そして話を現代に戻そう。
ある日、弟が帰ってくるや否や手紙を見せてきた。
「あの学童所が引っ越すんだって。名前も『ハテナ学童』から、なんかよく分かんないのに変えるとか」
むしろ、あのボロい住処でつい最近まではやっていたことに驚きだ。
それにしても、引っ越すだけではなく名前も変えるのか。
「で、引っ越す時に手伝って欲しいって。ボランティアで」
「ボランティアねえ……」
恐らく、タダ働きってことだろう。
「で、兄貴は行くの?」
「まさか。俺たちはあの施設に金を払って、不本意にも預けられていただけだぞ。引越しの手伝いなんてする義理はない。経済回すためにも業者に頼めってんだ」
「大した理屈だけど……兄貴にだって、義理はなくても人情はあるでしょ。形がどうあれ、それでも世話になったと言えなくもないんだし」
署名活動の時やたらと泣き喚いていた弟が、随分と健気なことを言ってくる。
俺よりもロクな思い出がなかった場所だろうに。
「他の子もくるだろうし、皆で久しぶりに何かやるのもいいんじゃない。少しでも思い入れがあるならさ」
「にゃー」
膝に乗っていたキトゥンが、弟と呼応するように鳴き声をあげた。
そういえば、キトゥンと出会ったのも学童時代の出来事が遠因か。
いや、キトゥンだけじゃない。
ウサク、タイナイ、カン先輩、今でもよろしくやっている友人もいる。
その点では無下にもしにくい、思い出の場所といえた。
まあ、それでも俺の意志は揺らがないが。
「いずれにしろ、その日の俺はバイトだ。ボランティアと比ぶべくもないな」
実際のところ、都合悪くバイトの予定はない。
建前上、そう断っただけだ。
「はあ、分かったよ。じゃあ俺は、父さんと母さんにも聞いてくるよ」
弟がそう言って部屋から出ようとした時、俺は慌てて扉を遮った。
「待て弟よ。分かった、俺も行く」
「え、急にどうしたんだよ」
もし両親が手伝いにいけば、他の保護者や学童の子とも話すに違いない。
ティーンエイジャーにとって、そんな状況は想像するだけでキツかった。
親というフィルターにかけられた子供の話ほど聞くに堪えないものはない。
「俺が行く以上、人手は足りている。だからこの件は他言無用だ。もし聞かれたら『学童の子だけでやることだから』と答えろ」
「思い出の場所に別れを告げるんだ。バイトとは比ぶべくもない」
まあ、なんだかんだで“思うところ”もある。
建物は当時からボロかったが、久々に見たら更に酷くなっている。
「おう、マスダ。来てくれたのか」
久々に会ったハリセンも“ザ・中年”みたいな見た目になっていた。
「きてくれて悪いが、もうほぼ片付いているんだ」
確かに俺たちがやることは残ってなさそうだ。
それ以外はほとんどダンボールに入れられ、ほとんど車に押し込まれていた。
面倒な仕事は避けたくて遅めに来たものの、意外にも多くの人が手伝いに来ていたらしい。
「せっかく来たんだし、中でみんなと話したらどうだ」
手持ち無沙汰な俺たちに、ハリセンは気を利かしてそう言った。
促されて家の中を覗くと、元学童らしき人たちが談笑しているのが見える。
しかし、その中に俺たちの知っている人は少ない。
俺たちは踵を返して外に出る。
「……俺と弟は外で待つよ。まだやることがあったら呼んでくれ」
知り合いもいるにはいたが、今では疎遠になってしまっている相手。
話せることも話したいことも特になく、同窓会ってムードじゃない。
俺たちには、あの空間は居心地が悪い。
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