2017-11-03

[] #40-6「お菓子祭り作戦

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そうしてタケモトさん宅の近くへたどり着くと、予想通り弟がそこにいるのが見えた。

遠くて聞き取れないが、何かをタケモトさんに訴えているようだ。

「誓ってもいい~すべて本当のことだよ~」

俺は左手自分の口元を覆い、吐き気をこらえた。

あいつ、まさか歌ってんのか。

やめろやめろ、そんな恥ずかしい真似。

様子見なんて悠長なことはしていられない、早く止めねば。

「この愚弟が! もう歌うな! 何の必然性があってそんなことをするんだ」

「ぐわっ……」

俺は右手で弟の口を塞ぐ。

事態を飲み込めないタケモトさんは怪訝な顔をする。

「ああ? なんだ? どういうことだ」


俺はタケモトさんに事情説明した。

「はーん、なるほどな。ほんと宗教屋ってロクでもねーな。大言壮語美辞麗句を吐くくせして、やることがしょーもねー」

「まあ、今回は弟もマヌケだとは思いますけどね」

「仕方ねーさ。子供乾燥したスポンジみたいに何でも吸収しちまう。しかも“衝撃の新事実”ってのに弱い。情報更新されると、そっちを容易く鵜呑みにしちまう。仮に事実だとしても、それは側面的なものしかないということが分からない」

「じゃあハロウィンが昔は厳かなお祭りだというのは嘘なの?」

「だから側面的な話だって、タケモトさんが言ってるだろ。昔がどうだったからといって、それが今のハロウィン否定するものとは限らないんだよ」

俺たちの言うことに弟は首を傾げる。

その様子にタケモトさんは溜め息を吐く

「じゃあ逆に聞こう。ここまでの道中お前は色んな人たちに“ハロウィン真実”とやらを吹聴して回った。で、どんな反応だった?」

「……みんな生暖かい目で俺を一瞥するだけだった」

「つまり、そういうことだ。みんな自分たちのやってることがハロウィンモドキだと分かってるから、お前の言うことを受け流す」

「どういうことだよ! 皆なんであんなに無邪気でいられるんだ。馬鹿みたいだと思わないの?」

「まあ……思ってるやつもいるとは思うが、思っているだけだ。それでおしまい祭りってのは馬鹿にならなきゃ楽しめないもんだ。逆説的にいえば、祭りを楽しむのは馬鹿だけ」

「もう少し表現を変えましょう、タケモトさん」

「ああ?……じゃあ“誰も得しない”から、で」

「誰も得しない?」

「皆は思い思いの仮装をして、仲間内お菓子を持ち寄ったりワイワイ騒いだりしたいわけ。そんな人たちにハロウィンそもそも論だの、こうあるべきだのといった話は必要ない。無粋だとすら言ってもいい」

「つまりな、ハロウィンは楽しむための“きっかけ”。花見だって、誰も純粋に桜を見に行っているわけじゃないだろ」

「あとは商業主義とかもろもろ……要は彼らにとってどうでもいいことなんだよ。お前の気にしているようなことは」

「なんだよそれ……何というか、不純だ。過去蔑ろにしているみたいで」

「ったく、変なところで真面目だな、こいつは」

タケモトさんも俺も考えあぐねていた。

もちろん弟の不満を価値観の相違で片付けてしまうことは簡単だろう。

だが弟が知りたいのは“人それぞれ”の構造と、その是非だ。

弟にとって“人それぞれ”だなんて結論は表面的なものしかなく、思考停止と同じなのだ


風習時代環境によって形を変えることは珍しくありません。ですが、それは一概に悪いことではないと思いますよ」

突然、話に教祖乱入してきた。

全く逆の方向を捜していたのに俺たちと合流したってことは、一応は捜索を熱心にやっていたということか。

「若干、説教くさいが、この宗教屋が言うことは一理あるぞ。そりゃあ元が何かってことは大事だろうさ。それがなければ今もないんだから。でも拘り過ぎるのも考え物なんだぜ」

ハロウィンがどういったものだったかなんて知ったところで、現状が何か変わるわけでもない。元あったものが形を変えることに哀愁を感じるときはあるかもしれない。だが時代の流れは自然の摂理。それに不平不満を言ってせき止めようとしたところで、結局は誰も得しない」

弟がうーんと唸る。

理屈は分かっても、どこか心の根っこの部分がそれを拒否しているようだった。

こうなったら最終手段だ。

俺は教祖を軽く小突いて、目配せをする。

教祖はそれを察して弟にマジックワードを説いた。

「えー……つまりですね、この街ハロウィンは、これはこれで“真実だってことです」

真実……そうか、そういうことだったのか! 俺たちにとってのハロウィンはこれが正史なんだ!」

どういうことかは分からないが、教祖言葉は弟にとって天啓だったらしい。

「それじゃあ、お前が納得したことだしハロウィンを続行するか。それとも今からこのお菓子を返しに回るか?」

「……それもいいかもね」

おいおい、まだそんなこと言ってんのか……。

「代わりにイタズラをしに行こう!」

ああ、そういうこと。

結局、今回のハロウィンもこうなるのか。

「ハッ! やっぱりな、とんだ悪童だぜ。こんなこともあろうかと自宅をイタズラ対策用に改装しておいてよかった」

タケモトさんはなんだかんだ言いつつ、この日のためにそこまでしていたらしい。

悪態つきながらもノリノリだな、この人。


こうして俺たちの「お菓子祭り作戦」……もとい「ハロウィン真実キャンペーン」……もとい「イタズラ大作戦」は酷い遠回りをしながらも幕を閉じた。

それは確かに遠回りだったけれど、いつも漫然と歩いていた道のありがたさを知る上で、弟にとって決して無駄ではない道だったんだと思う。

時代の流れは個人を待ってくれない。受け入れるにしろ拒否するにしろ、進まなきゃ」

「ああ、そうだな。ハロウィンが終わったからといってウカウカしてはいられないぞ。次はクリスマスだ」

クリスマスだったら歌ってもいい?」

「いいけど、俺の目の届かない場所でやれよ」

「よっしゃ、楽しみだぜ!」

(#40-おわり)
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