2019-06-07

[] #74-11「ガクドー」

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からあってないような気力で来たものの、俺と弟は少し憂鬱になっていた。

ハテナ学童は、もう完全に自分たちから離れている。

とはいえ、うっすら分かっていたことだし、大して気落ちはしない。

強い後悔や未練を感じるほどの場所でもないのだから

それに、ここに来た理由はもう一つある。

なんなら、こっちがメインといってもいい。

そう、あの駄菓子屋だ。

「あ、マスダも来たんだ」

「もう来ないかと思ったぞ」

駄菓子屋の前に着くと、そこにはウサクとタイナイがいた。

「ワイは来ると思っとったで」

少し意外だったのは、カン先輩もいたことだ。

カン先輩も来てたんですか」

引越し手伝いの“ついで”や」

なんとなく察しがついた。

今の俺たちにとって、この駄菓子屋は“わざわざ”行かなければ辿り着けない場所だ。

かといって、わざわざ行くようなものでもない。

から“ついで”の理由が欲しかったんだ。

かくいう俺たちもそうだったから分かる。

「ふん、どっちが“ついで”なんだか」

お互い様やろウサク。それに、自分らも“これ”が気がかりで来たクチやんか」

カン先輩たちの手にはタコせんがあった。

しか普通タコせんではなく、タコ焼きの入った「真・タコせん」だ。

どうやら、みんな考えることは同じらしい。

早速、俺たちも頼むことにした。

「オバチャン、タコせん頂戴。タコ焼き入りね」

はいよ、今日は随分と売れるねえ」

オバチャンが慣れた手つきでせんべいを取り出し、ソースを塗りたくっていく。

ガキの頃に見た光景と同じだ。

違うのは、その過程タコ焼きを乗せ、もう一枚のせんべいで挟み込むという工程が入っていること。

「ほい、200円。こぼさないよう気をつけな」

弟は小躍りしながら真・タコせんを受け取った。

欲しくても手が出せなかったが、今じゃその安さに驚くほどだ。

世の中はモノの値段が全体的に上がっていると聞くが、それでもなお安いと感じる。

「これが真のタコせんかあ」

俺も食べ物を前に、ここ数年で最も気持ちが高揚していた気がする。

いただきます」なんて省略だ。

俺たちはすぐさまタコせんを頬張った。

「……うん」

「まあ、美味い……」

しかし、俺たちの憧れは儚かった。

美味いのは間違いない。

少なくとも不味くないのは確かだ。

せんべいタコ焼きの相性も悪くないが良くもない。

問題は味のクドさであり、半分も食べたあたりになると少し飽きてくる。

あと、サンドしているにも関わらず、思っていたより食べにくい。

せんべい割れないようにしつつ、揚げ玉などがこぼれないよう食べるのに気を使う。

それに、タコ焼きを抜きにしても気になることはもう一つあった。

「ねーなんかタコせんの材料変えた?」

「あー、それワイも思た」

どうやらカン先輩たちも同じことを感じていたらしい。

なんだか以前と味が変わっている。

せんべいなのか、ソースなのか、マヨネーズなのか、揚げ玉なのかは分からないが、とにかく何かが違う気がしたんだ。

「ずっと同じだよ。せんべいトッピングも全部市販のやつだし、ここ数年で味を変えたって話も聞かない」

「本当に? 実はこっそり変えたとかじゃなく?」

「仮にちょっと変わったとして、それが分かるほどアンタらの舌は繊細なのかい。ましてや久々に来たくせに」

オバチャンにそう返されると、俺たちに反論余地はない。

まり、俺たちの記憶いか、味覚が変わったってことなのだろう。

昔の記憶にすがるほどの思い入れはないが、そのギャップ差に軽くショックを受けた。

「ま、ちっちゃいの頃の憧れなんて、そんなモンなんやろうな」

カン先輩はそう呟きながら、駄菓子の封を開けていた。

あの、当たりつきの奴だ。

カン先輩、それって……」

「知っとるか、マスダ。駄菓子の当たる確率は、全て数パーセント以内と決まっとるらしい」

「はあ、そうなんですか」

「つまり週一でこの菓子を数個買ったとしても、当たりにはまず巡りあえないわけや。巡りあえたとして、その程度の確率では総合的なコスパイマイチ。あの頃のワイは、この菓子にまんまと踊らされてたっちゅうこっちゃ」

こちらの言いたいことを知ってか知らずか、カン先輩は流暢に語りだす。

まさか、わざわざ調べたのだろうか。

それほどまでに当たらなかったの根に持っていたのか。

「そこまで分かっているのに、また買うんですね」

「言いたいのはな、こういうのは当たるとかハズレるとか前提で買うもんちゃうってことや……ちっ」

そう達観したようなこと言いながら、先輩は微かに舌を鳴らした。

どうやらハズレだったらしい。

「『無欲になれば当たりやすくなる』って本に書いとったのに」

「それ、ロクな本じゃないですよ」


学童所に戻ると、引越しの準備もいよいよ大詰めだった。

ハテナ学童』と書かれたトタン看板が、今まさに取り外されようとしている。

あの駄菓子屋も、そう遠くないうちにこうなるのだろうか。

「“終わりの始まり”……か」

ウサクが言うには、学童での決まりも近年で色々と変わったらしい。

ハテナ学童がなくなるのは、そのあおりもあったのだろう。

「正直、こうやって看板が降ろされるのを見ても、なんだかあまり感慨深くないんだ。上手く言えないけど」

タイナイはそう呟く。

えこそしないが、俺も同じだ。

この時の気持ちをありきたりな是非で語るのは陳腐的外れに思えた。

酷い思い出があったってわけでも、良い思い出がなかったってわけでもない。

だけど今の俺たちはノスタルジーに浸れるほど大人じゃない。

かといって、タコせんにハシャげるほど子供でもなくなった。

宙ぶらりんのような状態だ。

ちゅーぶらりん……チュー……。

「そういえばタイナイ、せっかく来たのにあれは食わないのか。『チューチュー』とかいうの」

「ああ、あれね……僕がいつも食べてたメーカーのは、もうないらしいんだ」

「そうなのか、それは……残念だな」

「似たような商品はあるし、それほど残念でもないよ。売ってないのを知った時も“あ~、そうなんだあ”って感じだったし」

強がりではなく、本心からそう言っているのだろう。

ハテナ学童がなくなるのと同じで、案外そういうものなのかもしれない。

結局のところ俺たちができるのは、漫然と“そういうものがあった”って覚えておく位だ。

やばい兄貴……こぼれる」

弟はというと、ボロボロに崩れたタコせんをどう食べるかで未だ苦戦していた。

(#74-おわり)
記事への反応 -
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    • とにかく、俺たちはオヤツを効果的に楽しもうとした。 そのために、かなりアウトローなやり方に手を染める者もいる。 「なんか最近、砂糖の減りが早い気がする……お前ら、こっそ...

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