を名乗り、あの文書を拡散させたのは僕だしね」
「……いや、だから、お前が“M”なんだろ?」
ここにきて、まだ他人事みたいな言い方をしてくる。
なんで、そんな回りくどい表現をするんだ。
「厳密には違うね。“M”ってのは個人を指していないのさ。不特定多数の集合体というべきか」
「はあ!? どういうことだよ」
そうして語られた真実が、俺が想像していたよりも底が知れない、と同時にくだらないものだった。
今から数週間前、タイナイがいつも通りネットの海を漂っていた時。
ひょんなことから、『Mの告白』の原文を見つけところから始まった。
それは取るに足らない、ただの愚痴みたいな内容だったらしい。
「告発系の怪文書ではあったけれど、自意識が前のめり過ぎてね。論旨もとっ散らかってて、真面目に読むような内容じゃなかった」
でも、その時タイナイは思ったらしい。
これをもっと人目につく場所で、もう少しコンパクトにして拡散すれば話題になるんじゃないかと。
「まずは、パッと見で分かるような問題点をまとめて羅列した。そして無関係な各論を繋ぎ合わせ、一つの大きな問題のように仕立てるのさ。ところどころ事実や、尤もらしい主張を織り交ぜつつ、全体的な印象に引っ張られるよう誘導するわけだ」
後は放っておいても大盛り上がりになるようだ。
「数珠繋ぎの自然現象さ。誰かがどこかで話題にすれば、それを聞いた誰かが別のところで話題にする。それが大規模に起これば、もう止められない」
「じゃあ、タイナイは軽く添削しただけで、自分が書いたものですらなかったってこと?」
「“M”だと名乗って、何かの関係者だと自称すれば、ほとんどの人間は本当か嘘かなんて分からない。代表者のように語るとウケがいいんだ。ダイエット法を語るなら、デブより痩せてる人の方が説得力はある」
「書かれた内容を鵜呑みにしてもらう必要はない。情緒的で関心を引くものに対して、人は“何かを語りたい”って衝動が沸き起こるからね。虚実の按配なんて、赤の他人にとっては瑣末な部分なんだよ」
つまり“M”ってのは、そういう文章を書く人間、それに影響を受けた人間全てを指しているわけだ。
少し前、「リテラシーで大事なのは“嘘か本当か分からない場合の対応”だ」と言っていたけど、その意味が分かった。
大半の奴らはリテラシーなんてないって、タイナイは言いたいわけだ。
「タイナイは何がしたいのさ。何が望みで、こんなことに加担したんだ。リテラシーのない奴らを、陰で笑いたいとか?」
「別に大した理由じゃない。強いて言うなら“気になったから”。些細で不健全な動機だけど、ほとんどの人間はそんなもんだろ」
本当に大した理由じゃなかった。
ここまで大騒ぎになっている出来事が、蓋を開けてみればこんなことがきっかけだなんて。
「じゃあさ、本当の、最初の“M”ってのは、どこの誰なのさ」
あっけらかんと返すタイナイに、俺は「そうだね」と言うしかなかった。
結局のところ“M”の存在は、まるで掴み所のないまま。
たぶん“M”は、これからもどこかで、何かを告白し続ける“関係者”でい続けるのだろう。
今回の件で走り続けて俺が得られたのは、しこりのように残る感覚だけだった。
ムカイさんは自分の電脳と、ネット回線をケーブルに繋いだ。 もっと大掛かりかと思っていたけど、パソコンとほぼ同じやり方なんだな。 「これが“M”とやらの文書か……ではセキュ...
「それに現代のテクノロジーだったら、未来のボクじゃなくても解決できるだろう。そういうことに精通していて、かつキミの要求を快く受けてくれる人に心当たりはないのかい?」 そ...
そうして俺が目的地へ走っている時、兄貴は乗り物で優雅に移動していた。 「それで弟は、“M”の話を鵜呑みにする人間が多いのは『奴がインフルエンザだから』って言ったんですよ...
「ネットにある怪文書の9割は内実そんなもんだよ。結果、真実に近かったとしても、それは賽の目を当てただけ」 それを知った途端、目に映る『Mの告白』の文章が上滑りしていくよう...
俺は兄貴の言っていたことが気になって、翌日タイナイのところを訪ねた。 兄貴の友達だし、ネットに別荘もってる人らしいから、今回の件についても詳しそうだと思ったからだ。 「...
そうして放課後。 俺は足早に家に帰ると、すぐさま自分の部屋に向かった。 パソコンで“M”について調べるためだ。 「……ギリシャ文字?」 だけど目的の情報が見つからない。 ひ...
ところかわって兄貴の学校でも、“M”についての話がクラスで繰り広げられていた。 中でも、兄貴たちの熱量はすごい。 「『ラボハテ』のゴタゴタ知ってるっすか? いやー、結構シ...
俺は教材の入ったカバンを机に置いたまま、その輪に勢いよく跳び込んだ。 「そんなに気になるニュースがあったのか?」 「『ラボハテ』の新プロジェクトでトラブルが起きたんだよ...
「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」なんて、マリー・アントワネットは言っていなかったらしい。 なんで彼女のセリフとして広まったかというと、“あいつなら言いかね...
もう終わったら