そうしてタケモトさん宅の近くへたどり着くと、予想通り弟がそこにいるのが見えた。
遠くて聞き取れないが、何かをタケモトさんに訴えているようだ。
「誓ってもいい~すべて本当のことだよ~」
やめろやめろ、そんな恥ずかしい真似。
様子見なんて悠長なことはしていられない、早く止めねば。
「この愚弟が! もう歌うな! 何の必然性があってそんなことをするんだ」
「ぐわっ……」
俺は右手で弟の口を塞ぐ。
「ああ? なんだ? どういうことだ」
「はーん、なるほどな。ほんと宗教屋ってロクでもねーな。大言壮語、美辞麗句を吐くくせして、やることがしょーもねー」
「仕方ねーさ。子供は乾燥したスポンジみたいに何でも吸収しちまう。しかも“衝撃の新事実”ってのに弱い。情報が更新されると、そっちを容易く鵜呑みにしちまう。仮に事実だとしても、それは側面的なものでしかないということが分からない」
「だから側面的な話だって、タケモトさんが言ってるだろ。昔がどうだったからといって、それが今のハロウィンを否定するものとは限らないんだよ」
俺たちの言うことに弟は首を傾げる。
その様子にタケモトさんは溜め息を吐く。
「じゃあ逆に聞こう。ここまでの道中お前は色んな人たちに“ハロウィンの真実”とやらを吹聴して回った。で、どんな反応だった?」
「つまり、そういうことだ。みんな自分たちのやってることがハロウィンモドキだと分かってるから、お前の言うことを受け流す」
「どういうことだよ! 皆なんであんなに無邪気でいられるんだ。馬鹿みたいだと思わないの?」
「まあ……思ってるやつもいるとは思うが、思っているだけだ。それでおしまい。祭りってのは馬鹿にならなきゃ楽しめないもんだ。逆説的にいえば、祭りを楽しむのは馬鹿だけ」
「もう少し表現を変えましょう、タケモトさん」
「ああ?……じゃあ“誰も得しない”から、で」
「誰も得しない?」
「皆は思い思いの仮装をして、仲間内でお菓子を持ち寄ったりワイワイ騒いだりしたいわけ。そんな人たちにハロウィンのそもそも論だの、こうあるべきだのといった話は必要ない。無粋だとすら言ってもいい」
「つまりな、ハロウィンは楽しむための“きっかけ”。花見だって、誰も純粋に桜を見に行っているわけじゃないだろ」
「あとは商業主義とかもろもろ……要は彼らにとってどうでもいいことなんだよ。お前の気にしているようなことは」
「なんだよそれ……何というか、不純だ。過去を蔑ろにしているみたいで」
「ったく、変なところで真面目だな、こいつは」
タケモトさんも俺も考えあぐねていた。
もちろん弟の不満を価値観の相違で片付けてしまうことは簡単だろう。
だが弟が知りたいのは“人それぞれ”の構造と、その是非だ。
弟にとって“人それぞれ”だなんて結論は表面的なものでしかなく、思考停止と同じなのだ。
「風習が時代や環境によって形を変えることは珍しくありません。ですが、それは一概に悪いことではないと思いますよ」
全く逆の方向を捜していたのに俺たちと合流したってことは、一応は捜索を熱心にやっていたということか。
「若干、説教くさいが、この宗教屋が言うことは一理あるぞ。そりゃあ元が何かってことは大事だろうさ。それがなければ今もないんだから。でも拘り過ぎるのも考え物なんだぜ」
「ハロウィンがどういったものだったかなんて知ったところで、現状が何か変わるわけでもない。元あったものが形を変えることに哀愁を感じるときはあるかもしれない。だが時代の流れは自然の摂理。それに不平不満を言ってせき止めようとしたところで、結局は誰も得しない」
弟がうーんと唸る。
理屈は分かっても、どこか心の根っこの部分がそれを拒否しているようだった。
こうなったら最終手段だ。
俺は教祖を軽く小突いて、目配せをする。
「えー……つまりですね、この街のハロウィンは、これはこれで“真実”だってことです」
「真実……そうか、そういうことだったのか! 俺たちにとってのハロウィンはこれが正史なんだ!」
どういうことかは分からないが、教祖の言葉は弟にとって天啓だったらしい。
「それじゃあ、お前が納得したことだしハロウィンを続行するか。それとも今からこのお菓子を返しに回るか?」
「……それもいいかもね」
おいおい、まだそんなこと言ってんのか……。
「代わりにイタズラをしに行こう!」
ああ、そういうこと。
結局、今回のハロウィンもこうなるのか。
「ハッ! やっぱりな、とんだ悪童だぜ。こんなこともあろうかと自宅をイタズラ対策用に改装しておいてよかった」
タケモトさんはなんだかんだ言いつつ、この日のためにそこまでしていたらしい。
悪態つきながらもノリノリだな、この人。
こうして俺たちの「お菓子祭り大作戦」……もとい「ハロウィンの真実キャンペーン」……もとい「イタズラ大作戦」は酷い遠回りをしながらも幕を閉じた。
それは確かに遠回りだったけれど、いつも漫然と歩いていた道のありがたさを知る上で、弟にとって決して無駄ではない道だったんだと思う。
「時代の流れは個人を待ってくれない。受け入れるにしろ、拒否するにしろ、進まなきゃ」
「ああ、そうだな。ハロウィンが終わったからといってウカウカしてはいられないぞ。次はクリスマスだ」
「クリスマスだったら歌ってもいい?」
「いいけど、俺の目の届かない場所でやれよ」
「よっしゃ、楽しみだぜ!」
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戦利品が袋の半分に達しかけたとき、転機が訪れる。 何の気なしに訪問した家から出てきたのは、俺たちが知っている人物だった。 「おや、あなたたちもハロウィンに参加していたの...
==== 「この街にようこそ」 歌:マスダと愉快な仲間たち 作詞・作曲:ポリティカル・フィクションズ 覗いてみないか 不毛すぎる世界を 案内するよ 僕らのダイアリー これがダ...
トンカツを食べるときに、生前の豚にいちいち思いを馳せたりはしない。 俺たちが何かをするとき、その“根源”だとか“理由”といったものには意外にも無頓着だ。 自分たちの歩く...