俺は兄貴の言っていたことが気になって、翌日タイナイのところを訪ねた。
兄貴の友達だし、ネットに別荘もってる人らしいから、今回の件についても詳しそうだと思ったからだ。
「だからといって、それだけでデマ扱いするのもどうかと思うぞ」
「今回の騒ぎを面白がっている身で言うのもなんだけど、あの『Mの告白』は眉唾だよ。あれを本気で読んでる人が身内にいたら、そりゃ呆れもするさ」
「マスダの弟くんは、もう少しリテラシーを身につけたほうがいいかもね」
出たよ「リテラシー」。
ミミセンとかもたまに言ってるけど、俺にはそれもイマイチ分からない。
こっちが知らない単語を使って、見下してくるような感じがして気に食わなかった。
「なんだよリテラシーって。『Mの告白』は、あれだけなら本当だと判断してもおかしくないはずだ。だったら後はもう、信じるかどうかの違いしかないだろ」
そう返す俺に対して、タイナイはやれやれと言いたげな表情をしていた。
そう言って手元の小さいパソコンを操作すると、数秒とかからず『Mの告白』を画面に出した。
それはさすがに分かる。
俺が聞きたいのは、もっと他の部分だ。
「で、次が“M”の自己紹介。『ラボハテ』の関係者であると言っているけど、具体的に“どういった関係者”か曖昧なんだ」
詳しく書くと誰が書いたか分かってしまうから、それを避けたくて匿名にしてるんだろうし。
「“関係者”と一口に言っても、色々あるだろ。それ次第で、知ってることにも違いが出る。配膳係が『自分は有名料理店で働いている』と言って、美味い料理の作り方とか語ったら信じるわけ?」
ああ、なんとなく分かる。
「それもキナ臭いんだよね。挙げられていることの事実関係が怪しい。事実だと仮定しても、論旨との繋がりが希薄なんだよ。挙げられていることが本当に問題かってのも疑わしいし」
そうしてタイナイの説明を聞いていたんだけど、正直ちゃんと半分以上は理解できなかった。
なんというか、同じ国の言葉を喋っているというのは分かるんだけど、スッと頭に入ってこない感じなんだ。
「例えば、この箇所。責任の所在について、誰が、何を、誰に対して、どの程度するべきかって部分を抽象的に書いている。企業の問題なのか、個別の問題なのかが明確じゃない」
今になって、兄貴が俺に説明したがらない理由が分かった気がする。
これは説明する方も、聞く方もかったるい。
「更には感情的に書かれている部分も多くて、この書き手の価値観や解釈の違い、知識面での誤解の可能性も高い。仮に出来事そのものはあったとしても、どこまで客観的な事実として書かれているかも疑わしい」
「ごめん、結論だけ聞かせて」
「『Mの告白』は個人的な不平不満を、無関係な各問題と継ぎ接ぎしているだけ」
えーと、それってつまり……
「ただの愚痴ってこと?」
「まあ、ほぼ愚痴だね」
「えー……」
それを聞いて、どんどん体の力が抜けていくの感じた。
俺、そんなのにマジになってたのかよ。
そうして放課後。 俺は足早に家に帰ると、すぐさま自分の部屋に向かった。 パソコンで“M”について調べるためだ。 「……ギリシャ文字?」 だけど目的の情報が見つからない。 ひ...
ところかわって兄貴の学校でも、“M”についての話がクラスで繰り広げられていた。 中でも、兄貴たちの熱量はすごい。 「『ラボハテ』のゴタゴタ知ってるっすか? いやー、結構シ...
俺は教材の入ったカバンを机に置いたまま、その輪に勢いよく跳び込んだ。 「そんなに気になるニュースがあったのか?」 「『ラボハテ』の新プロジェクトでトラブルが起きたんだよ...
「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」なんて、マリー・アントワネットは言っていなかったらしい。 なんで彼女のセリフとして広まったかというと、“あいつなら言いかね...
もう終わったら
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≪ 前 そうして俺が目的地へ走っている時、兄貴は乗り物で優雅に移動していた。 「それで弟は、“M”の話を鵜呑みにする人間が多いのは『奴がインフルエンザだから』って言ったん...
≪ 前 「それに現代のテクノロジーだったら、未来のボクじゃなくても解決できるだろう。そういうことに精通していて、かつキミの要求を快く受けてくれる人に心当たりはないのかい...
≪ 前 ムカイさんは自分の電脳と、ネット回線をケーブルに繋いだ。 もっと大掛かりかと思っていたけど、パソコンとほぼ同じやり方なんだな。 「これが“M”とやらの文書か……では...
≪ 前 「僕が?」 「あの文章が書かれた場所は、この家だってのが分かった。つまり、書いたのもタイナイだろ」 まったく、とんだ愉快犯ピエロじゃないか。 まるで自分が書いてい...