「ネットにある怪文書の9割は内実そんなもんだよ。結果、真実に近かったとしても、それは賽の目を当てただけ」
それを知った途端、目に映る『Mの告白』の文章が上滑りしていくようだった。
俺はもう、これをマトモに読むことは出来ない。
「ただの愚痴でこんな……」
「各論を切り取って考える分には、真っ当な箇所もあるからね。頷きやすい部分が少しでもあると、リテラシーの低い人間は当てられやすい」
まさに俺じゃないか。
何とも言えない恥ずかしさが込み上げてくる。
騙されたとまではいかないけど、ほとんど騙されたようなもんだ。
俺は「騙された方が悪い」ってのを、大した理屈だとは思ってない。
だけど、騙されたことによる恥ずかしさは否定しようがなかった。
「ああ、ちくしょう、俺はこんなのを、なんで本気に……」
恥をかかせた人間が、どこの誰かも分からないから余計に虚しい。
「ま、まあ、そこまで気落ちする必要もないよ。『Mの告白』はエモーショナルでセンセーショナルだ。情緒的で関心を引く要素が強いと、リテラシーは分が悪い」
落ち込みっぷりがよっぽどだったのか、タイナイが特有の言葉選びで慰めてくる。
理屈はイマイチ分からなかったけど、俺みたいな奴ってことだけは伝わった。
「……確かに、俺だけリテラシーがないってわけじゃない。多くの人が、嘘か本当かを見分けられてないんだ」
俺は、そう自分に言い聞かせるように答えた。
すると、タイナイはまた妙なことを言いだす。
「僕が思うに、リテラシーで大事なのは“嘘か本当かを見分ける”ことよりも、“嘘か本当か分からない場合の対応”だよ。その点で、“リテラシーがある”といえる人間は少ない」
そもそもリテラシーって言葉自体、まだ俺はちゃんと理解できてないんだ。
「え? どういう意味?」
「いや、もういい。お腹いっぱい」
「それにしても……」
改めて思う。
「……結局“M”は何者なんだろう」
「さあね。だけど“M”が賢明な人間ならば、少なくとも名乗り出るようなことは絶対しないだろうね」
「なんで?」
曖昧な表現ばかり使うタイナイが、『絶対』という強い言葉を使うのは珍しかった。
「“M”について快く思わない者は多い。大半は有象無象だけど、中には報復してやろうと血眼になっている人もいるようだ」
「報復……」
「殺害予告とかも、よく見るね」
「そこまで!?」
俺も“M”に対してはちょっと怒ってるけど、殺してやろうとまで思ってる奴がいるのか。
「あることないこと、個人のフィルターにかけて語られるわけだからね。立場や性格次第では、たまったもんじゃないだろう」
なんてこった。
なぜかタイナイはのほほんと言っているが、これは大事件の前ぶりだ。
もし迂闊に“M”が正体をバラしたら……そいつらに殺されるかもしれないってことだろ。
何とかして未然に防がないと。
「伝えるって、どうやって……」
もちろんアテはある。
だけどそれを説明している暇はない。
俺はすぐさま部屋を飛び出した。
「それに、ネットがきっかけで起きた事件もあるにはあるけど、怪文書と同じで殺害予告も鵜呑みにし過ぎるのは……ああ、行っちゃった」
俺は兄貴の言っていたことが気になって、翌日タイナイのところを訪ねた。 兄貴の友達だし、ネットに別荘もってる人らしいから、今回の件についても詳しそうだと思ったからだ。 「...
そうして放課後。 俺は足早に家に帰ると、すぐさま自分の部屋に向かった。 パソコンで“M”について調べるためだ。 「……ギリシャ文字?」 だけど目的の情報が見つからない。 ひ...
ところかわって兄貴の学校でも、“M”についての話がクラスで繰り広げられていた。 中でも、兄貴たちの熱量はすごい。 「『ラボハテ』のゴタゴタ知ってるっすか? いやー、結構シ...
俺は教材の入ったカバンを机に置いたまま、その輪に勢いよく跳び込んだ。 「そんなに気になるニュースがあったのか?」 「『ラボハテ』の新プロジェクトでトラブルが起きたんだよ...
「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」なんて、マリー・アントワネットは言っていなかったらしい。 なんで彼女のセリフとして広まったかというと、“あいつなら言いかね...
もう終わったら
≪ 前 そうして俺が目的地へ走っている時、兄貴は乗り物で優雅に移動していた。 「それで弟は、“M”の話を鵜呑みにする人間が多いのは『奴がインフルエンザだから』って言ったん...
≪ 前 「それに現代のテクノロジーだったら、未来のボクじゃなくても解決できるだろう。そういうことに精通していて、かつキミの要求を快く受けてくれる人に心当たりはないのかい...
≪ 前 ムカイさんは自分の電脳と、ネット回線をケーブルに繋いだ。 もっと大掛かりかと思っていたけど、パソコンとほぼ同じやり方なんだな。 「これが“M”とやらの文書か……では...
≪ 前 「僕が?」 「あの文章が書かれた場所は、この家だってのが分かった。つまり、書いたのもタイナイだろ」 まったく、とんだ愉快犯ピエロじゃないか。 まるで自分が書いてい...