2019-07-07

[] #75-10「M型インフルエンザー」

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「僕が?」

「あの文章が書かれた場所は、この家だってのが分かった。つまり、書いたのもタイナイだろ」

まったく、とんだ愉快犯ピエロじゃないか

まるで自分が書いていないかのように語っていた時、一体どういう気持ちだったんだ。

こうなってくると、俺に説明していたことも本気だったかすら怪しいし。

「それがどうやって分かったのかはともかく、しらばっくれても誤魔化せない雰囲気だね……じゃあ、白状しよう」

その時の俺は、失望とか徒労とか懐疑とかでグチャグチャだった。

タイナイの返答次第で、それをどう発散するか決めるつもりだったんだ。

「僕が“M”ってのは半分正解だ。いや、1割正解と言うべきか」

だけど返ってきた答え合わせは、俺が思っているよりも肩透かしものだった。

1割って……それだとほぼ不正解じゃんか。

テストなら三角すら貰えないレベル

「なんだよ、それ」

「正解といえなくもないってことさ。“M”を名乗り、あの文書拡散させたのは僕だしね」

「……いや、だから、お前が“M”なんだろ?」

ここにきて、まだ他人事みたいな言い方をしてくる。

なんで、そんな回りくどい表現をするんだ。

「厳密には違うね。“M”ってのは個人を指していないのさ。不特定多数集合体というべきか」

「はあ!? どういうことだよ」

そうして語られた真実が、俺が想像していたよりも底が知れない、と同時にくだらないものだった。


から数週間前、タイナイがいつも通りネットの海を漂っていた時。

ひょんなことから、『Mの告白』の原文を見つけところから始まった。

それは取るに足らない、ただの愚痴みたいな内容だったらしい。

告発系の怪文書ではあったけれど、自意識が前のめり過ぎてね。論旨もとっ散らかってて、真面目に読むような内容じゃなかった」

でも、その時タイナイは思ったらしい。

これをもっと人目につく場所で、もう少しコンパクトにして拡散すれば話題になるんじゃないかと。

「まずは、パッと見で分かるような問題点をまとめて羅列した。そして無関係各論繋ぎ合わせ、一つの大きな問題のように仕立てるのさ。ところどころ事実や、尤もらしい主張を織り交ぜつつ、全体的な印象に引っ張られるよう誘導するわけだ」

そしてネットの色んなところに、その文章を乗せた。

後は放っておいても大盛り上がりになるようだ。

数珠繋ぎ自然現象さ。誰かがどこかで話題にすれば、それを聞いた誰かが別のところで話題にする。それが大規模に起これば、もう止められない」

「じゃあ、タイナイは軽く添削しただけで、自分が書いたものですらなかったってこと?」

「“M”だと名乗って、何かの関係者だと自称すれば、ほとんどの人間は本当か嘘かなんて分からない。代表者のように語るとウケがいいんだ。ダイエット法を語るなら、デブより痩せてる人の方が説得力はある」

バカにされているようだったけど、否定できなかった。

俺は案の定、まんまと、そんな文章に“あてられた”わけだし。

「書かれた内容を鵜呑みにしてもらう必要はない。情緒的で関心を引くものに対して、人は“何かを語りたい”って衝動が沸き起こるからね。虚実の按配なんて、赤の他人にとっては瑣末な部分なんだよ」

まり“M”ってのは、そういう文章を書く人間、それに影響を受けた人間全てを指しているわけだ。

少し前、「リテラシー大事なのは“嘘か本当か分からない場合対応”だ」と言っていたけど、その意味が分かった。

大半の奴らはリテラシーなんてないって、タイナイは言いたいわけだ。

タイナイは何がしたいのさ。何が望みで、こんなことに加担したんだ。リテラシーのない奴らを、陰で笑いたいとか?」

別に大した理由じゃない。強いて言うなら“気になったから”。些細で不健全動機だけど、ほとんどの人間はそんなもんだろ」

本当に大した理由じゃなかった。

ここまで大騒ぎになっている出来事が、蓋を開けてみればこんなことがきっかけだなんて。

「じゃあさ、本当の、最初の“M”ってのは、どこの誰なのさ」

「さあね。でも、そんなの“どうだっていい”じゃないか

あっけらかんと返すタイナイに、俺は「そうだね」と言うしかなかった。

結局のところ“M”の存在は、まるで掴み所のないまま。

たぶん“M”は、これからもどこかで、何かを告白し続ける“関係者”でい続けるのだろう。

今回の件で走り続けて俺が得られたのは、しこりのように残る感覚だけだった。

(#75-おわり)
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