2017-04-06

上石神井を出ても自分は生きてゆけるのか、という問題

来年、この住み慣れた街を出て行くことになる。

その街の名を上石神井(かみしゃくじい)という。

西武新宿線という、おもに川越所沢などあまり品のある方ではない埼玉県民を東京に送り込むための路線において高田馬場から急行で2駅・13分の立地である

私は大学進学に合わせて上京し、とくに大きなトラブルもなく3年間を過ごしてきた。

「とくに大きなトラブルもなく3年間を過ごして」しまったのである。 

上石神井駅は決して大きな駅ではないが、特急以外の全ての電車が停まり山手線圏内へのアクセス性も非常に高い。

牛丼屋は松屋すき家から選ぶことが出来る(私は吉野家アンチなので、これは幸いであった)。

駅のすぐ近くにはアッサリ系のラーメン屋二郎系ラーメン屋が激安ドラッグストアを隔てて並立しており、その日の気分に応じてラーメンの濃淡を選ぶことも出来る。

駅に直結している西友は24時間営業で、しかも深夜にはアルバイトハセガワさんという美人もいる。

コンビニファミリーマートおよびセブンイレブンがあり、ポイントカード宗派争いにも寛容である

セブンイレブンの向かいにはホットモットもあり、弁当を買うにあたって選択肢には事欠かないことだろう。酢豚が食べたければ少し離れたところにオリジン弁当もある。

その他にも美味いパン屋や、チャーミングなババアのいるクリーニング店ちょっと洒落パスタのお店なんかまであり、要するに至れり尽くせりなのである

借りたアパートもまた良かった。駅徒歩7分の好立地で家賃4万2千円(共益費込み)。

隣人の大学生は重度の花粉症であること以外はまことによく出来た人物で、鼻をかむ音さえ筒抜けの防音性でありながらそれ以外の物音に悩まされたことなどかつて一度もない。

しろ隣人の鼻をかむ音に「ああ、今年も彼の花粉症が始まる時期か・・・」などと歳時記的な感傷にさえ浸っていたくらいである。

頻繁に外れる網戸に業を煮やし、内側からガムテープを用いて目張りのように固定したせいで友人から「ガス自殺の部屋」という不名誉称号をこそ付けられてはいものの、私の生活にはおよそ十分な住まいであった。

例えばの話である。私がこれからどこかに引っ越したとして。

もしも、その駅には吉野家しかなかったら?

もしも、最寄りのスーパーは20時に閉まってしまったなら?(しかも、そこにハセガワさんの存在しないことは自明である。)

もしも、オリジン弁当酢豚が食べたくなってしまったら・・・

私の大きな失敗が、そして不安がここにある。

初めての一人暮らしで、あまりに好条件な暮らしの出来る街を引き当ててしまったのである

ご存知のことかもしれないが、一度上がってしまった生活水準というものはなかなか下げられるものではない。

その「高い水準」の指すものが、たとえオリジン弁当酢豚であっても、クリーニング屋のチャーミングなババアであったとしても、である

これから就職活動を終えて引っ越す街を、愛せる自信がないのだ。

これほどまでに自分のために誂えられたような街を、日本のどこにでも見つけられることなど出来るだろうか。あり得ないのではないか

郷土愛をあまりミクロなところに見出ししまった私を、就職活動はどこへ連れてゆくのだろう。

願わくばこの街から通勤できる会社に入りたいものである

(追記:西友美人はもちろん仮名である

ハセガワのような在り来たりの苗字を、読者諸兄にあっては思い思い当てはめて頂きたい。そして全国のハセガワさんと、このハセガワさんを慮る諸兄は安心して頂きたい。)

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