2019-06-05

[] #74-9「ガクドー」

≪ 前

とにかく、俺たちはオヤツを効果的に楽しもうとした。

そのために、かなりアウトローなやり方に手を染める者もいる。

「なんか最近砂糖の減りが早い気がする……お前ら、こっそり舐めたりしてないだろうな?」

「さすがに、そこまで意地汚い真似はしないよ」

クチャクチャ……せやせや、虫に食われてんちゃう?……クチャ

特にカン先輩のやっていた方法はえげつなかったので、今でも記憶に強く残っている。

カン先輩、さっきからずっとガム噛んでますね。もう味しないでしょうに」

「いやいや、まだするよ。甘い甘い」

「“甘い”?……カン先輩の噛んでるのって、甘さがそこまでない奴だったんじゃ……」

「あ……いや、ちゃうねん。アレや、『お前の考えが甘い』って意味の“甘い”や」

なんと、学童にある砂糖をガムにまぶして、味の延命を図っていたんだ。

反則行為だし、そもそも美味しそうでもない。

カン先輩のあの執念は一体どこから来ていたのだろうか。


そんな感じで、俺たちは思いの思いのやり方でオヤツを楽しんだ。

それでも、たまに食べたくなる共通のものがあった。

「オバチャン、タコせん頂戴」

タコせんべい通称タコせん」だ。

そのせんべいソースを塗りたくり、マヨネーズをかけ、最後揚げ玉ふりかけ提供される。

いま思うと、「タコせんべい」だからじゃなく「タコ焼きみたいなトッピングせんべい」だからタコせん」って呼ばれていたのかもしれない。

ソースは二度塗り、三度塗りやろ! 串カツちゃうんやぞ。マヨネーズと天かすも、もっとかけーな! ケチくさいなあ」

「うるさいねえ。どっちがケチくさいんだか」

カン先輩の態度はちょっとアレだが、トッピング増しの要求学童全員やっていた。

なにせこれ一つで手持ちがなくなるんだからちょっと図々しくなっても仕方ない。

「あ~、やっぱ天かす多い方がええな」

「その点は同意ですが、『天かす』じゃなくて『揚げ玉』って呼んだ方がよくないです? “かす”って言葉じゃあ響きが悪い」

「なにがアカンねん。『駄菓子』って言葉にも駄目の“駄”が入ってるやん。上品ぶらんと、ちょっと下品なくらいがちょーどええねん」

下品なくらいがちょーどいい”

あの時、カン先輩の言っていたことも今なら分からなくもない。

俺たちが食べる、トッピング増し増しのタコせんは見た目も味も下品だった。

本来せんべいの味なんてしない、上品なんて言葉とは無縁の代物だ。

だが、それに比例して満足感も上がる。

俺たちはそれでよかったし、それがよかったと言ってもいい。

「それに、言葉の響きとか言うたら『揚げ玉』も金玉の“玉”やん」

「えー……、その理屈はともかく、だったら揚げ玉って呼ぶのも良くないですか?」

「なんでや、“天かす”やぞ? “天のかす”やぞ? 『腐っても鯛』と同じってことや」

「違うと思います。それに、先輩の最初の言い分から少しズレていっている気が……」

しか下品だとしても、俺たちにとってタコせんは贅沢品だった。

飴玉ひとつを勿体ぶって舐めている間に、せんべいはなくなってしまう。

買うには多少の思い切りが必要なんだ。

から食べる時は自然と口数が多くなり、どうでもいい話をして、コスパだとかいったものから目をそらすようにしていた。

だが、それでも“情念”は頭をもたげてくる。

「あ~あ、“このタコせん”でこの美味さだったら、“あのタコせん”はどれほどなんだろ」

そのタコせんを、俺たちは「真・タコせん」と呼んでいた。

通常のタコせんに更にタコ焼きが加えられている、憧れの存在だ。

「マスダ弟ぉ、その話はすんなって前に言うたやろ」

「でも気になるんだもん」

「それは皆同じなんだよ。でも気にしたってどうしようもないだろ」

当然、普通タコせんですらギリギリなので手も足も出ない。

挟んで食べるなんて夢のまた夢だった。

結局、俺たちはあの「真・タコせん」を食べないままティーンエイジャーになった。

今だったら、食べようと思えば食べられる。

だが、未だ手つかずだった。

あの時の憧れは嘘じゃないが、なぜか今は食べたいと思えなかったからだ。

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